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剣の娘  作者: 田中
第六章 貴族の誇り
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野望の終焉

 一騎打ちの場に女が現れた事で、呆気に取られていたダグエルだったが、気を取り直しグラントに尋ねた。


「グラント殿、確認だがその女性騎士が対戦相手で間違いないのか?」

「そうだ。彼女はカミュ、この隊に剣の腕で彼女に勝る者はいない」

「貴公よりもそちらの女性の方が強いというのか?」

「俺など足元にも及ばんよ」


 グラントの言葉にダグエルは考える。

 隊長であるこの男がそこまで言うのなら腕は確かなのだろう。

 だが、女は細身だ。おそらくスピードと技で相手を翻弄するタイプと見た。

 攻撃は軽いはず、ならばマーカスが負ける要素はない。

 なぜなら…


 ダグエルがそこまで考えた時、野太い声が彼の名前を呼んだ。


「ダグエル、俺に何の用だ?」


 呼ばれたダグエルが振り返ると、巨大な馬から降り立つ男の姿が見えた。

 周りの兵士と比べて縮尺がおかしく感じる。

 その男はそれほど大きかった。


 分厚い甲冑は、物語に登場する鉄巨人を思わせた。

 歩兵隊の部隊長、マーカスはその巨体からギガスと兵たちには呼ばれている。

 マーカスは、金で軍団長の地位を買ったといわれるダグエルを軽蔑しており、彼が団長になっても媚びることはなかった。


 ダグエルはマーカスの態度を忌々しく思いながら彼に命じる。


「そこの女騎士、カミュ殿と一騎打ちをしてもらいたい」


 マーカスはカミュをちらりと見てダグエルに答えた。


「あ? 俺に女を痛めつけろと言っているのか? そんな恥知らずな真似が出来るか」

「カミュ殿はあちらの隊長殿も認める腕前だそうだ。それとも自信がないのか?」

「ダグエル、誰に物を言っている。訓練で許してくれって泣いてたのは誰だったか?」

「クッ! とにかくこれは命令だ! 四の五の言わずやれ!」


 マーカスはめんどくさそうに、上げていた面甲を降ろした。

 自身の胸まである巨大な鋼鉄製のメイスを片手で肩に担いだ。


「気は進まねえが、命令と言われちゃあ仕方ねぇな」


 マーカスが歩を進めると、歩みに合わせて甲冑が重い音をたてた。

 牧草地に深い足跡が刻まれる。そんな重装備にも関わらずその歩みは素早かった。


 ダグエルはマーカスと入れ替わるように、馬首をめぐらし兵の下へ馬を歩かせた。

 兵に隠れるようにして、銃の弾丸を鉛から木で出来たものに変える。

 この弾は殺傷力は低いが、当たれば衝撃を与え、弾は砕け散り証拠は残らない。

 仮にマーカスがスピードで翻弄される事があっても、これで隙を作ればいい。


 カミュはオニキスを降り、男爵の兵が見つめる中、マーカスと向き合った。

 馬を寄せたグラントが小声で尋ねる。


「あんな怪物が出て来るとは……大丈夫か、カミュ?」

「たぶん大丈夫です。私はあの男より強い奴を知っています」

「あれより強い……どんな化け物だそれは……」


 グラントは信じられんと言うように頭をふり、カミュから離れ馬を降りた。


「特に異論がなければ俺が審判を務めるが、それでよいか?」


 兵の間から進み出たダグエルがそれに答えた。


「こちらは構わん。始めてくれ」

「承知した。では双方準備は良いか?」


「いつでもいいぞ」


 マーカスは、担いでいたメイスを両手で構え足を開いた。


「こっちもいつでも構いません」


 カミュも剣を抜き、半身に構えた。


「では、始め!」


 グラントの合図でマーカスが踏み込みメイスを振った。

 横ぶりの打撃をカミュはかがんで躱す。巨漢とは思えないスピードだ。


 マーカスは巧みにメイスを操り、次々と打撃を繰り出した。

 その全てをカミュは紙一重で躱し続けた。

 マーカスは間合いを取り、口を開いた。


「中々やるな。嬢ちゃん」

「そう? ありがとう。貴方も力だけなら大したものよ」

「ぬかせ!」


 カミュはマーカスが振り下ろしたメイスを踏みつけ、彼の左肩に手を置いてその巨体を飛び越える。

 倒立した体をひねりながら、甲冑に覆われた左腕に斬撃を浴びせた。

 通常の攻撃など弾き返すであろうその甲冑を、カミュの剣は半ばまでたやすく切り裂いた。


「ぐぅぅ!!」


