鎧を着た熊
カミュは、荷物を部屋に置いた時、試作品の皮鎧を着てギルドに向かう事にした。
宣伝するなら、実物があった方がいいだろうと思ったからだ、
クリフは試作品と言っていたが着てみると、とても動きやすく細部にわたって様々な工夫がされているのが見て取れた。
鎧を着てギルドに向かう道中、雪丸に借りていたお守りを返した。
「これ、ありがとう。雪丸さん」
「うむ、確かに。鹿島の神様は、武人の守護者として信仰されているでござる。カミュ殿なら神様もさぞ守りがいがあったでござろうな」
そう言いながら、雪丸は受け取ったお守りを首から下げた。
■◇■◇■◇■
ギルドは相変わらずの様子だった。
それぞれが、自分に合った装備を試行錯誤し、様々な武器武装を身につけている。
以前は気付かなかったが、同じ装備を付けた人たちが固まっているのが目に入った。
カミュがそちらを見ていると、雪丸が説明してくれた。
「彼らは傭兵団でござる。獲物は違うが具足は同じ物で統一し、個人ではなく集団戦を得意としている者達でござるよ」
「へぇ、そんな人達もいるのね」
「戦場では数が物を言いますからな。個人の武勇には限界があるでござる」
雪丸の言葉でカミュは黒鋼騎士団の事を考えた。
ジャハドと一対一で戦うためには、人の協力が不可欠だろう。
しかし、自分の復讐に他人を巻き込んでいいのか……。
そんな事を考えていたカミュを、雪丸が呼んだ。
「カミュ殿、害獣退治はこちらの受付でござる」
カミュは気を取り直して、雪丸に案内された受付に並んだ。
この受付は、ミダス周辺の村からの依頼を取り扱っているようだ。
並んでいると、受付に座ったカリンがカミュに気付き、受付を交代してカウンターから出てきた。
「カミュさん、ご無沙汰ですね」
「カリン、久しぶり。なんだか忙しくて……」
「聞きましたよ。ハミルトン商会の手入れに参加したんでしょう?」
カリンは話が聞きたくてしょうがないようだが、銃の事はいう訳にはいかない。
彼女には話を濁して説明するしかないだろう。
「ええ、衛視隊の仕事だから詳しくは言えないけど、ハミルトン商会は裏で色々やってたみたい」
「ハミルトン商会といえば、街でも三本の指に入る大きな会社ですよ。その不正を暴くなんて、やっぱりカミュさん、普通じゃないですね」
「……普通じゃない」
カミュの声音に不穏な物を感じたのか、カリンは慌てて付け加えた。
「ああ! もちろんいい意味でですよ! 凄いってことです……ここに並んでるって事は、村からの依頼を受けるんですか?」
「……普通じゃない」
どこか遠くを見つめて呟いているカミュに変わり、雪丸がカリンに答えた。
「今回は、熊退治を引き受けようと思っているでござる」
「ああ、ローグ村の依頼ですね……二人とも気をつけて下さい。村の人は熊って言ってますけど、ただの熊じゃないみたいなんです」
「ただの熊ではない? どういう事でござる、熊は熊でござろう?」
雪丸の問いにカリンは顔を近づけ、小声で二人に囁くように言った。
「その仕事を受けた傭兵の人に聞いたんです。彼は依頼を達成できず、断念して帰って来たんですけど……」
「どうしたのでござるか?」
「その人が言うには、その熊、大きさが四メートル近くあって、しかも鎧を着てたそうなんです」
「鎧!?」
雪丸もそれまで上の空だったカミュも、カリンを見返した。
彼女の顔は真剣でとても冗談を言っているようには見えない。
「カリン。その話信用出来るの?」
「はい、依頼を受けたのは、ギルドでも実績のある人です。スティーブさんというんですが、剣の腕はロッツさんも認めています」
スティーブは、ハミルトン商会の件で一緒に仕事をした剣士だ。
デュカスの護衛を倒した手腕から、カミュも彼の実力は知っている。
「スティーブが倒せなかったの?」
「カミュさん、スティーブさんを知ってるんですか?」
「ええ、ラッシュの事でお礼を言われたわ」
カリンは、納得がいったように頷いた。
「スティーブさんは、ビリーさんのことでかなり怒ってましたからね。ラッシュさんがカミュさんにコテンパンにされて、胸のつかえも取れたでしょう」
「それで、その熊なんだけど、本当に鎧を着ていたの?」
「はい、スティーブさんはスピード重視の剣士ですから、熊の鎧に歯が立たなくて、怪我を負って仕方なく退却したそうです」
カミュは、スティーブが怪我を負ったと聞き、思わず声を上げた。
「スティーブは無事なの!?」
