54話 キリリンと夢の部屋
俺は夢を見ていた。
目の前には濃い霧が立ち込め、その向こうでは薄っすらと山のように大きな巨人が横切っていく。
あれは数日前に見たエターニア王国を崩壊させた七天魔王の一人、奈落のイルヴァだ。
俺はそいつの名前を覚えていた。
だがあの時、実際に目の当たりにするのは初めてであったのに、シルエットを見ただけでそう直感できたのはなぜだろうか。
なにか大切なことを俺は忘れてしまっている気がする。
過去にどこかで……。
『────『狂戦士の怒り』っ!!!!』
記憶の奥底を弄っていると、ふと転生する前の記憶が蘇ってくる。
そうだあの時だ。
この世界の元になったゲーム、ラピュセリア・クロニクルがβ開発段階だった時に、俺は実装されたスキルやアイテムの検証を行なっていたのだ。
あの時は結局一週間も寝ていない状態でテストをしたものだから、検証したことをうっすらとしか覚えておらず、報告書をまとめるのに苦労したものだ。
だがこうして夢の中にいると、どういうわけだか忘れかけた記憶を明確に思い出すことができた。
あまりの疲労で眠りにつくのを耐えながら、適当なキャラクターを作成し、検証項目にあったスキルとアイテムをデバッグツールで与え、夢現のまま淡々とテストを進めていったんだっけ。
そしてフィールドを歩いているといつしか山のように大きな巨人を見つけた。
その巨人がイルヴァであった。
見るからにボス級のモンスターであったので、強力なスキルでも耐えうるだろうと思って『狂戦士の怒り』を発動させてみたんだが、度重なるバトルロジックの改編によって威力がブッ壊れており、呆気なく一撃で倒してしまった。
そう、その時に俺はある少女と出会ったのだ。
『ようやく思い出したようだな』
「キリリン!」
背後から声をかけられ、俺は思わず声を上げて振り向いた。
『薄情な奴め。貴様が転生した時、妾と再会したというのにまったく覚えておらなんだとは。それになんだ、愛架という女は。その娘を探しておるのなら妾に一言相談してくれれば良かったものを』
そう言うとキリリンは慈しみを込めた眼差しでこちらを見つめるとゆっくりと近づいてくる。
いつの間にか俺は蚊の姿ではなく、人間の子供の姿になっていたことに気付く。
「すまない、キリリン。俺は……」
『本当にそうだ。貴様がイルヴァを倒した後、妾はずっと探しておったのだぞ。それがなんだ、転生してから貴様はずっと妾のことなど忘れ、愛架という小娘に心を捕われていたとはな』
「本当に、本当にすまないと思っている」
俺は想いの丈を全て吐露するように謝罪の言葉を口にする。
キリリンはそんな俺を柔らかく包み込むように抱きしめた。
『……もうよい、転生した貴様が「イシガミ」と名乗った時点で、妾も気付くべきだったのだ。まさか蚊の姿をした貴様があのイシガミだったとはな……。それにイースターエッグに魔王の力を奪われてから、妾もこの幼女の姿に変えられてしまっていたのだから、お互い気付かないのも無理はない』
「……」
そうして俺はしばらくの間抱きしめられながら、たとえそれが夢が産んだ幻想だったとしても、キリリンと再会できたことに俺は一抹の嬉しさを感じていた。
しばらくそうしていると、キリリンは俺の身体中のあちこちを弄り始めた。
「キ、キリリン?」
『……』
「や、やめろ、って。……こ、こそばゆいってば!」
自分が小学三年生くらいの姿になったためか、つい子供っぽい口調で反抗してしまった。
そしてキリリンの弄りにとうとう耐えきれず、俺はキリリンの身体を無理やり剥がす。
『トウリがつれなくなってしまった……』
「うるせぇ! 幼女で巨乳でショタコンでセクハラ野郎とか、お前キャラ盛りすぎなんだよ!」
うう……となんとも残念そうに指を咥えるキリリンに俺は、全力で言葉を浴びせた。
ちなみにキリリンは12歳くらいの体型なのだが、俺の今の姿は8歳くらいの男の子なので、それぐらいの歳の差であればショタコンは成立するのだろう。
いや、これはどちらかというとオネショタか?
