熊を育てた男
ステラに戻ると宿には、食材を煮込んだいい香りが漂っていた。
カミュ達の姿を認めたカイルが声をかけて来る。
「おう、お帰り」
「ただいま、カイル。いい匂いね?」
「そうだろう。んで飯はどうする?」
「勿論頂くわ」
「分かった。座って待ってな。すぐ用意する」
二人は食堂のテーブルに座り、カウンターの中でカイルが調理しているのを見ながら、料理が運ばれて来るのを待った。
食堂は昼時という事もあり混雑していた。
給仕のルシアが独楽鼠の様にテーブルの間を料理を持って行き来している。
空いた席に座り周囲を見渡すと、客はスープに麺が入れられた物を食べているようだ。
パスタをスープに入れたのか。
珍しい物とカイルは言っていたが、村でもトマト煮込みにパスタを入れて食べる事はよくあった。
それ程珍しい物ではないと思うが……。
暫く待つと、ルシアでは無く、カイル自身が料理を持って来た。
「待たせたな。食って感想を聞かせてくれ」
テーブルには、スープの入った陶器のボウルに麺が入れられ上には、ほうれん草や煮豚、茹で卵にネギ等が乗せられていた。
「お好みで胡椒を振ってくれ」
「分かったわ。いただきます」
カイルは胡椒の入った小瓶をテーブルに置き、テーブルを離れた。
カミュはフォークで麺を絡めとり、口に運んだ。
パスタを想像していたが、独特のシコシコとした食感が楽しい。
スープもコクのある味で、麺とよく合っていた。
また、具材の肉や茹で卵にも、味付けされており、味が単調にならない様工夫されている。
「これは、明国の料理でござるな。しかし、拙者が食べた物とは味が違う」
雪丸はそう言って、持ち歩いている木の棒を使って巧みに麺を啜った。
雪丸は食事の時は、いつもこの木の棒を使っている。
箸という東洋ではポピュラーな道具らしい。
「上手に食べるわね」
「倭国には、蕎麦やうどんという麺料理があるでござる。それは豪快に啜って食べるのが、美味い食い方とされているでござる」
カミュは雪丸を真似してフォークで麺をひっかけ啜ろうとしたが、上手く出来ずむせてしまった。
「ごほっ、どうやってるの? 上手く食べれないわ」
「どうやってと言われても、無意識にやっておるので上手く説明出来ないでござる」
カミュが麺に悪戦苦闘していると、雪丸が口を開いた。
「豪快に啜ると言ったでござるが、小夜等は猫舌で熱いのが苦手だからと少しずつ冷まして口に運んでおった。カミュ殿も食べやすいやり方で食べた方が食事は楽しいでござる」
「そう? じゃあ、そうするわ」
カミュは大半の客と同じように、麺をフォークで絡めて食べる事にした。
しかし、器用に箸を使い、麺を美味しそうに口に運んでいる雪丸を見ていると、自分も同じように食べてみたいと少し思った。
麺も具材も完食しスープも残らず飲み干すと、なんとも言えない満足感をカミュは感じた。
二人が食べ終わったのを見てカイルがテーブルに近づいた。
「ふう、ご馳走様でした。食感が独特でとても美味しかったわ」
「そりゃ良かった」
「カイル殿、美味かったでござる」
「おう、ありがとよ」
「拙者が明国で食べた物と味が違ったでござるが、あれは何を使っているのでござる?」
「お前さんの国のショーユだよ。勿論ショーユだけじゃないけどな」
「なるほど、口に合う訳でござる」
カミュは、お腹もくちくなった所で、罠を売っている店についてカイルに尋ねてみた。
「ねぇ、カイル。ミダスで熊用の罠を扱っている店を知らない?」
「罠?」
「ええ、今度、仕事で熊を退治する事になったんだけど、足止めに使う罠が欲しいのよ」
「罠ねぇ。俺はちょっと思い浮かばなねぇが、ビルならなんか持ってるかも知れん。行ってみたらどうだ?」
ビルは以前、オニキスとコリーデ村に向かう際に世話になった、馬具や旅の品を扱っている店、幌馬車の主人だったはずだ。