「はい、命に別状はありません。彼は同行していた女性が持っていた爆弾で助かったと話していました。今は宿で静養している筈ですから、依頼を受けるなら話を聞きに行ってみてはいかがですか?」
「爆弾……」
雪丸はカリンの話を聞いて、何やら考えこんでいる。
カミュはカリンからスティーブの宿の場所を聞き、後で行ってみる事にした。
カリンは、街の依頼も受けて下さいねと言い残し、受付に戻っていった。
「雪丸さん、どう思う?」
「拙者、鎧を着た熊より、爆弾を使う娘の方が気になるでござる」
「確かに気になるけど、退治するのは熊の方よ」
「うむ、それはそうなのでござるが……」
雪丸はやはり女性のほうが気になっているようだ。
そうこうしている間に、受付の列は進み、カミュたちはローグ村の熊退治の依頼を受注した。
受付でも、カリンと同様に熊が鎧を着ている事を伝えられ、準備を万全にするよう忠告された。
ギルドを出た二人は、その足でスティーブの宿に向かった。
途中、果物が売っている店があったので、見舞いの品として買う事にした。
宿は二番街の裏通りにある、三階建ての子洒落た建物だった。
一階はレストランとバーが併設されており、泊り客が食事を取っていた。
受付でスティーブの部屋を尋ねると、三階にある部屋番号を教えられた。
三階に上がりドアをノックすると、中から女性の返事が聞こえ、ドアが開けられた。
ウェーブのかかったダークブラウンの、三十前後の女性が顔をだす。
中々の美人だ。
彼女は値踏みするようにカミュ達を見て、何の御用と二人に尋ねた。
「こちらにスティーブさんが逗留されていると聞いたのですが……私はカミュ。彼は雪丸、二人とも傭兵ギルドの傭兵です。スティーブさんが怪我をされたと聞いて、お見舞いとお話を伺いたくてお邪魔しました」
カミュが女性にそう説明していると、部屋の奥から男の声で中に入ってもらうよう、女性に声が掛けられた。
女性はカミュ達をリビングに通し、ソファーに座るよう促した。
カミュはお見舞いですと、女性に果物を渡しソファーに腰を下ろした。
室内はリビングの他に、寝室と浴室、トイレ等も備えていて、かなり豪華な作りだった。
ソファーで待っていると、女性に支えられてスティーブが寝室から姿を見せた。
彼は上半身裸で胸には包帯が巻かれている。
支えられながらソファーまで来ると彼は女性に礼を言って、お茶を持ってくるよう彼女に頼み、カミュたちの向かいに座った。
「よう、こんな格好でわるいな」
「スティーブ、熊にやられたって聞いたけど体は大丈夫なの?」
「ああ、なんとかな。しかし復帰早々ついてないぜ」
スティーブは頭を掻きながらそう言った。
掻いた拍子に傷が痛んだのか、少し顔をしかめた。
「それで、今日は見舞いに来てくれたのか?」
「それもあるけど、話が聞きたくて。紹介がまだだったわね。彼は雪丸さん。彼も傭兵よ。それで二人で熊退治の依頼を受けようとしたら、貴方の話を聞いてね」
「雪丸……もしかして、あんたツクヨの知り合いか?」
スティーブの言葉に雪丸は身を乗り出した。
「月夜を知っておるのか!? あの者はどこに!?」
スティーブは雪丸を、まあまあと宥め話しを続けた。
「月夜はローグ村にいるぜ。あいつは行方不明の兄貴を探してるって言ってた。なんでも兄貴の後を追いながら、大陸を旅して来たそうだぜ。この国に来てから、それらしい奴がミリディア子爵領に行ったって聞いて、子爵領までは辿り着いたんだが、どっかの村に向かったって事以外分からなかったみたいで、村を虱潰しに探してたみたいだな」
「虱潰しって、村の数は百じゃきかないわよ」
「だよなぁ。案の定、路銀が尽きて、ローグ村の牧場で柵の中にいる鶏を膝を抱えて見てたんだと。それを気味悪く思った牧場主が声をかけて、丁度忙しい時期だったから手伝いに雇ったそうだ」
「どこかで聞いたような話ね」
カミュはチラリと雪丸を見ながら言った。
そうしていると、先ほどの女性がお茶と、カミュが持って来た果物を皿に盛ってテーブルにおいてくれた。
カミュ達は女性に礼を言い、スティーブも礼を言って彼女を寝室に下がらせた。
スティーブは二人にお茶を進め、自分もカップを口に運んだ。
お茶を飲んだ雪丸が月夜について尋ねる。
「それで、月夜はまだ村にいるのでござるか!?」
「ああ、俺は怪我で街に戻ったが、月夜は牧場主に恩を返すとか言って山狩りを続けているはずだ」
「恩を返す?」
カミュの問いかけにスティーブが答える。
「ああ、牧場の家畜も何頭かあの熊にやられてるからな。一宿一飯の恩は返すのがしきたりだそうだ」
「月夜……」