まぁ果てしなくどうでもいいけど。
『そんなことより、貴様は皆に妾のことを話してくれたのだな』
「あ、ああ。キリリンも大切な仲間だし、みんなもそう思っているから一応話しておいた方がいいと思ってさ。……見てたのか?」
『ああ、もちろんだ。言ったであろう? 妾は常に貴様の傍にいると。この妾は貴様が生み出した夢の中の幻ではない。血盟の契りはまだ絶えてはおらぬのだ』
「そう、なのか」
たしかにまだキリリンとの血盟が解かれていないことは実感できていた。
だが目の前にいるキリリンが本物ではなく俺の脳内で生み出した存在で、彼女の自分が本物であるというセリフも、俺が勝手に空想しているかもしれなかった。
そう思うとやるせない気持ちが溢れてきて、俺は地面にすわって足を抱え込む。
「キリリン、俺はお前がいなくなって寂しいよ……」
するとキリリンは横にちょこんと座り、慰めるように俺の頭を撫でた。
『寂しがることはない。貴様がイースターエッグを倒して妾を再び蘇らせててくれるとそう信じておる』
「……俺はあいつに勝てるのかなぁ」
ふとキリリンがイースターエッグに殺された瞬間のことを思い出す。
俺はイースターエッグに手も足も出なかった。
このままイースターエッグと再び相見えたとしても、今度は他の仲間たちが奴に殺されてしまうのかも知れない。
そんなの、もうまっぴらだ。
『……不安なのか?』
キリリンは俺の身体を自分の肩に引き寄せて耳元で囁いた。
『ならば妾がここで貴様を鍛えてやろう』
「え?」
キリリンは指をパチンと弾くと、俺の身体が人間の子供の姿から元の蚊の姿へと戻した。
「こ、これは……」
俺はそう狼狽していると、キリリンが諭すようにこう告げた。
『貴様は本来、イースターエッグに引けを取らないほどの能力を持っているはずなのだ。だがそれでも奴に負けてしまった。それは貴様が己の能力を十分に発揮できていなかったからだ』
たしかに俺はキリリンと出会った城で聖杯を飲んだことにより、大量のスキルを獲得していた。
蚊の姿だとそれらは発動すら叶わなかったが、人間の姿になった時は使えるようになっていた。
ではなぜ今キリリンは俺を蚊の姿に戻したのだろうか。
『まずは貴様は常に人間の姿を保っていられるように訓練が必要になる。それが出来るようになれば、次は習得しているスキルを使いこなせるように特訓してやろう』
たしかにスキルを上手く活かすことができれば奴に勝てるかもしれない!
なんだかキリリンの言葉に勇気づけられて力が湧いてきた気がした。
そんな俺にキリリンは続けてこう言い放つ。
『まぁだがそれが出来たとしても、奴に勝てる見込みはせいぜい五分といったところだ。それを上回るのにはさらなる成長が必要になるだろう。それは貴様が夢から覚めた世界で成し遂げるしかない』
「ああ、わかった……!」
俺は小さく頷くと、すぐさま全神経を集中させスキルを発動させた。
「『隔世輪廻』っ!!」
すると再び蚊の姿から人間の子供の姿に舞い戻る。
よし、このまましばらく人間の姿を保てれば……。
するとキリリンはまた俺の身体を抱き寄せて満足げな笑顔を見せた。
『よく出来ました。じゃあ今度はこのまま1万数えるから、この状態でお姉さんと一緒に過ごしましょう。もし蚊に戻ったりしたら叩き潰すから』
「だから放せって! このショタコン野郎がっ!」
『い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ち、に〜〜〜〜〜〜〜〜……』
「いや、遅ぇよ! 数えるのが!」
その特訓は結局その日の一夜だけでは終わらず、これからもキリリンは特訓を続けてくれるそうだ。
この部屋のことは便宜上、「夢の部屋」と呼ぶことにしよう。
こうして夢の中ではキリリンとの特訓生活が幕を開け、俺は眠りから覚めるたびに強くなっていく方法を手に入れたのであった。
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