 マーカスが痛みにうめき声を上げる。

 彼はその力を男爵に気に入られ、鎧を与えられた。

 それは分厚く、手に入れて以降、マーカスが傷を負った事はなかった。

 だがその自慢の装甲は切り裂かれ、彼の左腕は深い傷を負っていた。


「まだ続ける?」

「片腕があれば十分だ」


 マーカスは戦いと呼べるものを行えることに、喜びを覚えていた。

 男爵の配下になってから命令とはいえ、やることは反乱の鎮圧や、野盗と化した領民の討伐ばかり、おおよそ騎士の仕事ではない。

 彼の心は荒んでいった。


 だが今目の前にいるこの女は、マーカスが今まで出会ったどの男より強い。

 戦いだ。自分が求めていたのは強敵との戦いだったのだ。


 メイスを右肩に担ぐように構え、片手で振り下ろす。

 カミュは右にステップしてそれを交わし、マーカスの右腿を撫で切った。

 太腿も左腕と同じく深い傷を負う。

 あの剣の前に鋼の装甲など無意味だ。


 マーカスはカミュから距離を取り、自分で脱げる範囲の甲冑を外した。

 籠手を外し、兜や胴鎧を捨てていく。

 カミュはマーカスが鎧を脱ぐ間、ただそれを見つめていた。


 一方、ダグエルはどよめきを上げる兵の中で、二人の戦いを驚愕しながら見ていた。

 まさかあのマーカスが、ここまで一方的にやられるとは彼は思っていなかった。


 スピードが自慢の戦士なら鎧で攻撃を防ぎ、スタミナが尽きた所をメイスで叩き潰せば終わり。

 実際、暴徒鎮圧でそういう戦い方をするマーカスを何度も見た。

 あの鎧が切り裂かれる等、想定外だ。

 ダグエルは兵に紛れて移動しながら、腰の銃に手をおいた。


 鎧を外し上半身シャツ一枚となったマーカスは、再びメイスを構える。

 短髪の黒髪は逆立っていた。

 その姿を見て、カミュは昔、本で見た東洋の神を守護する、戦士の絵に似ていると思った。


「待たせたな」

「もういいの。傷の手当の時間ぐらい待つわよ」

「有難い申し出だが、さすがにそこまで甘える訳にもいかん。ではいくぞ!」


 鎧を脱いだマーカスは、今までとは段違いのスピードでカミュに迫る。

 うなりを上げるメイスをカミュは躍るように躱した。


「これでも追い付けんのか!?」


 驚愕するマーカスの前で、カミュの体が突然たたらを踏んだ。

 隙だらけの様子に、マーカスは反射的にメイスを振った。

 当たると思われたメイスは、カミュが前のめりになりながら放った刃に切り飛ばされた。

 カミュはそのまま膝をつき、荒い呼吸を吐いている。


「マーカス!! 何をしている殺せえ!!」


 中程から断ち切られたメイスを片手に、茫然としていたマーカスは声の方向を見た。

 ダグエルが、銃を片手に喚き声を上げている。

 手にした銃からは、かすかに立ち上る煙が見えた。

 カミュが突然、姿勢を崩したのはアイツの所為か。


 マーカスの中に、戦いを汚した者への怒りが沸き上がった。

 マーカスはメイスを投げ捨てダグエルに歩み寄る。

 ダグエルは何か喚いていたが、マーカスがその頭を掴み握り潰すと静かになった。



 ■◇■◇■◇■



 ダグエルは、兵の影からマーカスと対峙するカミュの背中に狙いをつけた。

 頭を狙えば確実だが、戦いのなか動きの大きい頭を狙うのは難しい。

 腰の上、一番動きの少ない場所を狙い、カミュの動きが止まった一瞬を狙って引き金を引く。


 命中し動きが乱れたカミュに、マーカスのメイスが襲い掛かる。

 勝った! ダグエルがそう思った瞬間、メイスが斬り飛ばされた。

 ダグエルは膝をついたカミュを見下ろし、動かないマーカスに銃を隠すのも忘れ声を上げた。


「マーカス!! 何をしている殺せえ!!」


 ダグエルの声に反応してマーカスがこちらを見る。

 メイスを投げ捨て、こちらに歩み寄るマーカスをダグエルは罵倒した。


「何をしている!! その娘を殺せばこちらの勝ちなのだ!! さっさとしないか、この愚図!!」


 マーカスの手が伸び、彼の視界は塞がれる。


「何の真似だ!? 私は軍団長だぞ!! 命令を聞」


 ダグエルの意識はそこで途切れた。



 ■◇■◇■◇■



 カミュは息を整え、立ち上がった。

 突然背中に衝撃を受け、咄嗟に目の前に迫るメイスを断ち切ったまでは良かったが、踏ん張りがきかず膝をついてしまった。

 何故自分が無事なのか、状況が分からない。


 周りを見渡すと、マーカスがダグエルの頭を握りつぶしていた。