雪丸の言葉を聞きながら、カミュはここに来た目的である熊について、スティーブに尋ねた。
「それでカリンから聞いたんだけど、熊が鎧を着ていたって本当なの?」
「ああ、俺も見た時は驚いたぜ。誰があんなことしたんだか」
「貴方の剣でも倒せなかったの?」
「お前も知ってのとおり、俺はスピードでかく乱して、隙を狙って攻撃していくスタイルだ。ガチガチに固めた重戦士は苦手だが、普通の熊なら罠で足を止めて、急所突くぐらいは簡単に出来る」
カミュはスティーブの戦いを思い出して頷いた。
彼はデュカスの護衛を、鎧の隙間を的確に狙って倒していた。
熊の脇から肋骨の間を通して心臓を狙うぐらいはやってのけるだろう。
「確かに、貴方なら出来そうね」
「ああ、だがあいつは普通の熊じゃなかった。大きさもここらで見る奴よりずっと大きかった。何より鎧をきてたし、それに腕で剣を弾いたんだ」
「剣を弾いた? 振り回した腕が偶々当たったんじゃないの?」
「一回、二回なら偶然もあるだろうが、急所を狙った俺の攻撃を、装備した籠手で弾くような感じで何度も躱した。鎧を着てたことから考えるに誰かが戦闘用に訓練したんだ」
カミュは二の句が継げなかった。
熊を訓練して戦闘用に使う、一体誰がそんな馬鹿な事を……。
「何回目かで剣が折れて、この通り鎧ごと胸をやられた。吹き飛ばされて動けなくなった所を、月夜がでかい音が鳴る火が付いた筒を投げて助けてくれた」
「それからどうなったでござるか?」
月夜の名が出たので気が急いたのか、雪丸が先を促した。
「熊は音に驚いて山に逃げ込んでいったよ。俺は月夜が呼んだ、他の猟師に担がれて村に戻った。月夜はそのまま捜索を続けたんだが、熊は警戒したのか見つける事は出来なかったみたいだ」
「熊は別の場所に逃げたのでは?」
雪丸の言葉をスティーブは首を振って否定した。
「熊は獲物に執着するって聞いた。それにもうすぐ冬だ。こもる為に餌を求めてる。牧場で味を占めてるからな、また現れると思うぜ」
「他には何かある?」
カミュの言葉でスティーブは雪丸を見た。
彼を上から下まで観察し、確認するように頷いた。
「あんた、名前は九条雪丸でいいのか?」
「いかにも、拙者の名は九条雪丸でござる」
「月夜が言ってた通りの容姿だな。あの娘にぁ世話になったから、助けになれることがあれば言ってくれって声を掛けたんだ。そしたら九条雪丸って、黒髪、黒目の東洋の武器を持った男を見かけたら、教えてくれって頼まれた。あんたが持ってるの刀っていう東洋の剣だろ」
スティーブは雪丸が手にした刀を指刺し、話を続けた。
「月夜が会いたがってたから、村に行って会ってやってくれないか?」
「頼まれずとも、もとよりそのつもりでござった。して月夜は用向きについて、何か言っておりましたか?」
雪丸の問いにスティーブは首を振った。
「探してるって事以外は聞いてない」
「そうでござるか……」
雪丸は少し落胆したようだった。
月夜に会って、直接用向きを尋ねるしかなさそうだ。
カミュは熊と戦う際、何かアドバイスは無いかとスティーブに尋ねた。
「そうだなぁ。その時使ったのは落とし穴だ。体がでかくて落としきれなかったが、足止めにはなった。でも警戒してるだろうから、罠を使うなら別のにした方がいいと思うぜ。あと鎧は体の殆どの部分を守るようになってた。あれを引っぺがさないと倒すのは難しいだろう」
「分かったわ。ありがとう、スティーブ。怪我してるのに悪かったわね」
「いや、役に立てたんならよかったよ……カミュ気をつけろよ。唯の獣と思ってたら俺みたいになるぜ」
「ええ、肝に銘じておくわ……そうだ、スティーブ、貴方鎧が壊れたのよね?」
「ああ、熊の爪でズタズタだよ」
「もしよかったら、三番街のカイザス工房で新調しない? 私が今着ているのもカイザス工房の物よ」
カミュはそう言って立ち上がって、スティーブに鎧を見せた。
「ちょっと触らせてもらっていいか?」
「どうぞ」
スティーブは顔をしかめながら立ち上がり、肩当や手甲を触り、胸当ての剣を受け流すための曲線を観察した。
「着てみんと分からんが、動きやすそうで強度もよさそうだな。カイザス工房は武器が有名だが鎧にも手をだしたのか?」
「ええ、気に入ったらでいいから、使ってみてくれない?」
「分かった怪我が治ってからになるが、考えておこう」
「お願いします」
その後、二人はスティーブと女性に礼を言い、お大事にと言って部屋を後にし、一端ステラに戻る事にした。
料理も楽しみだが、カミュはカイルに罠を買える店を聞いてみようと思った。




