45話 謎の巨人
「はぁっ、はぁっ…」
クリスタはただ闇雲に夜の道を駆けていく。
何度も躓き倒れながらも、その度に立ち上がり一心不乱に走り出す。
しかしその努力とは裏腹に、目的地との距離がありすぎてエターニア王国には一向にたどり着くことができない。
早く……。早くエターニア王国に戻らなければ……。
ドォォォン! ドォォォォォォォン!
夜空に轟音が鳴り響く度に、クリスタの胸から火で炙られたような焦燥感が湧き上がってくる。
お父様、どうか、どうかご無事で……っ!
肺からぜぇぜぇと息がこぼれ落ち、ふらふらとした足取りになりながらもクリスタは決して立ち止まろうとはしない。
「ま、待って、クリスタ!」
息を切らせながらアイシャが手を伸ばし、クリスタの手首を掴んで引き止める。
「離してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
クリスタは悲鳴にも似た声を上げながら、その手を振り解くように身体を捩らせて必死の思いで抵抗する。
「今クリスタが行っても、どうにもならないよ!」
「あなたに何が分かるのですっ! 構わないでくださいっ!」
涙でぐずぐずに濡らした顔で、クリスタは鋭い目つきをアイシャに向けて掴まれた手を振り払う。
「私はエターニア王国の姫なのですっ! 私の命は王国と共にあるの……です……。私が……王国から逃げ出したりするから……敵に攻め入れられる隙を与えてしまった……」
アイシャの顔を見て一瞬気が緩んでしまったのか、そのまま力が尽きてしまってクリスタは倒れ込んだ。
クリスタの身体が地面に伏す前に、アイシャがその身体を抱きしめるように受け止める。
「それは違うぞ、クリスタ」
二人にようやく追いついた俺は彼女にそう諭した。
「指名手配書はまだ他国まで出回ってない。クリスタがいてもいなくても、きっと何者から襲撃は受けていただろう」
クリスタが王国にいなかったのが不幸中の幸い、俺はそう言いかけたが王族である彼女の心中を察すればとてもそんな事は言う気になれず、グッと言葉を飲み下した。
「なんて……私は……無力なのでしょう……」
「落ち着け! まだエターニア王国が落されたとは限らないだろう。今は冷静になって状況を把握することに専念するんだ」
無責任だな、俺は。
上っ面な台詞を他人に言っておきながら自分の耳が痛くなってくる。
クリスタは一国の命運を託された責任をたった一人で背負っているのだ。
彼女の心を苦しめている重責は、俺の想像の範疇を遥かに超えている。
彼女にどんな励ましをかけたとしても、どうせそれらは無責任な気休めにしかならないだろう。
しかもエターニア王国を今攻めているのが、魔王イースターエッグの軍勢だとしたら、その原因はむしろ俺にある。
奴の狙いは俺なのだから。
そうなれば自分が無力だと嘆かなければならないのは、クリスタではなく俺の方なのだ。
「アイシャ、クリスタに付いてやってくれ。みんなで一緒にエターニア王国の様子を確かめよう」
「うん。……クリスタ、一緒に行こう」
生気を失った顔でクリスタはこくりと力なく頷くと、アイシャの肩に寄り添いながら再び立ち上がってゆっくりと歩みを進めた。
「待ってくだせぇ、何か様子が変でさぁ」
「どうしたんだ、ゼル?」
俺の言葉にゼルはしっ、と口の前に指を立てて静止した。
するとさっきまで空に鳴り響いていた轟音が収まり、その代わり周りの木々がざわめき始めていることに気がついた。
「これは……地震?」
蚊の姿で空中を飛んでいる俺は気がつかなかったが、アイシャの両足からは僅かな振動が伝わっているようだった。
間も無くして遠くからゥゥゥゥゥゥン……、ズゥゥゥゥゥゥンと地響きが聞こえてきてそれがだんだん大きくなっていく。
「あ、あれを見てくだせぇ……」
ゼルは何かに怯えるような震えた声で遠くを空を指差す。
するとそこには今まであった星空が巨大な黒い影によって覆い尽くされていた。
「星が消えた……? いや、あれは……」
「……巨人か?」
それは山よりも巨大な生き物が、はるか向こうの大地を地響きを立てながら移動していくのが見えた。
地響きもみんな中腰になっていないと立っていられないほどにかなり大きくなっていた。
あの巨人のシルエットには俺は見覚えがあった。
あれは確か……。
────七天魔王の一人、奈落のイルヴァ。
あのキャラクターは確かラピュセリア・クロニクルのβ版の世界にしか存在しないはずだ。
そして俺の記憶が確かならば、イルヴァは俺が転生する前に倒したはずであった。
しかも俺が知っているイルヴァよりも大きさが更に巨大になっている。
それがこの世界に存在するということは、イースターエッグの力によって顕現化されて強化されているということか。
あまりに巨大な存在に俺たちは圧倒されてしまい、ただただ見えなくなるまで通り過ぎていくのを眺めるしかなかった。
「あ、あの巨人は、まさにエターニア王国がある方角から来たみたいでさぁ……」
重苦しい空気の中、ゼルがかろうじて口を開く。
クリスタについては呆気にとられすぎてしまい、放心状態に陥ってしまっている。
「と、とにかく、エターニア王国を目指そう」
僅かな希望にすがっていたみんなは、それすらも砕かれてしまって無言のまま歩き始めた。
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