ジェイクと黒鋼騎士団
城を出たカミュはその足で騎士団の訓練所へ向かった。
昔ミダスに住んでいた頃も街の北側に来ることは殆ど無かった為、カミュもあまりよく知らない。
道行く人に訓練所の場所を尋ね教えられた道を辿る。
暫く歩くとワイバーンのアジトに似た、砦の様な建物が姿を見せた。
おそらくアジトと同様に街が拡張したことで取り込まれたのだろう。
門の前に立つ騎士に名を告げ、ジェイクに取次ぎを頼んだ。
騎士はカミュの名を聞くと興味深そうにカミュを観察し、少し待つように告げ建物の中に姿を消した。
待っていると門の前に残った若い騎士がカミュに声を掛けた。
「あんたが子爵様のお気に入りのカミュか。ジェイクさんが凄い剣士だって話してたぜ。後で手合わせしてもらっていいかい?」
「いいですよ。所でジェイクさんはなんて言っていたんですか?」
「腕は剣聖並みだって言ってたな」
「剣聖並み……それは言い過ぎです」
カミュが訂正すると、その騎士は笑みを浮かべた。
「だろうな。剣聖といやぁ、この国じゃ殆ど伝説の人だ。何しろ立ち合いで一回しか負けた事が無いっていうんだから」
「貴方は剣聖を知っているんですか?」
「いや、俺は会った事は無い。俺が騎士団に入る頃にはもう引退して姿を消してたからな。まあ、あの人は剣についちゃあ、絶対嘘は言わないからな。……あんた、腕はいいんだろうけど、中にはジェイクさんの事を嫌っている奴もいるから、絡まれないように気をつけな」
「はい、ありがとうございます」
騎士と話していると、汗を拭きながらジェイクが姿を見せた。
どうやら訓練中だったようだ。
「カミュ、よく来てくれた。それで今日は何のようだ?」
「ジェイクさん、訓練中にすみません。少し聞きたい事があって……」
「そうか。では中で話そう。ついて来てくれ」
カミュはジェイクの後に続いて砦の門をくぐった。
砦の中はワイバーンのアジトに似ていたが、きちんと整備され施設の規模もこちらの方が随分と大きい。
中庭では鎧を着た騎士たちが模擬戦をしたり、基礎訓練などを行っていた。
ジェイクは宿舎の一室にカミュを案内した。
案内された部屋は石造りの武骨な作りだったが、ソファーやテーブルが置かれているのを見ると応接室なのだろう。
勧められた椅子に腰かけると向かいにジェイクも座った。
「それで何が聞きたい?」
「はい、グラントさんから、貴方は黒鋼騎士団と戦った事があると伺いました。その時の事を詳しく教えて欲しいんです」
「あいつ、人の恥を吹聴しやがって……今度会った時は一杯おごらせんとな……」
ジェイクは指をボキボキと鳴らしながらそう漏らした。
「すみません。グラントさんにも、話したくはないだろうとは言われたんですが……」
「ああ、すまんすまん。別に話すのは構わない。グラントにおごらせるネタも出来るしな。だが何故、黒鋼騎士団の事を知りたいんだ?」
カミュは少し考え、思い切って口を開いた。
「ここだけの話にしていただきたいのですが……同じジョシュアの弟子の貴方には全てお話します」
カミュの真剣な表情に、ジェイクは居住まいを正した。
「ジョシュアが亡くなった事はご存知ですか?」
「ああ、噂で聞いた。帝国の将軍に一騎打ちで負けたというのだろう。帝国の流したデマだと思っていたが……」
「本当です。ただ一騎打ちで負けたのでは無く、私を助ける為に無抵抗で殺されたのです」
ジェイクはカミュの言葉で少し顔をゆがめた。
「殺したのは黒鋼騎士団の団長、ジャハド。あの男は自分がジョシュアに敵わないと知るや、部下に私を射殺すように命じたのです。ジョシュアは左足を痛めていたので、それに対処する事が出来ず、自分の命を差し出す事で私を救いました」
「そうか……カミュ、ジャハドを討つつもりか?」
ジェイクの問いにカミュは頷いた。
「戦って倒したいとは思っています。でも殺すつもりはあまり無いのです」
「どういう事だ? 仇を討ちたいのでは無いのか?」
「ジョシュアは私に剣を教える時、奪う為では無く、守るために使えと言いました。殺してしまってはジョシュアの教えに背くような気がするんです」
ジェイクはカミュの言葉に腕を組んでしばし黙った。
