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剣の娘  作者: 田中
第九章 孤児と演劇
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脚本家

 訓練所から帰った翌日、カミュは珍しく寝坊した。

 昨日は色々あったから予想以上に疲れたようだ。


 服を着替え一階に下りるとカイルが声を掛けてきた。


「珍しいなカミュがこの時間まで寝てるなんて」

「昨日は色々忙しかったから」

「そうか。まあタマにはのんびりするのもいいさ。食事はどうする?」

「お願い」

「はいよ」


 食堂を見渡すと宿泊客が朝食を取っていた。

 カミュはいつも夜明けと共に目覚め、裏庭で訓練してから風呂に行き、その後戻って朝食を取っていた。


 今日は休息日にするかと、カイルが用意してくれたトーストを齧っていると、上等な服を着た男が数人の男を引き連れ宿に入って来た。


 男は一階を見回すとカミュに視線を止め真っすぐに向かって来た。

 左目にモノクルをかけ口髭を生やしているその男は、椅子に座ったカミュの頭の天辺からつま先まで一通り眺め、確認する様に呟く。


「ステラに逗留している赤い髪の娘。お食事中すみません、貴女がカミュ殿ですね?」

「そうですが。貴方は?」

「これは失礼しました。私はドルトン。子爵領で調査官をしております。本日は貴方が手に入れた鎧を受け取りにきました」


 そう言ってドルトンと名乗った男は手帳の様な物を取り出しカミュに提示した。

 そこには彼の名前と所属、そして子爵家の紋章が描かれていた。


「話は聞いています。結構な重さですが大丈夫ですか?」

「ええ、部屋に案内していただければ部下に運ばせます」

「分かりました。こちらです」


 カミュは食事を中断し、ドルトンたちを部屋に案内した。

 カミュが部屋に置かれた袋を指し示すと、部下の男たちはそれを抱え運び出した。


「こちらは受け取り証です。サインをお願いできますか?」


 そう言うとドルトンは書類とペンをカミュに差し出した。

 内容を確認し、二枚の書類にサインを書き込む。

 ドルトンに書類を渡すと、サインを確認して一枚をカミュに差し出した。


「こちらは控えです。保管をお願いします」

「分かりました」


「それとカブラス様より伝言があります。報酬の準備が出来ているので、カミュ殿と雪丸殿に城に来て欲しいとの事です」

「分かりました。いつお伺いすればいいですか?」

「お二人ともお忙しいようですから、空いた時間に来てくれればいいそうです」


「承知しました。彼にも伝えておきます」

「お食事中にお邪魔して申し訳ありませんでした。では失礼いたします」


 ドルトンはカミュに一礼して宿を後にした。

 カミュは慌ただしい人だったなと思いながら、書類を部屋の引き出しにしまって、一階に下り食事を済ませた。


 休息日にするとはいっても部屋でゴロゴロしていてもしょうが無いので、月夜の事とジョアンナから聞いたヒューゴの事をウォードに話し、ついでにそのヒューゴを訪ねてみる事にした。


