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剣の娘  作者: 田中
第七章 くノ一と熊退治
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月夜

 カミュと雪丸は罠を買った翌日、馬車に乗りローグ村へ向かっていた。

 ローグ村はミダスの北東、乗り合い馬車で半日ほどの距離にあった。


 道中、特に問題も無く、二人は昼過ぎにはローグ村の入り口に立っていた。

 ローグ村は北と東に山、東には放牧に適した丘があり、南は麦畑が広がっていた。

 カミュはコリーデ村の景色を思い出し、自然と笑みを浮かべていた。


「カミュ殿、楽しそうでござるな」

「ちょっとコリーデ村に似てるなって思ったのよ」

「確かに……あの村は村人も親切でよい村でござった。国に帰る際には、一度、挨拶に行かねば」


 カミュはローグ村には雪丸(ゆきまる)の知り合いがいる事を思い出し、彼女の事を聞いてみる事にした。


「そういえば雪丸さんの妹がいるのよね? どんな人なの?」

「以前お話したと思うでござるが、月夜(つくよ)は妻の小夜の妹で忍びでござる。忍びの役目は情報収集や暗殺、計略の実行等、様々でござるが、月夜は殿の奥方様の護衛を主にやっていたでござる」


「この前会った、諜報部隊の人たちみたいなカンジかしら?」

「まさしく。表立って称賛される事は無いでござるが、彼らのおかげで助かった事は、数えればきりが無いでござる」

「でもそんな人がなんでこんな遠くまで来たのかしら?」

「拙者も会って、早く理由を聞きたいでござる」


 二人は話しを切り上げ、村人に依頼を出した村長の家を聞いてそちらに向かった。

 村長の家は村の中では他の家より一回り大きくすぐに分かった。

 周りが柵に囲われ、その中には鶏が放し飼いにされている。


 二人が庭の柵を横目に家の玄関側に回ろうとした時、丁度玄関から猟師らしき男たち数名と黒髪の女性が出てきた。

 女性は髪をポニーテールにしており、その髪は光を受けて艶々と光っていた。

 服は見慣れない黒い上下を身につけ足元は藁で出来た履物を履いている。


 女性はこちらに気付くと信じられない速度で駆けよって来た。

 雪丸の踏み込みよりも早いかもしれない。

 彼女は雪丸の前で止まり、彼を見て顔を紅潮させている。


「探しましたぞ! 義兄上!」

「月夜、久しいな。元気であったか?」

「元気であったか、では御座いませぬ! 一体、五年も何をなさっていたのですか!?」


 雪丸は頭を掻きながら答えた。


「路銀が足らんでな。陸路でミダスまで旅をしてきたのだ。して月夜は何ゆえここに? 国元で何かあったのか?」

「国は大事ございませぬ」

「では一体……もしや九条家になんぞよからぬ事が!?」

「九条の家にも変わりはございませぬ。弟の時高殿が立派に代理を勤めていらっしゃいます」


「ならば何故お主がここまで来たのだ?」

「姉上が……姉上が泣いていらしたのです。義兄上の名を呼んで……」

「小夜が!?」


「普段は明るく気丈に振舞っておりますが、誰もいない所では声を殺して泣いているのでございます。義兄上、どうか国にお帰り下さい」


 雪丸は月夜の願いに、申し訳なさそうに答えた。


「拙者も帰りたいのだが、先立つものが無くてな。それにこちらのカミュ殿の事もあるしのう……」

「……義兄上。先ほどから気にはなっていたのですが、その女子は何者ですか?」


 カミュは月夜の声音に不穏なものを感じたが、雪丸はそれに気づくことなく答えた。


「カミュ殿は恩人でな、一時は飯や宿の面倒まで見てくれたのだ」

「……姉上を放っておいて、ご自分は女子と楽しく暮らしていたのですか?」

「いや、放っておいたつもりは無いのだが……」


 雪丸が言い終える前に、月夜は腰の後ろに挿していた短刀を抜き放ち雪丸に切りかかった。

 雪丸は半ば抜いた刀でそれを防いだ。


「月夜! 何を勘違いしておる! 拙者とカミュ殿は…」

「問答無用! 姉上には九条雪丸は異国で死んだと伝えまする!」


 突然始まった立ち合いをカミュと猟師たちは茫然と眺めた。

 スピードは月夜が圧倒しているが、雪丸は月夜の斬撃を的確に弾いている。