「カミュ。貴公のしようとしている事は、普通に戦って勝つよりも遥かに困難な道だ。まして相手は黒鋼騎士団。一筋縄ではいくまい。それでもやるのか?」
「はい。そのつもりです」
ジェイクはカミュの瞳が、真っすぐに自分を見ているのを確認した。
「分かった……黒鋼騎士団についてだったな。あれは私が前線に派遣されていた時の事だ」
■◇■◇■◇■
その日、ジェイク達、五番隊は偵察も兼ねて砦を出て、馬で周辺の村落を回っていた。
戦況は一進一退で、帝国軍を押し返す事は出来なかったが、砦周辺の村落は王国の支配地域として住民も暮らしていた。
いくつかの村を回り、ジェイクたちがその村に着いた時には、そこはもう村では無かった。
家は燃やされ住民は虐殺されていた。
焼け残った家には略奪された跡が残っていた。
ジェイク自身、何度か帝国が戦略目的で村や町を焼く光景は目にした事はあるが、ここまで徹底的に破壊された物を見るのは初めてだった。
村を回っていると、部下の一人がジェイクに馬を寄せ報告してきた。
「隊長、賊とみられる者を発見しました。村はずれの家を物色しているようです」
「何人だ?」
「馬の数からおそらく五名……どうしますか?」
「捕縛する。こんな無法を許せるものか。中央に送って後悔させてやる。抵抗するなら我々で引導を渡す」
「了解です」
ジェイクは率いていた二十名と共に村はずれの家に向かった。
部下の報告通り馬の数は五頭。賊はまだ家の中にいるようだ。
「中にいるのは分かっている!! 大人しく出てこい!!」
ジェイクがそう声を張り上げると、家の中から黒い甲冑をきた男たちが姿を見せた。
「王国軍か。面倒な事になったな」
「隊長がもう少し漁ろうなんて言うからですよ」
「お前達も嬉々として賛成しただろうが」
暢気に話をしている男たちにジェイクが声を荒げた。
「貴様ら、いかに戦争とはこんな非道が許されると思うのか!?」
「真面目な奴だ……いいか、俺達は殺し合いをやってんだ。負けた方は何をされても文句は言えん。違うか?」
「……そうだな。ではお前たちも我らに負ければ何も言えんな」
「やる気か? このまま立ち去れば、見逃してやってもいいぞ?」
男の言葉にジェイクは剣を抜き、男めがけて馬を走らせた。
男が反応する前にジェイクの剣は男の兜を打ち据えそのまま横を駆け抜ける。
確かな手ごたえを感じ振り返ると、男は平然と立っていた。
男の部下たちが男を指差し笑っている。
「隊長、いいの貰いましたね。大丈夫ですか?」
「クソッ、笑うな。少しクラっとしただけだ」
「でどうします。こいつら殺しますか?」
「全員馬だ。いちいち追いかけるのは面倒だ。向かって来る奴だけ殺せ。俺はあいつとやる」
「了解」
男たちは馬に騎乗しジェイク達と向き合った。
「腕はいい様だが、お前らでは俺達を殺す事は出来ん。面倒だから見逃してやる。さっさと逃げろ」
「ふざけるな!!」
「これだから、真面目な奴は嫌いなんだ。分かった相手をしてやる。かかってこい」
男はそう言うと腰から剣を抜いた。
その剣も鎧と同じく透明感のある黒い色をしていた。
「気をつけろ!! あの鎧、剣を弾くぞ!!」
部下にそう言って、ジェイクは男に向かって馬を走らせた。
すれ違いながら振るった剣を男は籠手で防いだ。
甲高い音が響き渡る。ジェイクが手にした剣を見ると、刃が欠け刀身にひびが入っていた。
「なんだ、あの鎧は!?」
部下たちを見ると、ジェイクと同じように武器が効かず、攻めあぐねていた。
逆に黒い鎧を来た男たちは特に防御する様子も無く、近くにいる部下を槍で突き殺していた。
このままでは全滅だ。
「おのれ……一旦退却だ!!」
ジェイクは部下たちにそう叫び、男に向き直った。
「お前たちは何者だ?」
「俺達は帝国黒鋼騎士団。見逃してやるから、俺達の強さを喧伝してくれ」
男はそう言うとジェイクに向かって追い払う様に手を振った。
ジェイクはその仕草に頭に血が上りかけたが、部下を放って置く訳にもいかず唇を噛んで馬首を巡らせた。
「私はミリディア子爵領、第一騎士団五番隊隊長のジェイク・ベネーヴォリだ。貴公の名は?」
