59話 宴会
「っぷはぁ! おいしーーーい! おかわりぃ!」
アイシャはあっという間に酒杯を空にして高々と掲げると、周囲から「おお〜〜っ!」と歓声が上がる。
「わ、わたくひわぁ、まおうお、たおしまひゅ!」
ククリもアイシャに負けじと酒をぐびぐびと飲み干して声を上げると、さらに拍手と口笛が鳴り響く。
「おうおう! その意気だ!」
「姉ちゃんたち、いける口じゃねーか! メルカちゃん、じゃんじゃん酒持ってきてくれ!」
二人の女の子が酒飲み勝負をし始めたので、酒場は大盛り上がりだった。
なんてこった……。
こいつら、周囲の煽りにつられて歯止めが効かなくなってきている。
海が近いこともあって、美味い肴には事欠かなかった。
大きな肉食魚をきのこバターで炒めた料理や、白身魚をムニエルにしたもの、蟹や海老だけでなく、ムール貝や牡蠣をオリーブオイルで塩と胡椒、それからガーリックをかけてまとめて焼いたものなど豊富だ。
調理法は単純だが新鮮物ばかりなのでただ焼くだけでも美味しく食べられる。
ただ惜しくも俺は今蚊の姿をしているので、そういった料理や酒を一切口にすることができないのだ!
「お、おい。お前ら、ほどほどにしておけ」
「ほら、とおりしゃまもぉ!」
「なんでとうりは、のんれないのぉ?」
「なんでって、俺は今蚊だからだよ!」
だめだ、今の俺では彼女たちを止めることはできそうにない。
こうなったらゼルに頼むしかない。
「ゼル! この二人をなんとかしろ!」
俺はゼルがいる方向に声を上げるが、ゼルはテーブルに突っ伏してでかいイビキをかいていた。
「う、う〜ん、まりゃまりゃいけますよぉ……」
「起きろ、ゼル! お前が潰れたら誰があいつらを止められるんだっ!?」
こいつ、さっきまで余裕で酒を飲んでいたくせに……。
蚊の姿をした俺がいくら飛び回り、声をあげようともこのバカ騒ぎは止められそうにない。
横にいるシスターも表情を一切変えず、勧められるままに淡々と酒を呷り、けぷっと小さな音を口から漏らすと大歓声が周りから上がった。
「こ、こら! 二人とも、あんまりお酒飲み慣れてないんでしょ!? あんまりハメを外しすぎるとあとで大変なことになるんだから!」
メルカはアイシャとククリの様子を見かねて、慌てて二人から酒杯を取り上げようとする。
流石はメルカ、客の扱いにも慣れている。
彼女に任せておけば二人のことは安心だろう。
そう思っていた矢先、アイシャがメルカをジト目で睨みつけた。
「あ、めるかちゃん! れんれんのんれないれしょ!」
「当たり前じゃない! 私、ウェイトレスなんだから……」
「まぁまぁ、しょんなこといってないれ、わらひたちとのみましょ〜よ」
「こ、こら! や、やめなさい! ……うぐっ!」
たちまちメルカはアイシャとククリに身体を抑えられ、無理やり酒を飲まされてしまった。
「お、おい、メルカ大丈夫か……?」
俺が心配になって声をかけるとメルカはあっという間に酒杯の中身を全部飲み干してみせた。
「ら、らいじょうぶにきまっれるれしょ! しごとなんらから!」
よくみると彼女の双眸はとろんと蕩けてしまっていた。
だめだ、これ……。
「よ〜し、わらひもじゃんじゃんのむわよ〜!」
呆気なくミイラ取りがミイラになってしまい、メルカは椅子に乗り上がって酒杯を掲げると、店内にいる酔っ払いどもが一斉に「おお〜〜〜〜〜〜〜っ!」と喝采の声を上げた。
こうなってしまってはもう誰も収拾がつけられない!
とんだ有り様を目の当たりにして、俺はふつふつと湧き上がる苛立ちを抑えることができなかった。
「もうっ! お前ら、いい加減にしろ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
そう言って俺は立て続けにアイシャとククリ、メルカの首元に飛びついて、順々に彼女たちの血を啜った。
「あひぃっ!」
「ひゃあっ!」
「ひぎぃっ!」
すると彼女たちは力が抜けたようにその場で倒れ込んで大人しくなると小さな寝息を立てた。
──
あれから数時間後、酒場でのどんちゃん騒ぎはお開きとなり、さっきの吸血のおかげである程度魔力が回復したので、『隔世輪廻』を使って人間の姿に戻った。
蚊でなくなったのはいいが、この酔っ払いどもをなんとかしないとな……。
俺は途方に暮れながら立ち尽くしていると、厨房の奥で後片付けをしている一人の男がいるのに気がついた。
よく見ると彼はここの店主で調理と二階にある宿泊用の部屋を管理していると、メルカから聞いていた。
「す、すみません、店主。大事なウェイトレスを宴会に巻き込んでしまって……」
俺がそう恐る恐る声をかけると、店主は髭を蓄えた顔をこちらに向けるとニッコリと笑って見せた。
「いえいえ、お気になさらず。メルカもずっと働き詰めでしたからね。たまにはこうして息抜きをさせたほうがいいと、前から思っていたんですよ」
ははははは、と笑いながら愛想よく振る舞う店主を目の当たりにして、気を遣われているように思えて余計に罪悪感がこみ上げてくる。
「あの、迷惑をかけておいてなんですが、一晩ここに泊めてもらえませんか? みんな一つの部屋でいいんで……。もちろん宿代は人数分払います」
「そんな、一つの部屋と言わずに。全員分のお部屋をご用意できますよ。さっきまで飲んでいた連中は、自分のテントや馬車で寝泊りしているんで、ちょうど人数分部屋が空いているのです」
「本当ですかっ!? 助かります!」
こうして俺はパーティの人数分の部屋を確保することができた。
だがみんな酔い潰れてしまい、自分で動くことがままならなくなっていたので、俺一人でパーティのみんなを二階に運ぶことになった。
その後、メルカも二階の部屋で寝泊りしているらしく、無理やり酒を飲ませてしまったお詫びに、メルカもついでに部屋に運んだ。
「ちくしょう、なんて重いんだ……」
「ご、ごめんねぇ、トウリ。私まで酔っちゃって……」
「ああ、心配ない……」
俺はメルカの肩を担いでふらつきながらも階段を登っていった。
「よっこらせ、っと……」
ようやくメルカをベッドに寝かせ終わると、俺はフラフラになりながら床に腰を下ろした。
「……ふぅ、これで全員か」
「ありがとう、トウリ……。面倒を見てもらって。明日きっとお礼をするから……」
「気にするな。俺も休むから、もう早く寝ろ」
俺が言い切る前に、ベッドからメルカの寝息が聞こえてくる。
「はぁ、疲れた……」
もう散々な一日だった。
俺はため息混じりにそう呟くと自分に割り当てられた部屋を探した。
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