敗北の意味
ラムザは取り巻きを引き連れ中庭に向かった。
カミュもその後に続き、ジェイクもそれを慌てて追った。
「カミュ、貴公どうするつもりだ。勝っても負けてもいい結果になるとは思えんぞ?」
「任せて下さい」
ラムザが中庭に姿を見せると、訓練していた騎士たちが彼を避けるように場を開けた。
彼は仲間である騎士たちからも距離を置かれているようだ。
「フンッ、癇に障る連中だ。まあいい、ではやるぞ」
ラムザは腰の剣を抜いた。
カミュは中庭の端に置いてあった練習用の鉄剣を手に取り彼と向かい合った。
剣を持った右手をだらりと下げ半身になってラムザと対峙する。
「いつでもどうぞ」
「ハッ!」
カミュがそう声をかけると、ラムザは勢いよく踏み込み剣を振った。
それを受け流すと彼はつんのめる様に体制を崩す。
カミュは特に追撃するでもなく再度間合いを取った。
「多少は使える様だな。だが先ほどのは小手調べだ。行くぞ!」
二撃目は突きだった。カミュはそれも受け流す。
ラムザは貴族として剣術を学んでいるようで基本は出来ていた。
「どうした!? 打って来んのか!?」
ラムザはカミュが怖気づいたと思い攻撃を続けた。
その全てをカミュは無表情に受け流した。
「小賢しい!」
一向に当たらない攻撃にラムザは苛立ちを募らせ、徐々に攻撃は雑になっていった。
「どうしました? そんな事ではお父様も認めてはくれませんよ?」
カミュの言葉にラムザは激高し剣を振り回す。
カミュは大振りのそれを、剣を振ることなく全て躱した。
「何故当たらない!!」
「何故当たると思うのですか?」
カミュの言葉にラムザは更に怒りを爆発させた。
上段からの大振りをカミュは剣で滑らせる。
ラムザの剣は勢いのまま大地に突き刺さった。
「どうしたのですか? 剣を構えなさい」
無表情にそう言ったカミュのことがラムザは少し恐ろしくなった。
今までラムザの相手をして来た者はある程度、剣を交わすと自ら降参を申し出たり、ラムザの剣を受けて負けを認めた。
だがこの女はそのどちらでも無い。だからといって攻撃してくる訳でも無い。
一体なんなのだ。訳の分からぬままラムザは引き抜いた剣を振り続けた。
攻撃は全ていなされ、かすりもしない。
ラムザはもう止めたいと思ったが、彼のプライドがそれを許さなかった。
剣を振り続ける内、自分は何故こんなことをしているのか分からなくなった。
手がしびれ、剣を取り落としたラムザにカミュは言う。
「早く立ちなさい。貴方は私に一太刀も与えてはいません」
「もういい! 試合は終わりだ! 下がれ!!」
「何を言っているのですか? 早く剣を拾いなさい」
取巻きが剣を抜き、ラムザの周りに駆け付けようとした。
カミュはラムザの横を駆け抜け、五人いた取り巻きを一瞬で気絶させた。
ラムザに歩み寄り彼の手に剣を握らせる。
「試合はまだ終わっていません」
ラムザは恐怖に慄いた。
この女はどうかしている。
「私は戦わんぞ!!」
「これは貴方の望んだ戦いです。戦争では降伏しても、相手が攻撃を止めるとは限りません。さあ立つのです」
ラムザは痺れた手で剣を握りフラフラと立ち上がった。
斬撃は勢いを失い、息も絶え絶えに攻撃を放つ。
そんな攻撃がカミュに当たる筈もないが、カミュはラムザに剣を振る事を止めさせなかった。
朦朧とする意識の中で、ラムザは自分が今まで戦ってきた相手の事を思い出した。
そして唐突に、地位や権力など、何の意味も持たない相手がいるのだと思い至った。
この女はたとえ相手が国王だろうと、変わらない対応をするだろう。
戦いを望んだ者には戦いで、融和を望んだ者には融和を返す。
まるで鏡のようだ。