 マーカスは絶命したダグエルを放り投げると、カミュの前に跪いて頭を下げた。


「俺の負けだ。さっさと首を落とせ」

「どういう事?」

「ダグエルが横やりを入れた。勝負はこちらの負けだ。まあ、あのまま戦っていても、俺は負けただろうがな」


 カミュはマーカスを見下ろした。

 この男はあのままカミュを殺す事も出来たはずだ。


「貴方は殺さない。元々銃士隊による虐殺を止めたいから、決闘で決着をつける事を提案したの」

「何だと?」

「最初の計画だと、銃をつかって男爵軍を殲滅する事になっていたわ。貴方も見たでしょう」

「最初の攻撃を外したのはわざとか?」


「そうよ。戦えば貴方達は逃げることも出来ず、全滅していたでしょうね」

「……分かった。俺はどうすればいい?」

「そうね……兵に命じて男爵を拘束して。それでいいグラントさん?」


 カミュはグラントを振り返り尋ねた。

 グラントはカミュたちに駆け寄り、マーカスに声を掛けた。


「ふむ、マーカスだったな。カミュの言ったことは出来るか?」

「兵の中には俺を慕ってくれる者もいる。そいつらは手を貸してくれるだろう」

「では頼む。我々の装備では抵抗された時、手加減が出来んからな」

「承知した」


 マーカスは立ち上がり大声を上げた。


「決闘は俺の負けだ!! 男爵軍は負けた!! 子爵軍は我々の命は保証すると言っている!! だがそれには男爵の身柄が必要だ!! 男爵を生かして捕らえろ!!」


 マーカスの声は兵の隅々まで響き渡った。

 初め動いたのは数名だった。

 言葉の意味が浸透すると、その数は増していき、殆どの兵が駆け出していた。


 メンデルは天幕で女に酒を注がせ、ダグエルの報告を待っていた。

 先ほど銃声が聞こえた。程なく戦いも終わるだろう。


 焼いた肉を女に命じて口に運ばせる。

 メンデルが女の腰に手を伸ばし、引き寄せた所で、側近たちが天幕に駆けこんできた。


「男爵様!! 兵がこちらに押し寄せてきます!!」

「どういうことだ!? ダグエルはどうした!?」

「ダグエル殿は乱心したマーカスに殺されました!!」

「何ぃ!?」


 メンデルは女を突き飛ばし天幕を駆けだした。


「いたぞ、男爵だ!! 天幕の前だ!!」


 上がった声で、兵が一斉に男爵を見た。

 その目はぎらぎらと輝いており、メンデルは今まで感じた事のない恐怖を覚え駆け出していた。


「逃がすな!! 生きて捕らえろ!!」


 鍛えられた兵士に館を歩く以外使わない体が敵うはずもなく、程なくメンデルは拘束された。

 側近たちも捕まり、彼らはグラントの前に引き立てられた。

 その側にはマーカスも立っていた。


「貴様、男爵である儂にこんな真似をして唯ですむと思っているのか!? マーカス!! 引き立ててやった恩を忘れたか!? 連中を皆殺しにして儂を助けろ!!」


 縄につながれ、逃げる際に転んだ事で泥だらけになりながら、メンデルは唾を飛ばして叫んだ。


「貴方はもう男爵ではない。爵位はご子息のエンデ様に引き継がれ、隠居した事になっている」

「なん……だと……」

「これから我々はあなた方をミダスに連行する。そこで今後の身の振り方も決まるだろう。連れていけ」


 グラントの指示で銃士隊が、項垂れる男爵たちを連行していった。

 マーカスがグラントに話しかける。


「俺達はどうなるんだ?」

「さて、俺の仕事は捕まえるだけだ。罪を判じるのは別の人間の仕事だから、はっきりとは言えんが……わざわざ生かして捕らえたんだ。殺される事はないだろう」

「そうか」


 マーカスはふうと息を吐くとグラントに言った。


「では捕虜らしく繋がれるとするか」

「お前の力があれば縄など意味が無いだろう。それより傷の手当をして、兵をまとめてくれ。ミダスに帰還する」

「……分かったよ」


 マーカスは去り際、グラントの横に立っていたカミュに声を掛けた。


「嬢ちゃん……いやカミュだったな。もし機会があればもう一度戦ってくれ」

「分かったわ。でも次は、命のやり取り無しの腕試しにしましょう」

「そうか……そうだな。じゃあな」


 カミュは兵の元に去って行く、マーカスの背中を見送った。


 男爵兵の殆どは投降し、メンデルの野望は戦闘らしい戦闘もなく幕を閉じた。

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