野望の終焉
一騎打ちの場に女が現れた事で、呆気に取られていたダグエルだったが、気を取り直しグラントに尋ねた。
「グラント殿、確認だがその女性騎士が対戦相手で間違いないのか?」
「そうだ。彼女はカミュ、この隊に剣の腕で彼女に勝る者はいない」
「貴公よりもそちらの女性の方が強いというのか?」
「俺など足元にも及ばんよ」
グラントの言葉にダグエルは考える。
隊長であるこの男がそこまで言うのなら腕は確かなのだろう。
だが、女は細身だ。おそらくスピードと技で相手を翻弄するタイプと見た。
攻撃は軽いはず、ならばマーカスが負ける要素はない。
なぜなら…
ダグエルがそこまで考えた時、野太い声が彼の名前を呼んだ。
「ダグエル、俺に何の用だ?」
呼ばれたダグエルが振り返ると、巨大な馬から降り立つ男の姿が見えた。
周りの兵士と比べて縮尺がおかしく感じる。
その男はそれほど大きかった。
分厚い甲冑は、物語に登場する鉄巨人を思わせた。
歩兵隊の部隊長、マーカスはその巨体からギガスと兵たちには呼ばれている。
マーカスは、金で軍団長の地位を買ったといわれるダグエルを軽蔑しており、彼が団長になっても媚びることはなかった。
ダグエルはマーカスの態度を忌々しく思いながら彼に命じる。
「そこの女騎士、カミュ殿と一騎打ちをしてもらいたい」
マーカスはカミュをちらりと見てダグエルに答えた。
「あ? 俺に女を痛めつけろと言っているのか? そんな恥知らずな真似が出来るか」
「カミュ殿はあちらの隊長殿も認める腕前だそうだ。それとも自信がないのか?」
「ダグエル、誰に物を言っている。訓練で許してくれって泣いてたのは誰だったか?」
「クッ! とにかくこれは命令だ! 四の五の言わずやれ!」
マーカスはめんどくさそうに、上げていた面甲を降ろした。
自身の胸まである巨大な鋼鉄製のメイスを片手で肩に担いだ。
「気は進まねえが、命令と言われちゃあ仕方ねぇな」
マーカスが歩を進めると、歩みに合わせて甲冑が重い音をたてた。
牧草地に深い足跡が刻まれる。そんな重装備にも関わらずその歩みは素早かった。
ダグエルはマーカスと入れ替わるように、馬首をめぐらし兵の下へ馬を歩かせた。
兵に隠れるようにして、銃の弾丸を鉛から木で出来たものに変える。
この弾は殺傷力は低いが、当たれば衝撃を与え、弾は砕け散り証拠は残らない。
仮にマーカスがスピードで翻弄される事があっても、これで隙を作ればいい。
カミュはオニキスを降り、男爵の兵が見つめる中、マーカスと向き合った。
馬を寄せたグラントが小声で尋ねる。
「あんな怪物が出て来るとは……大丈夫か、カミュ?」
「たぶん大丈夫です。私はあの男より強い奴を知っています」
「あれより強い……どんな化け物だそれは……」
グラントは信じられんと言うように頭をふり、カミュから離れ馬を降りた。
「特に異論がなければ俺が審判を務めるが、それでよいか?」
兵の間から進み出たダグエルがそれに答えた。
「こちらは構わん。始めてくれ」
「承知した。では双方準備は良いか?」
「いつでもいいぞ」
マーカスは、担いでいたメイスを両手で構え足を開いた。
「こっちもいつでも構いません」
カミュも剣を抜き、半身に構えた。
「では、始め!」
グラントの合図でマーカスが踏み込みメイスを振った。
横ぶりの打撃をカミュはかがんで躱す。巨漢とは思えないスピードだ。
マーカスは巧みにメイスを操り、次々と打撃を繰り出した。
その全てをカミュは紙一重で躱し続けた。
マーカスは間合いを取り、口を開いた。
「中々やるな。嬢ちゃん」
「そう? ありがとう。貴方も力だけなら大したものよ」
「ぬかせ!」
カミュはマーカスが振り下ろしたメイスを踏みつけ、彼の左肩に手を置いてその巨体を飛び越える。
倒立した体をひねりながら、甲冑に覆われた左腕に斬撃を浴びせた。
通常の攻撃など弾き返すであろうその甲冑を、カミュの剣は半ばまでたやすく切り裂いた。
「ぐぅぅ!!」
マーカスが痛みにうめき声を上げる。
彼はその力を男爵に気に入られ、鎧を与えられた。
それは分厚く、手に入れて以降、マーカスが傷を負った事はなかった。