振るった剣を取り落とし、そのまま膝をついて荒く肩で呼吸しながらラムザは呟いた。
「私の……負けだ……」
ラムザの中にはもう自身の地位を使って、カミュをどうにかしようという気持ちさえ残っていなかった。
どんなに地位が高くても、決して膝をつかない人間もいる。
その事が分かった気がした。
「勝者、カミュ!」
ジェイクがそう宣言しても、観戦していた騎士たちは一言も発しなかった。
「ラムザ、大丈夫か?」
「ああ……戦ってはいけない相手もいると初めて知った」
「そうか……それが分かっただけでも戦った意味はある。負ける事も悪いことばかりじゃないさ」
「ジェイク……いや隊長……」
カミュはラムザに歩み寄り手を差し出した。
「溜まっていた物は、吐き出せましたか?」
ラムザはその手を取って、立ち上がりながらカミュに尋ねた。
「ああ、負けたのに何故かスッキリした気がする……私もお前の様に強くなれるだろうか?」
「貴方が剣士として強くなる必要はありません。周りの声に耳を傾け、部下では無く信頼できる仲間を増やすんです。それが貴方の強さになる」
「……仲間か。カミュ殿、戦ってくれた事を感謝する」
ラムザは胸に拳を当て、騎士団の敬礼をカミュにした。
「いえ、ご満足いただけたようで光栄です」
カミュがそう返すと、ラムザは少し笑って、気を失った取り巻きの方に歩いて行った。
ジェイクがカミュに話しかける。
「一体何が起こったんだ? どうしてあんなに素直になる?」
「昔、私もジョシュアに同じ事をされました。ある程度、剣を使えるようになって、調子に乗っていたのを見抜かれたんでしょうね。コテンパンにされました」
そう言ってカミュは笑った。
「負けた事で、世界は広く自分より強い人は幾らでもいるし、剣が巧みに使える事など、人が生きていく上で重要な事では無いと感じました」
「そうか……何にしても、私からも感謝を。悩みの種が一つ無くなりそうだ」
「そうですか。それは良かった」
二人は笑みを交わし合った。
そんな風に話していると、観戦していた騎士の中からカミュと試合を望む声が上がった。
カミュは希望者と試合をして気付いた点をアドバイスした。
夕方、訓練所を後にするカミュを騎士たちが敬礼して見送ってくれた。
「先生! また指導に来て下さい!」
騎士達はいつの間にかカミュの事を先生と呼んでいた。
騎士達は殆どがカミュより年上だったので、彼女はむず痒い物を感じたが、止めてくれと言っても一向に呼び方は変えてくれなかった。
訓練所の外で伸びをしながら、騎士達を指導していたというジョシュアもこんな感じだったのかなとカミュは思った。
「カミュじゃないか? ジェイクに話を聞きに来たのか?」
「グラントさん。はい……それで謝らないといけない事が……」
「何だ?」
「話は聞けたんですけど、グラントさんから聞いた事を伝えると、お酒をおごらせるって……」
「何だと!? ……今日は帰った方がいいな」
グラントは急にそわそわし始めた。
「どうしたんですか? お酒の一杯ぐらいなら私が出しますよ?」
「カミュ、あいつは良い奴だが、大酒飲みなんだ。一緒に飲むと楽しいが払いを回されるのは願い下げだ」
グラントとカミュが話していると、鎧を脱いだジェイクが訓練所から姿を見せた。
「グラント、良い所で会うじゃないか? 一杯付き合えよ。まさか嫌とは言わないよな」
「……ジェイク。一杯だけだぞ」
「分かってるよ。樽一杯で勘弁してやる」
「なっ!?」
「ではな。カミュ。また寄ってくれ。グラント行くぞ!」
ジェイクはグラントの首に手を回し、引きずるようにしてその場を後にした。
「ジェイクさん、真面目そうなのに……人って色々ね」
カミュの呟きは夕暮れの街に消えた。




