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剣の娘  作者: 田中
第九章 孤児と演劇
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ヒューゴと孤児

 翌日、ヒューゴが来るのを孤児院で待っていたのだが、昼を過ぎても彼は孤児院に姿を見せなかった。

 昨日の勢いを見ていると気が変わったという事も考えづらい。

 何かあったのかも知れないとカミュは彼の家を訪ねる事にした。


 ウォードにその事を話すと彼女も一緒に行くという。


「これから長い付き合いになるかも知れないし、どんな人なのか見ておきたいわ」


 彼女が見張りの衛視に孤児院から出たいと話すと、その衛視が監視で同行する事になった。


「真面目に働いているから別について行かなくても大丈夫だとは思うが、一応な」


 衛視はそう話した。

 カミュは、ウォードと衛視の三人で昨日訪れたヒューゴの家に向かった。

 彼の家を訪れるとガラの悪い数人の男たちが玄関前に立っていた。


 男たちは大声を張り上げヒューゴに出て来る様言っている。


「あの、何があったんですか?」


 カミュがそう問いかけると、男の一人が振り向きカミュに言った。


「何でもねぇよ! 見世物じゃねぇんだ! さっさと消えろ!」


 ドスを利かせた声で威嚇する。

 それを見ていた衛視が前に進み出た。


「何をしている? 我々はこの家の住人に用がある。お前達こそ用がないならさっさと帰れ」

「チッ、お巡りかよ。用ならありますよ。この家に住む作家先生はウチに金を借りててね。今日はその取り立てに来たって訳ですよ」


 集団の中心にいた小奇麗な身なりの男が懐から書類を取り出し衛視に見せた。

 衛視は男から書類を受け取り内容を確認する。


「なんだこの金利は? ミダスではこんな暴利は許されないぞ」

「分かってますよ。でもねぇお巡りさん。ウチの本店は子爵領じゃなくお隣の男爵領だ。それにちゃんと先生のサインもあるでしょう? お互い納得した上での契約だ」


 書類には確かにヒューゴの名前が書き記されていた。

 衛視は男に書類を返し、苦々し気に男を睨みつけた。


「確かに問題は無い様だ」


 男が衛視と話している間も他の連中はヒューゴに出て来るよう叫び続けていた。


「さっさと出てこい! 期日はとっくに過ぎてんだぞ!!」

「うるさい!! 確かに金は借りたがたった三万だぞ!! それがなんで一か月で十二万になるんだ!!」

「ちゃんと契約書に書いてあるだろうが!!」

「俺が読んだ契約書では利子は一か月で一割だった筈だ!! その分は払っただろうが!!」

「ウチは一日で一割だ! 複利じゃないだけ良心的だぜ!!」


 どうやら質の悪い所から、ヒューゴは金を借りてしまったようだ。

 カミュは衛視に目を向けた。


「何とかできないの?」

「何とかしたいのは山々だが不正を暴くには時間がかかる。それに母体が男爵領にある場合は子爵領の法では裁けん」


 話を聞いていたウォードが、先ほど衛視と話していた男に近づいた。


「ねぇ、お兄さん。さっきの書類見せてもらっていい?」


 ウォードは胸を強調するように男にすり寄った。

 男は突然美女にすり寄られ鼻の下を伸ばしながら書類をウォードに手渡した。

 ウォードは男にしな垂れ掛かりながら横目で書類をチェックした。

 書類を確認した後、ウォードは突然男の股間を蹴り上げた。


「あがっ!?」


 男が股間を押さえ地面にしゃがみ込むと、周囲の男たちが色めき立った。


「このアマ、兄貴に何しやがる!?」

「うるさいわね。アンタ達、書類を改竄したでしょう?」

「あぁ!? 何を根拠に言ってんだ!? その書類はそこのお巡りも問題ないって言っただろうが!!」

「今どき、わざわざ羊皮紙なんて使ってるなんて随分古風なやり方じゃないの」


 ウォードの言葉に、男たちは返事に窮し押し黙った。


「ウォード、どういう事?」

「羊皮紙は表面を削って文面を書き換えるのが容易なの。この金利の部分、分かりにくいけど削った跡があるでしょう」


 ウォードから書類を受け取り、注意深く観察すると確かにその部分だけ他と少し違っている。

 衛視も横から覗き込んで、カミュに頷きを返した。


「大分、片付けたつもりだったけど、まだこの街にもこんな奴らが残っていたのね」

「……衛視一人に、女二人。おい、お前らこいつ等! ぶちのめして契約書を取り戻すぞ!!」


 男たちは三人を取り囲んだ。

 カミュはウォードに声を掛けた。


「丸腰だけど大丈夫?」