 カイルに挨拶をして宿を出て貧民街の孤児院を目指す。

 孤児院もそうだが貧民街では廃墟になっていた建物が取り壊されたり、改修作業を行っている建物が目についた。

 カブラスが言っていた再開発計画の一端だろう。


 カミュがロイと住んでいた廃屋もロープが張られ、近々取り壊されるようだ。

 寂しさを感じたが変わらない物など無いのだろうと気持ちを切り替える。


 取り壊された後、何が出来るのかは分からないが、やがて建物が立ち、この場所で新たに生活する人が新しい思い出を作って行く。

 それでいいのだとカミュは思った。


 孤児院を訪れると天幕の数が随分減っていた。

 内装の修繕が終わり生活スペースを屋敷の中に移したのだろう。


 屋敷は左側に新たに玄関とは別の入り口が作られていた。

 そちらを覗くとウォードが図面を持って大工達と相談をしていた。


「ウォード」

「あら、カミュじゃない。手伝いに来てくれたの?」

「ちょっと報告があって……」

「報告? 分かった、部屋で聞くわ」


 ウォードは大工に指示を出し、カミュを伴って自室へ向かった。


「ようやく孤児院側の内装工事が終わったのよ。井戸も掃除したし、お湯も沸かせるようになったわ」

「凄いわね。もしかしてお風呂もあるの?」

「部屋を潰して大浴場を一つ作ったわ。気持ちいいからカミュも一回入りに来なさい」

「ええ、是非」


 ウォードに案内された部屋は以前、彼女がいた部屋では無く、一階にある角部屋だった。


「二階の広い部屋は残っていた家具を除けて、子供部屋にしたの」


 部屋はそれほど広くなかったが、窓から庭の景色が見え、明るい雰囲気だった。

 ウォードは椅子を用意しカミュに勧め、自身はベッドに腰かけた。


「で、何の報告?」

「前に貴女が言ってた黒髪の女性」

「ああ、月夜ちゃんね」

「その娘はやっぱり雪丸さんの義妹だったわ」


「そうなんだ。それでその月夜ちゃんがどうしたの?」

「彼女に劇場で働かないか聞いてみたのよ」

「本当!? それでなんて言ってた!?」


 ウォードは少し前のめりになってカミュに尋ねた。


「傭兵ギルドの仕事が空いた時だけだけど、やってみるって」

「やった! あの娘のアクロバット、凄かったから絶対人気がでるわよ!」


 ウォードは嬉しそうにそう言った。


「それと、お城でジョアンナってメイドの女性と知り合ったんだけど、その人に作家さんを紹介されたの」

「作家?」

「ええ、その人はミダスの劇場で演劇の脚本を書いていたんだけど、劇場主と揉めて首になったそうよ」

「へぇ、首に……フフッ」


 ウォードは軽く笑った。


「どうしたの?」

「ごめんなさい。追い出されたり、首になったりした人と縁があるなと思ってね」


 そういえばジャッカルのメンバーは上役と折り合いが悪く、追い出された人たちだとウォードは以前言っていた。


「カミュ。貴女その作家の本で舞台をやるつもりなんでしょう?」

「ええ、この後行って話をしてみるつもり。紹介してくれたジョアンナは演劇が大好きなんだけど、その彼女が彼の本が面白くて徹夜して読んだって言ってたのよ」


「ふうん。演劇か……役者が必要ね」

「それでね。ジョアンナが言ってたんだけど、王都には女性だけの歌劇団があるんだって」

「知ってるわ。見た事は無いけど、女が男を演じるんでしょう」

「そう。……ねぇ、ウォード。貴女、男にならない?」


 ウォードはキョトンとした顔でカミュを見た。


「本気で言ってる? 私は芸人だけど演技なんてしたことないわよ」

「貴女も言ってたじゃない。女の子を呼べるいい男が欲しいって」

「そりゃ言ったけど……私が男装したってしょうが無いでしょう。やるなら貴女がやりなさいよ」

「えっ!! 私!?」


 カミュは自分が舞台の上で演技している場面を想像し、冷や汗が流れるのを感じた。


「いやいやいや! 私は無理!! 剣しか使えないもん!!」

「私だって鞭しか使えないわよ!!」


 二人は顔を突き合わせてため息を吐いた。


「……役者かぁ」

「演劇。面白そうなんだけどねぇ……演劇がありなら、歌とかも良いかもね」

「取り敢えず役者については、これから会いに行く作家さんに聞いてみるわ」


「そうして頂戴。ただ予算があまりないから、有名な人は無理でしょうね」

「はぁ、難しいなぁ」

「まあ、気長にいきましょう」


 ウォードにそう言われて、カミュは孤児院を後にした。

 いいアイデアだと思ったのだが、簡単にはいかないようだ。


 とにかくこれから会う作家のヒューゴと話してみよう。

 そう考えながら、カミュはジョアンナにもらったメモに書かれた住所に向かった。


 彼の住まいは貧民街の端、少し斜めに傾いでいる木造の建物だった。

 カミュは崩れるのではないかと、ヒヤヒヤしながらドアをノックした。


「すいません! ヒューゴさん!」


 カミュが呼びかけるとドアが閉まったまま、中から返事が聞こえた。


「金なら無い!! 帰ってくれ!!」

「……あの、ジョアンナさんの紹介で、お話が聞きたくて来たんですが……」

「……ジョアンナ?」


 暫くすると、薄く扉が開き、ぼさぼさの金髪の男が顔を出した。


