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44話 迫られる選択

 かくして俺とゼルはみんなが待つ小屋へと足を運んだ。

 

 盗賊であるゼルは夜目が利く。


 ゼルは道中、誰かに尾行されていないことに気をつけながら何度か余分に迂回しながらも歩みを進めていった。


 光がないと何も見えなくなる俺は、ただゼルの服に大人しく張り付く他なかった。


「着きやしたぜ、旦那……」


 ゼルは静かにそう呟くと、扉に向かって独特なリズムでノックを行う。


 すると扉の向こう側からもノックが返ってくる。


 どうやら扉の内側と外側にいる人間だけで、お互い異常がないことを確認しているらしい。


「アイシャ、俺だ。入るぞ」


 ゼルはゆっくりと小屋の扉を開けると、そこには武器を持ったアイシャとシスターの姿があった。


「おかえり、二人とも」


 小屋の扉を閉めながらアイシャはランタンに灯りを灯すと、部屋の奥に高く積まれた干し草の陰からクリスタが姿を見せた。


「クリスタ、新しい服を調達してきたぞ。その服だと目立ってしまうから早く着替えてくれ」


「ありがとうございます、トウリ様……。外の様子はどうでしたか?」


 クリスタは服を受け取ると、心配そうに俺に話しかけてくる。


「ああ深夜だというのに、もう俺たちの指名手配書が出回り始めている。明日には周辺の村や街に行き渡るだろうな。こうなったらすぐにここを出て王国領から離れるしか……」


「王国領から離れる……」


 クリスタは神妙な面持ちで顔を伏せて、俺の言葉を呟やくように繰り返した。


「城には現国王である我が父、ガゼフが病床に伏しております。それに実権を任された私が王国領から出るわけにはまいりません……」


「ううむ……」


 クリスタの国を想う気持ちを察しながらも、彼女の身の安全を第一に考える俺は唸り声を上げながらも思考を巡らせる。


 今回の件は今までとは違って異端(バグ)が直接的な原因となっていない可能性が高いので、俺だけの力ではどうにもならない。


 今考えられる道は二つ。


 一つはエターニア王国領を出て逃亡しながら身を潜め、武力を蓄えたのちに国を取り返すか、元凶であるイースターエッグを倒して魔王の手先であるという疑惑を晴らして凱旋帰国すること。


 前者はどうもポリティカルな事情も絡んでくるので、現時点では上手く行く可能性が低いし、そもそも魔王との戦いがある中、内戦はどうにかして避けたい。


 もう一つの道はエターニア王国に戻り、俺が一芝居を打って、魔王のフリをした俺をクリスタが公開処刑を行って疑いを晴らすことだ。


 だがそれも上手く民衆を騙せることができるかどうか分からないし、仮に騙すことができたとしても、本当の魔王であるイースターエッグがまた現れたら、すぐに嘘だとバレてしまう。


 だとしたらやはり王国領を離れイースターエッグを倒すしかないのか。


 そう言えば、あの指名手配書に書かれた内容、クリスタには5億ラピアもの賞金がかけられていたな。


 国家予算並の金額だ。


 もしかすると歴代最大級の賞金なのかもしれない。


 だとすればエターニア王国領を出たとしても、賞金稼ぎがクリスタを執拗に狙うだろうから安心はできないだろう。


 そして危険なのはクリスタだけではない。


 アイシャ、ゼル、シスターの賞金は1億ラピアで、クリスタと比べると多少は低くなるがそれでも賞金としては法外だ。油断は許されない。


 ちなみに俺への賞金は10億ラピアだった。


 蚊に10億ラピアとか、高すぎだろ!


 一国の要人の倍以上の賞金がかけられる蚊なんて前代未聞だ。


「申し訳ありません。みなさんを王国の問題に巻き込んでしまって……」


「いや、気にしないでくれ。そもそも俺が蚊の姿をしているから、クリスタが疑われるようなことになってしまったんだ。クリスタのせいなんかじゃない」


「いえ、それだけが原因であれほどのことになるとは到底思えないのです……」


 俺とクリスタが謝り合戦を始めたところ、アイシャが慌てて割って入ってきた。


「クリスタもトウリも、今はそんなことしている場合じゃないでしょ! 今はクリスタの身の安全が一番大事。早くここから出よう!」


「確かにその通りだ。すまない、アイシャ」


「もう、謝るのは後! 生きていればなんとでもなるよ!」


「え、ええ、そうですね! 私、心に決めました! 命に変えてエターニア王国を取り返すことを!」


 元気に振る舞うアイシャの態度に心なしかクリスタの表情も明るくなった気がする。


「夜の道の案内は任せてくだせぇ! 取り敢えずは海洋都市ティルニアを目指しやしょう。王国領を出るにはいずれにしてもそこから海に出るしかありやせん」


「ああ、頼りにしてるぞ、ゼル! そうと決まればクリスタの着替えが終わり次第、出発しよう!」


「はい!」


 クリスタは勢い良く返事を返し、干し草の陰で着替えをしようとしたクリスタであったが、服を手にした途端に希望に満ちた表情が無表情へと変わる。


「あ、あの、この服、なにやら汚れているのですが……」


 広げられた服の背には、なにやら粘着質のある液体が大量になすりつけられていた。


「ああ、それは俺の涙と鼻水でさぁ。行商人がなかなか服を売る気になれないってんで、ちょっとばかし色を付けてやったんでさぁ。気にしないでくだせぇ、すぐに乾きやすよ!」


「そ、そうなんですね。お心遣い、ありがとうございます……」


 俺とゼルが小屋から出ると、クリスタはなにか生きることを諦めたような目をしながら小屋の扉を静かに閉めて着替えを始めた。


 ズッドーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!


 すると静まりかえった夜を引き裂くような轟音が、地響きとともに遠くから聞こえてきた。


 眠りについていた鳥たちがざわめき始め、一斉に夜の空へと飛び立って行くのが見える。


「な、なんだっ!?」


「わからない! でもあれを見て!」


 アイシャが指差した方向を見てみると、彼方の夜空が血のように赤く染まっているのが見える。


「何事ですか!?」


 着替えを終えたクリスタが小屋から出ると、その空を見て青ざめた顔で声を震わせた。


「あの方角は、まさかエターニア王国……」


 そう呟くと同時にクリスタは赤く染まった空の方向へと急に駆け出し始める。


「待て、クリスタ! 一人じゃ危険だ!」


 俺たちもまた夜道へと消えて行くクリスタの後を追った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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