「そうね、取り敢えずこれでいいわ」


 ウォードは腰のベルトを抜いて二、三度振った。


「ウォード。今回は目をつむるがやり過ぎるなよ」


 衛視はそう言って、腰から鉄製の棒を抜いた。


 相手は六人、一人当たり二人か……。話にならないな。

 カミュがそんな事を考えていると、男の一人がナイフを抜いてとびかかって来た。

 男の手を取り、勢いを利用して投げ飛ばす。


 ウォードに襲い掛かった男は、ベルトで滅多打ちにされ地面に転がった。


「うーん。やっぱり、リーチが短いと威力が出ないわね」


 くっきりとベルトの跡のついた男の顔を見ると、十分な気もするが……。

 衛視も如才なく立ち回り、男たちを打ち据えた。


 数分後には全員地面に倒れ、うめき声を上げていた。


 最初にやられた兄貴分の男が、股間を押さえながらカミュ達を睨み言う。


「お前ら、こんなことして唯で済むと思っているのか?」

「あら、まだ元気じゃない? 手加減しすぎたかしら?」


 ウォードがベルトを一振りし男に近づくと、彼は怯えた様に後退りして仲間を置いて逃げ出した。

 衛視が地面に倒れた男たちを取り出した縄で後ろ手に拘束し、全員をつなぐ。


「取り敢えずこいつ等は暴行の現行犯で逮捕しておく。孤児院に連れ帰って詰め所に連行するから、その作家先生を早く連れて来てくれ」


「分かったわ。ウォードいきましょう」

「むう。やり足りないわ。もう二、三発打っておけば良かった」


 不満そうなウォードを促し、ヒューゴの家の玄関をノックした。


「ヒューゴさん。借金取りは帰りました」


 ヒューゴは昨日と同じように、薄くドアを開け周囲を確認した。

 繋がれた借金取りを見て、少し驚いた顔をした。


「お前たちがやったのか?」

「はい。なかなか孤児院においでにならないので、様子を見に来たんです」

「そうか。すまんな。丁度、家を出ようとした所を見つかってな。助かったよ」


 ヒューゴはドアを開け頭を掻きながらそう言った。


「なんで借金なんかしたんです?」

「俺が劇場に出禁になった話はしただろう」

「ええ、ジョアンナにも首になったと聞きました」


「あれから他の小劇場や出版元にも仕事をくれないか尋ねたんだが、どこも中央劇場と揉めるのを嫌ったのか話もきいてくれん。仕方なくチラシや組合の内部誌なんかの原稿を書いて、やり繰りしてたんだがどうしても欲しい本があってな」


 ヒューゴは本を買うために、高利貸しから金を借りたようだ。


「利子も含めて返したんだが、契約書を突き付けられて残りを払えと連日押しかけられていたんだ」

「契約書は改竄されていたし、書類もこっちにあるからもう大丈夫だと思うけど……」

「ん? あんたも孤児院の人間か?」


 ヒューゴがウォードに気付き声を掛けた。


「そうよ。私はウォード。貴女がカミュの言っていた作家のヒューゴね」


 ヒューゴはウォードの言葉には答えず、彼女の全身を観察した。


「ふむ。カミュも良い物を持っているが、お前の方が華があるな」

「それはどうも。それより孤児院に行かない? 配役を決めるんでしょ?」

「おお!! そうだった!!」


 ヒューゴは家にとって帰し、鞄を手に家から出てるとカミュ達を置いて一人孤児院の方に歩いて行く。


「早くしないか!! あいつらの所為でもう二時間も無駄にした!!」


 ヒューゴは呆気にとられて立ちすくんでいたカミュ達を振り返り声を上げる。


「なんというか、自由奔放な人ね」

「アハハ……」


 ウォードの言葉にカミュは力なく笑った。


 その後、カミュ達は衛視が連れた借金取り達を引き連れ孤児院に戻った。

 孤児院で衛視は同僚に声をかけ、詰め所に男たちを引っ張っていった。

 羊皮紙の手口を見ても余罪はたっぷりとありそうだ。


 孤児院についたヒューゴはカミュに渡した本を持ってくる事と、子供達を連れて来る事を指示した。

 ヒューゴは集まった子供達を庭に並ばせる。

 小さな子は期待に目を輝かせて、年長の子は少し面倒くさそうにしている。


「ふむ、年齢もバラバラか。取り敢えず端からいくか。おい、そこのお前」

「なんだよ。おっさん」

「話は覚えているか?」

「昨日、姉ちゃんが読んだ話か? 一回聞いただけだぜ。ぼんやりとしか覚えてねぇよ」


 ヒューゴはカミュから台本を受け取り、声を掛けた年長の少年を前に連れ出し台本を差し出した。


「文字は読めるか?」

「読める訳ないだろ」

「ふむ。では読み聞かせるから、セリフを言え。リーダーの少年が森の魔女に助力を乞う場面だ。セリフはこうだ。『頼む、助けてくれよ!アンタしか頼れる奴はいないんだ!』……カミュそこに立て」