「お前、借金取りじゃないのか?」

「違います。私はカミュ。演劇について聞きたくて今日はお伺いしました」


 ヒューゴはキョロキョロと左右を見回し、ドアを開けカミュに早く入る様に促した。

 家の中は雑然としていた。

 床には何百冊も本が積まれ、机の上には紙が乱雑に置かれている。


 カミュはヒューゴに勧められ、本を避けるようにして椅子に腰かけた。

 テーブルをはさんで向かい側にヒューゴが座る。

 テーブルの周りにも本が積まれていた。


「演劇について聞きたいといったな?」


 向かいに座ったヒューゴがカミュを値踏みするように見た。


「ふむ、素材は良さそうだ。芝居の経験は?」

「芝居の経験ですか? ありませんけど……」


「素人か。まあいいだろう。動きを見る限り運動神経は良さそうだ。声も悪くない。練習次第でお前なら一流の役者になれるだろう」

「はぁ」


 カミュの返事にヒューゴは突然声を荒げた。


「なんだその返事は!? やる気があるのか!?」

「へっ!?」

「へっじゃない!! 芝居をやりたいんじゃないのか!?」

「いえ、あの」

「役者は茨の道だ!! 努力を怠った者が成功できる等と思うな!!」

「はい!!」


 ヒューゴの気迫に押され、カミュは勢いで返事をしてしまった。


「うむ、いい返事だ。それで何が聞きたい?」

「あのジョアンナさんが貴方の本がとても面白いと言っていて、それで新しい劇場の脚本家になってもらえないかなぁなんて……」

「劇場だと!? どこだ!?」


 ヒューゴは劇場と聞いて鼻息荒くカミュに迫った。


「あの、今、貧民街で孤児院を作っているのは知っていますか?」

「ああ。昔、商人の屋敷だったところだろう」

「はい。そこに劇場を併設しているんです」


「あの屋敷を改装しているのか……いつ頃出来そうなんだ?」

「今月中には」

「今月中だと!? それで演者は集まっているのか!?」

「いいえ、まだ一人も集まっていません」


 ヒューゴはそれを聞いて頭を掻きむしった。


「何をやっている!! それじゃあ稽古も出来ないじゃないか!!」

「ひぃ! すっ、すみません!!」


 ヒューゴは気持ちを落ち着けるように深呼吸した。


「あの、劇場が出来てもすぐ公演する訳では……」

「何を言っている!! なんでも初めが肝心だ!! 真新しい劇場に客を入れ人々の心を掴むんだ!!」

「はいぃ!!」


「取り敢えず、孤児院という事は子供はいるんだろう?」

「……二十人ぐらいはいます」

「大人は何人いる?」

「四十人ぐらいです」


 ヒューゴは腕組みして考えこんだ。


「ふむ。それだけいれば十分だな……」


 ヒューゴは椅子から立ち上がり、紐でまとめられた紙をカミュに差し出した。

 数は同じ物が三十冊程あるだろうか。


「子供がメインの話だ。明日孤児院に行くから、一通り読んで聞かせておけ」

「はぁ……」

「芝居がやりたいんじゃないのか!?」

「それは、その……」


 返答に窮している間にヒューゴはさらに続けた。


「短い話だし、セリフをとちらなければ取り敢えず形にはなる」

「はぁ」

「気の抜けた返事をするな!! お前もやるんだぞ!!」


「私も数に入ってるんですか!?」

「当たり前だ!! お前は子供達に道を示す若い魔女の役だ。その赤い髪は舞台では映えるだろう!!」


 ヒューゴはカミュの髪を見て満足そうに頷いている。


「この辺りでは珍しい色だからな。きっと注目されるぞ。他の配役は明日、孤児院で決める」

「……」

「返事は!?」

「ヒャい!!」


「締らん奴だ。まあいい。今月中という事はあと三週間ちょっとか……厳しいが頑張り次第で何とかなる筈だ」

「あの、今更ですけど、仕事を引き受けてもらえるんですか?」


 ヒューゴは不思議そうにカミュを見た。


「お前はその為に来たんだろう?」

「そうですけど……あの役者さんを紹介してもらう事とかは出来ませんか?」


 カミュの言葉にヒューゴは首を振って答えた。


「無理だな。俺は中央劇場から出入り禁止にされた。ミダスの役者でそれを知らん奴はいない。俺が関わるという事は既存の役者は使えないと思え」

「そうですか……」


 カミュの落胆した様子にヒューゴは頭を掻いて答えた。


「俺が必要無いというのなら、本を置いて出て行け」

「これ読ませてもらっていいですか?」

「構わん」


 ヒューゴが腕組みする前で、カミュは台本を一冊手に取りページをめくった。

 一般的な物語と違い、場面に対する文章と、役名の下にセリフが書かれている形で構成されている。


 お話は突然大人の消えた村で子供達が両親を探す為、森に住む魔女に会いに行くという所から始まっていた。

 カミュは読み進める内に、ページをめくるのを止められなくなっていた。

 三十分程で読み終え満足感と共に本を閉じた。


 ヒューゴがカミュの顔を見て、ニヤリと笑った。


「面白かっただろう?」

「はい、とても」

「で、どうする?」

「よろしくお願いします」

「任せておけ」


 ヒューゴはそう言って満足そうに頷いた。

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