55話 訓練の成果
しばらく夢の中でキリリンとの訓練をすませると、俺はようやく目を覚ました。
見上げるとまだ日が昇り始めた頃で、朝焼けに空がほんのりとオレンジ色に染まっている。
横ではパーティのみんなが昨日の夜と同じ場所で静かな寝息を立てていた。
あれから体感では何日も訓練をした気になっていたが、現実世界ではたった一晩しか時間が経過していないらしい。
「『隔世輪廻』」
俺はスキルを唱えてゆっくりと自分の身体を起こす。
己の姿が蚊から人間の身体になっていることを確認し、そのままみんなが起きるまで朝食の支度に取り掛かった。
目を覚ます前にキリリンは俺に向けて、朝起きたら訓練の成果が実際の世界でも発揮できるかどうかを確認するのだ、と言っていた。
その成果を試すために、まず火を起こすことからはじめてみることにした。
本来なら火打ち石と金属の破片を使って火種を作るのだが、人間の姿になった状態でスキルを使うとどうなるかを確認するために、ここはあえて道具は使わない。
今まで人間の姿になった時は、ピンチな状況であったので常に魔力を全力に解放したままだった。
それだと効率が悪くすぐに魔力を使い果たしてしまう。
なので長い時間人間の姿をキープしながら、魔力を上手くコントロールするコツを掴んでいきたかった。
蚊の姿のままだとどうしても発揮できる能力が限られてしまうし、そもそも戦闘向きではないから人間の姿をどれだけ保てていられるかが勝負の鍵だ。
前回イースターエッグとの戦いで人間の姿でいられたのは、せいぜい30分ほどの短い時間だ。
それだと全く使い物にならないから、それよりももっと持続できるようにならないといけないよな。
しかも蚊に戻る時に感じる全身が溶けるようなあの感覚!
正直、たまったもんじゃない。
人間の姿が解除されると毎回かなりの激痛を伴うので、長い間維持できるようになりし、なるべくならその痛みを和らげる方法も見つけていきたい。
そうだな、とりあえずまずは第一段階の目標設定として人間の姿を長い間維持できることを優先にし、丸1日保てるようにしてみよう。
俺は昨日の内から集めていた焚き木からいくつか手ごろなものを見繕って、それに下級魔法である『火魔法』を使ってみる。
これくらいの魔法であれば火種を作るくらい簡単だろう。
「『火魔法』……」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ、ボフゥゥゥゥッ!
「うわぁっ!」
魔法を発動させると、目の前に肌を焼き付けるような熱風が渦巻き、大きな火柱が立ち上がった!
今のは『紅蓮魔法』ではない、『火魔法』だ……。
そう呑気に呟いている場合ではない!
早くこの火を消さないとみんなにまで燃え移っちまう!
「ヒヒィーーーンッ!!」
「な、なに!? モンスター!?」
馬のサラマンダーが嘶くと、アイシャが飛び起きながら声を上げた。
これはマズい、早く何とかしないと!
ええと、この場合の魔法は……。
「『解除魔法《ディスペル》』っ!!」
『解除魔法《ディスペル》』を発動させると、一瞬でその火柱は消え失せる。
そして問題の焚き木はというと、消し炭となって跡形もなくなっていた。
「失敗してしまった……」
「一体、何事ですかっ!?」
俺がしょぼくれている背後で、驚きの声が聞こえてくる。
「トウリ様……?」
ククリの声に、俺はゆっくりと振り向いた。
「お、おはよう。みんな……」
──
「どうしたの? 人間の姿に戻ったりして……」
朝食を取り囲みながら、先程の顛末を聞いてアイシャが呆れながらそう聞いてきた。
結局のところ朝食の支度は結局アイシャとゼルがしてくれた。
とは言え、朝食はカチカチに固まったパンをお湯に浸すだけの簡単なものだ。
だが俺は今は人間の子供の姿をしているので、みんなと同じ食事を味わうことができた。
かなりお粗末なもののはずなのに、この世界に転生して初めて食べた食事は最高に美味かった。
「い、いや、昨日夢の中でキリリンと出会ってさ……」
俺がそう言うとその場にいた全員が俺をかわいそうな目つきで見つめてくる。
「トウリ様……」
「そっかぁ、昨日の夜にキリリンの話をしたから……」
ん? 待て。何だこの雰囲気。
まるで俺が寂しさのあまり、夢の中でキリリンの幻想を見た感じになっちゃってるじゃないか。
まぁ、半分はそうなんだけど……。
「いや、違うんだ。そうじゃない。俺とキリリンはまだ血盟の絆で繋がっていて、本物のキリリンと夢の中で出会ったんだよ!」
「みなまで言わなくても大丈夫でさぁ。みんな分かってますぜ……」
うんうん、と頷きながらゼルは鼻の頭を擦って涙ながらに輝くような笑顔を見せた。
いや、分かってない!
ゼル、お前までなんだよ! 急にイイ感じな空気を醸し出すな!
「まぁ、どちらでもいいや。それで夢の中でキリリンにさ、イースターエッグを倒すためにどうすればいいか相談したんだ」
そして俺はみんなに夢であった出来事をつぶさに語った。
夢がどうとか、そんな話はどうでもいいことだ。
大切なのは自分の考えをみんなに伝えたり、逆にみんながどう思っているかを俺が知ることなのだ。
「……だから、こうして夢の中での訓練が日常でも活かされているのかを試しているのさ」
「へ、へぇ……」
「たしかに夢の中で訓練ができれば、凄いことですけど……」
白湯を飲みながらアイシャとククリは気まずい雰囲気で視線を泳がせた。
なんだよ、そのうっすい反応!
「みんな、信じてないな! いいよ、もうっ! 今に見てろっ!」
そう半ベソをかきながら俺はみんなの前で必死にそう言い放った。
どうも姿が人間の子供だと、性格まで子供っぽくなってしまっていけない。
あくまで見た目は子供、頭脳は大人なのだ。
普段通り冷静を装わなくては……。
「でも、トウリ様は今のお姿でおられるのは私も賛成です♪」
「ねぇ〜〜〜?」
そう言いながらククリとアイシャは俺を左右に挟み込んで俺の顎や頭を撫で始めた。
その途端、俺はなにかソワソワしたような奇妙な感覚に捕らわれる。
なに? この世界の女はみんなショタコンなの?
「もうっ! やめろってば!」
俺は我慢出来ずにそう叫びながら暴れると、それが逆に彼女たちの火をつけてしまったのか、笑いながらうりうりと身体中を弄り始めた。
その様子をゼルは白々しい視線を向けてこう呟く。
「旦那、なにやってんすか……」
「もう、いい加減にしろよ、みんな!」
俺の絶叫が辺りに響く中、傍らではシスターが無表情にパンを黙々と口に運び、馬のサラマンダーも草を食んでいた。
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