確かにあの店なら、野宿の際の害獣避けとして罠の類も扱っているかもしれない。
「分かったわ。ありがとう」
「おう、じゃあな」
カイルは食べ終わった食器を持って、厨房に去って行った。
その後二人は一息ついた後、ステラを出て幌馬車に向かった。
道中、雪丸がビルについてカミュに尋ねた。
「先ほど話していたビルという御仁は、何者でござる?」
「幌馬車っていう、馬や旅に関する品物を扱っている店の人よ」
「カイル殿が勧めるのなら、いい店なのでござろうな」
「確かに品物はいいんだけど、ビルはかなり偏屈よ。へんな事言うと追い出されちゃうかも」
「……拙者は口を噤んでいるでござる」
幌馬車は相変わらずのようだった。
カミュは店内に入ると、奥で本を読んでいたビルに話しかけた。
「ビル、ご無沙汰」
「たしか、カミュだったな。今日は何が必要だ?」
相変わらず不愛想だが、カイルの話ではこれでも気に入られているのだろう。
「仕事で熊を退治する事になったんだけど、害獣用の罠とかはある?」
「熊か……文字通りベアトラップってのがある。熊のデカさは分かるか?」
「聞いた話だと、四メートル近いって言ってたわ」
ビルはパイプを咥えたまま、僅かに表情を動かした。
カミュはこの男が感情を表に出すのを初めて見た。
「デカいな。この辺にいる奴は大体二メートル、大きくても三メートルぐらいがせいぜいだ。待ってろ。大物用の特注品がある」
そう言うとビルはパイプを置き、店の奥に姿を消した。
暫くして、鉄で出来た仕掛けを抱えてビルが姿を見せた。
「付いて来な。使い方を教えてやる」
ビルはそう言うと、カミュ達を置いてさっさと店の外に出た。
慌てて二人もビルに続く。
「こいつが、ベアトラップだ。この歯の部分を開いて、地面に設置する」
ビルが、罠を地面に置いて、噛み合わせの根元部分にハンドルを差し込み回した。
徐々に歯が開いていき、開き切るとカチッと音がしてロックがかかった。
「この状態で、熊の通り道なんかに置くんだ。それで…」
ビルは店先に置いてあった焚火用の薪で、罠の中央部分を押した。
ロックが外れバンッという音がして、薪が鉄の歯に挟まれた。
歯は薪の中程まで食い込んでいる。
「罠を仕掛ける時は注意しろ。間違って自分が踏んだりしたら、脛から下が無くなるぜ」
「……気をつけるわ」
「こいつは特注で一つしか在庫がねぇ。上手く追い込むんだな。それと使う時は錆止めの油を落としてから、土で汚してなるべく鉄の匂いを消せ」
そう言うとビルは挟まれていた薪を外し、罠をカミュに差し出した。
「三万だ」
「分かったわ」
カミュが小金貨を三枚、ビルに渡すと彼は罠をカミュに手渡し、少し待てと言って店内に消えた。
店先で待っていると、太い鎖を持って出てきた。
「サービスだ、持ってけ。罠を木に固定すれば、いくらか足止めにはなるだろう」
「ありがとう」
「じゃあな。また来い」
「ええ、それじゃあね」
ビルは振り返りもせずに店の中に戻って行った。
二人は店を後にして、ステラに戻る事にした。
「愛想のない御仁でござるな。拙者を一度も見なかったでござる」
「そうね。でも、時間を浪費せずに、必要な情報と罠は手に入ったわ」
「確かに拙者たちに必要な物は最短で手に入ったでござる……もしかして凄い御仁なのでござるか?」
「さあ? でもカイルが言うには、ベテラン商人御用達の店らしいわ」
「ふむ、国でも腕のいい職人には、頑固で無口な者もいたでござるが……」
そんな事を話しながら、カミュ達はステラへの道を歩いた。
■◇■◇■◇■
その男はミダスの北東、ローグ村の近郊の山の中にいた。
連れてきた十名の部下は山のあちこちに散り捜索を行っている。
ここは王国の支配地域だ。さっさと奴を見つけて帰還しないと厄介な事になる。