「俺は黒鋼騎士団、十番隊隊長、カーン・レザイキンだ」
「カーンだな。次に会った時は必ず勝つ」
「そうかい。まあ頑張ってくれ」
カーンはすでにジェイクに興味を失くしたとばかりに、馬を家に向かわせ、下りて家の中に消えた。
一瞬の戦闘でこちらは十名を殺されていた。
助かった者も、深い傷を負っている。
相手の使っていた武器はこちらの装甲などお構いなしに切り裂いた。
装備が違い過ぎる。そう思いながらジェイクは砦に馬を走らせた。
■◇■◇■◇■
「あの時、カーンが剣を振るっていたら、俺はこの世に居なかっただろう」
「二十人の騎士がたった五人に……」
「奴らは本気じゃなかったと思う。私達を追い払ってさっさと家を漁りたかったのだろう」
そう言ったジェイクの握りしめられた拳は、怒りの為か小刻みに震えていた。
「私と戦った時、剣の事で激高したのもそれが原因ですか?」
「すまんな。腕では無く、また武具の力で敗れるのかとあの時は思ってしまった。結局、腕もカミュの足元にも及ばなかったがな」
ジェイクは苦笑を浮かべた。
「ジェイクさんの腕は決して悪くないです。ジョシュアでさえ、ジャハドの鎧に傷をつけるのが精一杯でした」
「剣聖殿でもあの鎧は破れなかったのか……カミュ、立ち合いの時使った剣は奴らと戦うためのものか?」
「そうです」
「……私もその剣を手に入れたい。どうやって手に入れたのか教えてもらえないだろうか?」
「カーンと戦うつもりですか?」
カミュの問いにジェイクは深く頷いた。
「私が敵の力を見誤ったために、十名の部下が死んだ。あいつ等の鎧を切る事が出来る武器があれば、救う事が出来たかも知れない。頼む、教えてくれないか」
ジェイクはカミュに頭を下げた。
「……立ち合いの時にも言いましたが、この剣は切れすぎます。力に溺れないと約束してもらえますか?」
「黒鋼騎士団以外には使わんと約束する」
「……分かりました。三番街のカイザス工房という店を訪ねてみて下さい。私の名前を出せば話を聞いてくれる筈です」
「ありがとう。教えを乞うた剣聖殿に恥じない使い方をしてみせる」
そう言うとジェイクは笑みを見せた。
二人が話していると、応接室のドアが乱暴に開かれた。
立派な鎧を着た長い金髪の美男子が、取り巻きを引き連れて部屋に入ってくる。
「貴様が子爵に取り入っているという傭兵の女か?」
「無礼だぞラムザ!」
「黙れ。唯の騎士が私に指図するな」
子爵領の人間でここまで横暴な人物は見た事が無かったので、カミュは驚いた。
「いくら伯爵の子息とはいえ、騎士団の序列は守ってもらう。ここではお前はただの騎士見習いだ」
「なにが騎士見習いだ。父上が無理矢理、私をミダスに送り込んだのだ。なりたくてなった訳ではない」
どうやらこのラムザという青年は伯爵の息子のようだ。
「ジェイクさん、この人は?」
「彼はリトホルム伯爵の四男だ。伯爵様は彼の特権意識をどうにかしたくて、子爵様に頼み彼を騎士団に編入させたんだ」
「伯爵様の所にも騎士団はあるでしょう?」
「それはそうだが、領主様の息子が部下になったらやりにくいだろう?」
「確かに」
二人が話しているとラムザが声を荒げた。
「何をコソコソ話している! それよりそこの女! 私と試合をしてもらおう!」
「どうしてですか?」
「聞けばお前は、ジェイクが認める程の腕前だというではないか。そのお前に勝てば父上もお考えを改められるはずだ」
それを聞いてジェイクが口を開いた。
「ラムザ。お前の腕ではカミュに勝つことなど絶対に出来んぞ」
「フンッ! 平民が貴族の私を倒せばどうなると思う?」
「腕では無く、地位で勝利を得るつもりか? そんな事をして何になる」
「やかましい! 私は伯爵領に帰るのだ! いつまでも騎士の真似事等出来るか!」
ラムザの話を聞いていると、伯爵が彼を子爵領の騎士団に入れた理由もなんとなく分かってきた。
こんな態度では表向きは従う振りをしても、心から彼に仕えようとする者は出来ないだろう。
「分かりました。試合をしましょう」
「それでいい」
「本気かカミュ?」
「ええ、軽く相手をしてあげます」
カミュはそう言って不敵な笑みを見せた。




