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56話 海底都市ティルニア

 あれから半日が過ぎ去ろうとしていた。


 特訓の経過は順調だ。


 スキルを発動して人間の姿になってから、まだ蚊の姿に戻る気配はない。


 前回、イースターエッグとの戦いの中で人間の姿に戻った時は30分も保つことができなかったが、今は明かに余裕がある。


 着実に夢の中での特訓が実を結んでいた。


 そして俺たちは引き続き海洋都市ティルニアを目指して歩いている。


 スペース的な問題で馬のサラマンダーに全員が跨ることはできなかったが、ゼルが昨日から手ごろな木を縄で縛って3人が座ることができる台座を作ってくれていた。


 その台座は俺が転生する前にタイかどこかでみた象乗りの台座によく似ていて、左右にククリとゼルが座り、真ん中にアイシャ、台座とは別にシスターは馬の背中に跨って手綱を握ることになった。


 そして俺はというと……。


「なんで俺の席はねぇんだよ……」


「いやぁ、すまねぇ旦那。昨日まで蚊だったものだから、旦那の席は用意してなかったんでさぁ」


「まぁまぁ、文句言わないの、トウリ」


 アイシャの柔らかな膝の上にだっこさせられていたのであった。


「なんかお前ら、俺が子供の姿になってから態度が変わってきてないか……?」


「気のせい、気のせい♪」


 それはともあれゼルが作った台座は即席で作ったものだから、サラマンダーが走る速度には到底耐えきれなかった。


 どこかで馬車を手に入れたほうがいいかもしれない。


 金ないけど。


 それでもサラマンダーの歩速は俺たちよりずっと速く、目的地のティルニアまであと少しの所まで進むことができた。


「そろそろティルニアが見えてきやすぜ!」


 この山道を進んだ先に木々が開けているのが見え、風の中にわずかな潮の香りが立ち込めていた。


 海洋都市ティルニアはこの世界でも最大級の広さを持つ巨大都市で、海の上に浮かんでいる都市だ。


 そこに至るのに岸から船に乗って渡ることになる。


 まだ距離はあるが山の上からティルニアを一望することができるだろう。


 そして山道を抜けた瞬間、俺たちがそこで見たものは……。


「……ティルニアが、ない」


 たしかにそこには大きく広がる海原があった。


 しかし海洋都市ティルニアが浮かんでいるはずの場所には、何も見当たらなかった。


 ただ広大な岸だけが綺麗な半円形状になってくりぬかれているようだ。


「どこかで道を間違えたんですかねぇ……」


「そんなはずはありません。私は何度もティルニアには訪れております」


「まさかエターニア王国と同じようにティルニアも……」


 アイシャがポツリと溢した言葉に、ククリは顔色を変えて走り出した。


「おい、ククリ! 一人でどこに行くんだ!」


「確かめてきます! もし数日前に見た巨人がやったのなら、足跡とか残されているはずです!」


「……仕方ない、俺たちも行こう」


 単独で走り出す彼女を放っておくわけにはいかず、俺たちもククリを追うように山道を下ることにした。


──


 轟音が鳴り響く中、ククリの短く切られた髪が潮風に揺れて彼女の頬を撫でている。


 海辺には船の停泊場があり、小さな船が何隻か取り残されている。


 海岸沿いにまで来てみたものの、そこには何者かに攻撃を受けた跡は存在せず、ククリはなんとも言えない様子で途方に暮れていた。


「もしかするとティルニアは海の下に飲み込まれたのかもしれませんぜ……」


「そんなバカな」


 俺はゼルの言った言葉にそう返事を返すと、背後からアイシャの呼ぶ声が聞こえてきた。


「トウリ、ククリ! こっちに来てみて!」


 彼女の方を見ると、そこには何の変哲もない木製の道しるべが備え付けられてあった。


「どうした、アイシャ。……それはただの道しるべじゃないか」


「いいから来て! ほら、見て。なんか変なんだよ」


「ん? どれどれ……」


 俺はアイシャの言葉に怪訝な表情を浮かべながら道しるべを覗き込んだ。


「なんだ、これ……」


 その看板には「海洋都市ティルニア」ではなく「海()都市ティルニア」という文字であった。


 誤謬バグかよ!


「まさかゼルの言った通り、ティルニアは海底の底に沈んでしまったんじゃないだろうな……」


 これもイースターエッグの仕業なのだろうか。


 異端の力を使ってティルニアを海に沈めた可能性がある。


 エンジニアが書いたソースコードに誤謬が存在してエラーを発するとは聞いたことがあるが、名前が書き換えられただけで都市そのものが海底に沈むものだろうか。


 試しに『異端審問(アドミンズ・センス)』をこの道しるべに発動させてみたが、特に異端(バグ)らしきものは存在しなかった。


 おそらくこの道しるべに書かれた文字が変わってしまったのは、ティルニアその物の存在が書き換えられた結果として表れたのだろう。


 だとしたら面倒だ。


 異端(バグ)に侵された対象がティルニアそのものだとしたら、海底まで行かなければならなかった。


 海辺には数隻の小船が停泊しているが、海へ潜る手段は見当たらない。


 どうしたものかと道しるべをまじまじと眺めていると、その下にもう一つ小さな道しるべがあるのに気がついた。


「なんだこれは?」


 それはあまりに粗末なもので、よく見ると「INN」とナイフで切りつけられたような文字があった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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