「腕を上げたな月夜!」

「当然でございます! 義兄上が女子と遊んでいる間も、私はずっと鍛錬を積んでおりました!」


 会話しながら後ろに飛び、月夜は懐から取り出したナイフを雪丸に放った。

 雪丸は飛来したナイフを刀で弾く。

 カミュは弾かれて地面に落ちたそれを拾い上げ観察した。


 柄は無く持ち手には布が巻かれ、端は丸く穴が開いている。

 変わったナイフだ。


 カミュがナイフを見ている間も二人の戦いは続いていた。

 月夜は攻撃がことごとく防がれる事に業を煮やしたのか、懐に手を入れ黒い玉を雪丸の足元に投げつけた。

 足元で弾けたそれは周囲に煙を発生させた。


 煙幕か、そう言えばフクロウも使っていたな。

 カミュは暢気にそんな事を考えていた。


 彼女が危機感を感じていないのは、雪丸が月夜の動きを完全に見切っているからだ。

 立ち合いの中で雪丸は月夜を斬る機会が何度もあった。

 それをしないのは、彼女が疲れるのを待っているのだろう。


 煙幕の中を月夜が走り、雪丸の背後を取った。

 振るわれた刃は彼の首筋を狙って放たれたが、雪丸は振り返りもせずそれを背に回した刀で防いだ。


「視界を奪った後、背後に回り首を絶つ。月夜、選択肢を増やさねば見切られると教えたであろう」

「くっ。浮気者に説教される謂れは御座いませぬ」


 月夜は後ろに飛んで間合いを取り、右手に逆手で持った短刀を構えた。

 雪丸は月夜に向き直り、刀を正眼に構えた。


 風が煙を流してゆく。

 猟師たちはよく分からないが、雪丸が悪いんだろうと見知った月夜を応援した。


 カミュは二人の体に流れる信号を見た。

 月夜は攻撃の疲れか、乱れが見えた。一方、雪丸はカミュと対峙した時と同様とても静かだった。


 二人が動きを止め対峙していると、応援の声を上げていた猟師たちもその緊張感を感じたのか口を閉ざした。

 猟師たちが固唾を飲んで見守る中、庭に放し飼いにされていた鶏がコケッと小さく鳴いた。


 その声が引き金となったのか、雪丸が凄まじい速さで踏み込み突きを放った。

 放たれた突きは月夜の短刀を弾き飛ばし、彼女の喉元でピタリと制止した。


「……私の負けです。義兄上はそちらの女子と、末永くお幸せにお暮しなさいませ」

「思い込みが激しい所は相変わらずじゃのう。この方とはそなたが考えているような関係ではない。拙者が探していた方のお弟子様じゃ」


「弟子……?」

「そうじゃ、その方はすでに亡くなっておった。拙者が落ち込んでいるのを見て、試合をして下さったのじゃ」

「では、浮気では無いと……」

「拙者は小夜以外の女子に興味はない」


 月夜は後ろに飛んで、そのまま膝を折り地面座って、手をつき地面に頭をこすりつけた。


「申し訳ございませぬ。何という間違いを……この上は私の命を持って詫びたいと思いまする!」


 月夜はそう叫ぶと、懐から取り出したナイフで首を突こうとした。

 カミュは手に持っていたナイフを咄嗟に投げ、月夜のナイフを弾き飛ばした。


「雪丸さん、思い切りが良すぎるわよ、この娘」

「カミュ殿、助かったでござる……昔から直せと言っているのでござるが、生来のものか一向に直る気配がござらん」


 ナイフを弾かれた月夜は、両手を見下ろし茫然としている。

 雪丸は刀を治め、月夜の前に膝をついて、その肩に手を置いた。


「月夜、詫びると申すなら、拙者達の仕事を手伝って欲しい」

「仕事……で御座いますか?」

「そうじゃ。お主も熊退治をしておるのだろう。拙者達の仕事もそれじゃ」


「……義兄上も、あの化け物退治を引き受けたのですか?」

「うむ、まずは村長殿に挨拶してくる。後で話を聞かせてくれ」

「承知いたしました。ではここでお待ちしております」


 再度、手をつき頭を下げた。


「もうよい。しばし猟師殿達と待っておってくれ。彼らにも話しを聞きたい。カミュ殿お待たせしたでござる」

「もういいの?」

「まずは村長殿に会って、庭先を騒がした事を詫びるでござる」

「分かったわ」


 雪丸は月夜を立たせ、カミュと二人、村長の家に足を向けた。

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