だがその自慢の装甲は切り裂かれ、彼の左腕は深い傷を負っていた。
「まだ続ける?」
「片腕があれば十分だ」
マーカスは戦いと呼べるものを行えることに、喜びを覚えていた。
男爵の配下になってから命令とはいえ、やることは反乱の鎮圧や、野盗と化した領民の討伐ばかり、おおよそ騎士の仕事ではない。
彼の心は荒んでいった。
だが今目の前にいるこの女は、マーカスが今まで出会ったどの男より強い。
戦いだ。自分が求めていたのは強敵との戦いだったのだ。
メイスを右肩に担ぐように構え、片手で振り下ろす。
カミュは右にステップしてそれを交わし、マーカスの右腿を撫で切った。
太腿も左腕と同じく深い傷を負う。
あの剣の前に鋼の装甲など無意味だ。
マーカスはカミュから距離を取り、自分で脱げる範囲の甲冑を外した。
籠手を外し、兜や胴鎧を捨てていく。
カミュはマーカスが鎧を脱ぐ間、ただそれを見つめていた。
一方、ダグエルはどよめきを上げる兵の中で、二人の戦いを驚愕しながら見ていた。
まさかあのマーカスが、ここまで一方的にやられるとは彼は思っていなかった。
スピードが自慢の戦士なら鎧で攻撃を防ぎ、スタミナが尽きた所をメイスで叩き潰せば終わり。
実際、暴徒鎮圧でそういう戦い方をするマーカスを何度も見た。
あの鎧が切り裂かれる等、想定外だ。
ダグエルは兵に紛れて移動しながら、腰の銃に手をおいた。
鎧を外し上半身シャツ一枚となったマーカスは、再びメイスを構える。
短髪の黒髪は逆立っていた。
その姿を見て、カミュは昔、本で見た東洋の神を守護する、戦士の絵に似ていると思った。
「待たせたな」
「もういいの。傷の手当の時間ぐらい待つわよ」
「有難い申し出だが、さすがにそこまで甘える訳にもいかん。ではいくぞ!」
鎧を脱いだマーカスは、今までとは段違いのスピードでカミュに迫る。
うなりを上げるメイスをカミュは躍るように躱した。
「これでも追い付けんのか!?」
驚愕するマーカスの前で、カミュの体が突然たたらを踏んだ。
隙だらけの様子に、マーカスは反射的にメイスを振った。
当たると思われたメイスは、カミュが前のめりになりながら放った刃に切り飛ばされた。
カミュはそのまま膝をつき、荒い呼吸を吐いている。
「マーカス!! 何をしている殺せえ!!」
中程から断ち切られたメイスを片手に、茫然としていたマーカスは声の方向を見た。
ダグエルが、銃を片手に喚き声を上げている。
手にした銃からは、かすかに立ち上る煙が見えた。
カミュが突然、姿勢を崩したのはアイツの所為か。
マーカスの中に、戦いを汚した者への怒りが沸き上がった。
マーカスはメイスを投げ捨てダグエルに歩み寄る。
ダグエルは何か喚いていたが、マーカスがその頭を掴み握り潰すと静かになった。
■◇■◇■◇■
ダグエルは、兵の影からマーカスと対峙するカミュの背中に狙いをつけた。
頭を狙えば確実だが、戦いのなか動きの大きい頭を狙うのは難しい。
腰の上、一番動きの少ない場所を狙い、カミュの動きが止まった一瞬を狙って引き金を引く。
命中し動きが乱れたカミュに、マーカスのメイスが襲い掛かる。
勝った! ダグエルがそう思った瞬間、メイスが斬り飛ばされた。
ダグエルは膝をついたカミュを見下ろし、動かないマーカスに銃を隠すのも忘れ声を上げた。
「マーカス!! 何をしている殺せえ!!」
ダグエルの声に反応してマーカスがこちらを見る。
メイスを投げ捨て、こちらに歩み寄るマーカスをダグエルは罵倒した。
「何をしている!! その娘を殺せばこちらの勝ちなのだ!! さっさとしないか、この愚図!!」
マーカスの手が伸び、彼の視界は塞がれる。
「何の真似だ!? 私は軍団長だぞ!! 命令を聞」
ダグエルの意識はそこで途切れた。
■◇■◇■◇■
カミュは息を整え、立ち上がった。
突然背中に衝撃を受け、咄嗟に目の前に迫るメイスを断ち切ったまでは良かったが、踏ん張りがきかず膝をついてしまった。
何故自分が無事なのか、状況が分からない。
周りを見渡すと、マーカスがダグエルの頭を握りつぶしていた。