 ヒューゴは少年の前に立つようにカミュに指示した。


「ふむ、昨日も思ったが、その帽子はいいな。実に魔女らしい」


 カミュは普段ジョシュアがかぶっていたつば広の帽子を愛用している。

 気に入ってはいたが、魔女と言われるとこのままかぶり続けるべきか少し不安になる。


「何をおかしな顔をしている!? さっさと来い!」

「はいはい」


 指示した場所にカミュを立たせ、少年にセリフを言うよう指示を出す。


「えっと、……頼む、助けてくれよ……アンタしか頼れる奴はいないんだ」

「照れるな!! こいつに頼まないと死ぬぐらいの気持ちで言え!!」

「ヒッ!」


 少年はヒューゴの迫力にビックリして、小さく悲鳴を上げた。


「別にうまく言おうとかは考えなくていい。お前達にそんなものは期待していない。感情を乗せろ。お前達は親のいる者よりも、遥かに過酷な生活を送っていたはずだ……その時を思い出せ……この話は絶望から希望を見出す物語だ。お前達の絶望をセリフにぶつけろ。その感情が観客に届けば、それは希望に形を変えてお前たちに帰ってくるはずだ」


 ヒューゴの言葉に少年は顔を引き締めた。


「おっさんの言う事はよく分からないけど、やってみるよ」


 少年は深呼吸してカミュを見た。


「頼む、助けてくれよ!アンタしか頼れる奴はいないんだ!!」

「……ふむ、先ほどよりずっといい。次はお前だ」


 ヒューゴは子供たちに次々とセリフを言わせた。

 セリフを聞きながら、子供達に名前を尋ね、台本に名前と特徴を書き記した。

 順番は巡って、ヒューゴはミリィを指名した。


「次、そこのチビ。前に出ろ」

「……」


 ミリィはヒューゴに怯えているようだ。


「おっさん、妹はやらなくてもいいだろ!」


 レッドがミリィを庇って前に立った。


「お前の妹か?」

「そうだ。別に全員参加しなくてもいいだろ」

「確かにそうだ。やりたくない奴はやらなくてもいい。だがそれはチビが自分で俺に言え。いつもお前がいる訳じゃない」


 ヒューゴはミリィの前からレッドを退け、膝をついて目線を合わせた。


「さあチビ、お前は芝居をしたいのか、したくないのかどっちだ?」

「ミリィは……ミリィはベスがしたい」

「そうか。しかし、ベスは登場人物の中でも一番勇気のある娘だ。そんな小さな声の奴には任せられん」


 ヒューゴはそう言ってミリィの目を見た。

 ミリィはヒューゴから逃れるように、視線を伏せたが、暫く自分の握った手を見つめ、顔を上げた。


「ミリィはベスがしたい!!」

「よく通るいい声だミリィ。考えておこう」


 ミリィはヒューゴの言葉を聞いて顔をほころばせた。


 全員にセリフを言わせた後、ヒューゴは子供たちに解散を命じた。


「配役は明日までに考えておく。ご苦労だった」

「なんだよ。すぐ教えてくれねぇのかよ」

「私、キャロが良い」


 解散を命じたヒューゴの周りに子供達が寄って来た。


「まとわりつくな! 配役は明日だ!」

「えー。教えてよ」

「そうだぜ。勿体ぶるなよ、おっさん」

「別に勿体ぶっている訳ではない、それとずっと気になっていたが、おっさんと呼ぶな。俺の名前はヒューゴだ」

「もうおっさんで良いじゃん」


 その様子をウォード二人眺めながらカミュは言った。


「凄いわね。一瞬で馴染んだわ」

「子供は鋭いからね。ヒューゴは信用できるって感じたんじゃない?」

「確かに、裏表はなさそう」


 ヒューゴは彼らに媚びる訳でも無く、子ども扱いもしなかった。

 彼の言葉に嘘がない事を子供達は敏感に感じ取ったのだろう。

 ウォード話していると、ヒューゴが声を張り上げた。


「次は大人だ!! 使えそうな奴を選別する!! カミュ、ウォード!! ボーっとしていないで全員集めろ!!」

「はいはい」


 二人は肩をすくめ、屋敷に向かって歩き出した。

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