男の気持ちとは裏腹にもうすでに半日は、この山の中で痕跡を探してさまよっているが、部下からの報告は無く、男自身、何も見つける事が出来ずにいた。
「クソッ、なんで俺が王国の山の中をうろつかなきゃいけないんだ」
そもそも上の連中が馬鹿な事を言い出すのが悪い。
男がそう思うのも無理は無かった。
彼は元は帝国の軍用犬を調教するのが仕事だった。
だが王国の抵抗が激しく戦線は硬直し、十年に渡り一進一退を続ける戦況が男の立場を変えた。
戦況を変える為に上層部は、次々とおかしな部隊を新設したのだ。
その一つが、帝国の北部に生息する灰色熊を調教し、装甲を付けて敵軍を蹂躙する事を目的とした、獣牙隊と呼ばれる部隊だった。
男はその部隊の責任者として、熊の調教をする役に抜擢されたのだ。
男は熊の調教等したことは無かったが、上層部の決定にぼやきつつも、熊を子供の頃から育てる事で、何とか運用可能なレベルまで部隊を育てる事に成功した。
部隊は戦線でそれなりの戦果をあげ、気を良くした将軍は担当地域の元ラドバーン辺境伯領から南へ進軍しようとした。
だが、待ち構えていた王国軍の激しい抵抗を受ける。
進軍を強行したい将軍は、突破口を開くため獣牙隊を投入。
熊たちは王国兵の防御を破り、風穴を開ける事に成功したが、その中の一匹、隊でも一番巨大な個体ランガが、兵の指示を無視して逃走、そのまま行方をくらました。
進軍自体は失敗し退却する事になったが、ランガは逃走の際、多数の王国兵を屠っており、その数は百を超えた。
将軍はランガの戦闘力を惜しみ、男に回収を命じた。
放置するべきだという男の進言は聞き入れられず、その足で部下十名を連れて王国でランガを探す羽目になった。
「まったく、あの馬鹿。そんなに回収したいなら、自分でやりゃ良いだろうが」
男がぼやいていると隊員の一人が駆け寄って来た。
「隊長、ランガの痕跡を見つけました」
「案内しろ、確認する」
部下の報告を受けて山の中を移動する。
案内された先には、確かにこの辺りにはいない筈の灰色熊の巨大な足跡が残されていた。
「まだ新しいな。他の者を集めろ。ねぐらを見つけて餌で眠らせる」
「了解です」
部下の男は発煙筒を焚き、他の隊員を呼び寄せた。
三十分と経たず隊員が男の前に姿を見せた。
「よし、全員揃ったな。これから追跡を開始する。見つけても刺激するな。餌を食わせて眠らせるんだ」
「ハッ」
「行くぞ」
彼らは獣牙隊の隊員だけあって熊の行動や習性を熟知していた。
男を含めた十一人は程なく、ランガが潜んでいると思われる洞穴を見つける事に成功した。
隊員の一人が洞穴に近づき、餌を片手にランガの名を呼んだ。
暫くすると、穴からのそりと甲冑を着た熊が姿を見せた。
「餌を投げろ」
男の号令で、ランガの前に肉の塊や果物が投げられる。
しかしランガはそれに見向きもせず、こちらを見て微動だにしない。
隊員の一人が餌を片手にランガに近づいた。
「ランガ、飯だ。お前は人一倍食ってただろ」
そう言って近づいた隊員の頭をランガは前足で吹き飛ばした。
「何!?」
獣牙隊は熊が幼獣の頃から育てる事で人に対する警戒心を解き、従わせるよう訓練していた。
それは熊の警戒心だけではなく訓練する側の警戒心も緩めていた。
彼らの心のどこかには熊との仲間意識の様な物が芽生えていたのだ。
それが彼らの判断を遅らせる結果となった。
襲い掛かったランガの爪と牙で隊員たちは鎧ごと引き裂かれた。
気付いた時には、男以外立っている者はいなかった。
「ランガ……」
目の前に立ち上がった四メートルの巨体を見上げ、男は心の中で帝国の上層部と将軍を罵った。
振り上げられた腕を見つめ、将軍の顔を思い切り殴ったら、どれだけ気持ちいいだろうと男は思った。
「畜生、ホント一発殴っときゃよかったぜ……」
それが男の最後のぼやきとなった。