マーカスは絶命したダグエルを放り投げると、カミュの前に跪いて頭を下げた。
「俺の負けだ。さっさと首を落とせ」
「どういう事?」
「ダグエルが横やりを入れた。勝負はこちらの負けだ。まあ、あのまま戦っていても、俺は負けただろうがな」
カミュはマーカスを見下ろした。
この男はあのままカミュを殺す事も出来たはずだ。
「貴方は殺さない。元々銃士隊による虐殺を止めたいから、決闘で決着をつける事を提案したの」
「何だと?」
「最初の計画だと、銃をつかって男爵軍を殲滅する事になっていたわ。貴方も見たでしょう」
「最初の攻撃を外したのはわざとか?」
「そうよ。戦えば貴方達は逃げることも出来ず、全滅していたでしょうね」
「……分かった。俺はどうすればいい?」
「そうね……兵に命じて男爵を拘束して。それでいいグラントさん?」
カミュはグラントを振り返り尋ねた。
グラントはカミュたちに駆け寄り、マーカスに声を掛けた。
「ふむ、マーカスだったな。カミュの言ったことは出来るか?」
「兵の中には俺を慕ってくれる者もいる。そいつらは手を貸してくれるだろう」
「では頼む。我々の装備では抵抗された時、手加減が出来んからな」
「承知した」
マーカスは立ち上がり大声を上げた。
「決闘は俺の負けだ!! 男爵軍は負けた!! 子爵軍は我々の命は保証すると言っている!! だがそれには男爵の身柄が必要だ!! 男爵を生かして捕らえろ!!」
マーカスの声は兵の隅々まで響き渡った。
初め動いたのは数名だった。
言葉の意味が浸透すると、その数は増していき、殆どの兵が駆け出していた。
メンデルは天幕で女に酒を注がせ、ダグエルの報告を待っていた。
先ほど銃声が聞こえた。程なく戦いも終わるだろう。
焼いた肉を女に命じて口に運ばせる。
メンデルが女の腰に手を伸ばし、引き寄せた所で、側近たちが天幕に駆けこんできた。
「男爵様!! 兵がこちらに押し寄せてきます!!」
「どういうことだ!? ダグエルはどうした!?」
「ダグエル殿は乱心したマーカスに殺されました!!」
「何ぃ!?」
メンデルは女を突き飛ばし天幕を駆けだした。
「いたぞ、男爵だ!! 天幕の前だ!!」
上がった声で、兵が一斉に男爵を見た。
その目はぎらぎらと輝いており、メンデルは今まで感じた事のない恐怖を覚え駆け出していた。
「逃がすな!! 生きて捕らえろ!!」
鍛えられた兵士に館を歩く以外使わない体が敵うはずもなく、程なくメンデルは拘束された。
側近たちも捕まり、彼らはグラントの前に引き立てられた。
その側にはマーカスも立っていた。
「貴様、男爵である儂にこんな真似をして唯ですむと思っているのか!? マーカス!! 引き立ててやった恩を忘れたか!? 連中を皆殺しにして儂を助けろ!!」
縄につながれ、逃げる際に転んだ事で泥だらけになりながら、メンデルは唾を飛ばして叫んだ。
「貴方はもう男爵ではない。爵位はご子息のエンデ様に引き継がれ、隠居した事になっている」
「なん……だと……」
「これから我々はあなた方をミダスに連行する。そこで今後の身の振り方も決まるだろう。連れていけ」
グラントの指示で銃士隊が、項垂れる男爵たちを連行していった。
マーカスがグラントに話しかける。
「俺達はどうなるんだ?」
「さて、俺の仕事は捕まえるだけだ。罪を判じるのは別の人間の仕事だから、はっきりとは言えんが……わざわざ生かして捕らえたんだ。殺される事はないだろう」
「そうか」
マーカスはふうと息を吐くとグラントに言った。
「では捕虜らしく繋がれるとするか」
「お前の力があれば縄など意味が無いだろう。それより傷の手当をして、兵をまとめてくれ。ミダスに帰還する」
「……分かったよ」
マーカスは去り際、グラントの横に立っていたカミュに声を掛けた。
「嬢ちゃん……いやカミュだったな。もし機会があればもう一度戦ってくれ」
「分かったわ。でも次は、命のやり取り無しの腕試しにしましょう」
「そうか……そうだな。じゃあな」
カミュは兵の元に去って行く、マーカスの背中を見送った。
男爵兵の殆どは投降し、メンデルの野望は戦闘らしい戦闘もなく幕を閉じた。




