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剣の娘  作者: 田中
第六章 貴族の誇り
55/123

ダグエル

勘違いしていた部分を修正しました。

 メンデルがダグエルに男爵領を出るため、物資の略奪を命じて二日ほど経った頃、自室に居たダグエルのもとに行方不明になっていたリンデの取り巻きが見つかったと報せが入った。


 彼らはレオンに解放された後、すぐにロディアへ向かい城に戻ったのだ。

 六人中四人は、途中の街に残された。


 二人を連れてこさせたダグエルは、訝し気に彼らを見ておもむろに口を開いた。


「お前たちは今までどこに居た?」

「はい、我々は子爵の一行に拉致された後、盗賊に引き渡され奴らのアジトで監禁されていたのです」

「ふむ、監禁……それでリンデ様はどこにいるのだ?」

「リンデ様は子爵に連れ去られました」

「連れ去られた……それを証明できる者はいるのか?」


 取巻きは雲行きがおかしい事に気付いた。

 自分たちは、子爵が操られていない事をメンデルに知らせるために戻った。

 だが、兵の扱いは同胞を迎えるものでは無く、犯罪者に対してのものだった。


「いえ、我々を捕らえた者はおそらく子爵の子飼い密偵だと思われますので、証拠などは残していないかと思われます」


「密偵か……お前たちがその密偵ではないのか? お前たちが行方不明になって一週間と経たず、男爵様に王から書簡が届いた。子爵が糸を引いたにしては対応が早すぎる。逆にお前たちが密偵だとすれば色々と辻褄があうな。リンデ様は人質として使うため、連れ去ったのではないのか?」


 王の書簡がすぐ届いたのは、子爵領を出る前にロランがカブラスに命じお膳立てをしていたからなのだが、ダグエルは頭から取巻き二人を疑っていた。


「戻ってきたのは偽の情報で信頼を得て再度潜り込むためだろう? 主は誰だ? 侯爵か? 侯爵と反りの悪いリトホルム伯爵か? それとも王自身か?」


「そんな!? 信じて下さいダグエル様!! 我々は裏切り者では御座いません!!」

「……でかい声を出すな。いつもなら拷問して吐かせるところだが、今は色々と忙しい」


 ダグエルは腰につるした銃を二丁、それぞれの手に持った。

 通常より銃身が太くなっているそれを衛兵たちの頭に向ける。


「取り敢えず死ね」


 ダルエルは唖然とする二人の頭を撃ち抜いた。

 単発式のその銃は、かすかな発射音しか出さなかった。


 この銃はハミルトン商会のデュカスという男が開発した物で、うるさい音を出さない所をダグエルは気に入っていた。

 武芸には才能の無かったダグエルだが、銃とは相性が良かったようで彼の射撃の腕は男爵領では一二を争うほど良かった。


 ダグエルは二人を連れてきた兵に向かって死体を片付けるよう指示した。

 兵が怯えた顔で死体を持って部屋から退出すると、ダグエルは銃に弾を込めながら笑った。


「クククッ、まったく銃というのは素晴らしい発明だ。引き金を引くだけで人が死ぬ。剣で武勇を誇っていた連中の時代は終わりだな。あとはリンデか……問題ばかり起こす餓鬼だ。そういえばうるさい商人の息子も俺に押し付けたんだったな」


 リンデも出会う事があれば折を見て、商人の息子と同じところに行ってもらうか。

 すべて子爵のしたことにすれば、男爵の気持ちも更に煽れるかもしれん。


 ダグエルは銃を腰に下げた専用のポーチに仕舞い、仕事に戻るべく部屋を後にした。

 だれもいなくなった部屋には硝煙の香りと、衛兵が流した血の痕だけが残された。



 ■◇■◇■◇■



 準備を整えたメンデルはロディアからミダスを目指し西に行軍。

 途中、領兵を吸収しながら進軍を続けていた。

 街の守備隊等が主で数はそれほどでもなかったが、それでもロディアを発った時は五百だった兵は千に膨らんでいた。


 彼らの食料は、道中の村や町からの略奪で賄った。

 行軍速度は遅く、男爵軍の振舞は噂として軍のスピードより速く伝わり、子爵領のまでの行程の半ばを過ぎる頃には無人の村落が目立つようになった。


 領民は略奪を避けるため家財を持って逃げ出し、略奪もままならなくなっていた。

 千いた兵も食料の配給が日に三度から二度に減らされると、逃亡する者も多く領境に着くころには五百に戻っていた。


 そんな中でもメンデルや彼の愛人達、彼に付いて来た側近は、豪奢な天幕で城に居た時と変わらぬ食事を楽しんでいた。


 ちなみに正室のエンデの母は彼と共に他領で、側室だったリンデの母はメンデルの愛人の多さに愛想をつかし、今は別荘で暮らしていて行軍にはついて来ていない。


 また従軍している他の側近はメンデルに取り入って、甘い汁を吸う事しか考えていない連中だ。

 こと軍事についてはダグエルに一任されていた。


 逃げ出した兵の中には銃を持った兵もおり、銃兵は当初の四百から百五十程に減少していた。

 この兵の減少については、侯爵から借り受けた兵の離脱が大きい。

 元々彼らは男爵やダグエルをよく思っておらず、説明のない子爵領への遠征について疑問を持っていたのだ。


 侯爵兵は、行軍中に示し合わせ離反、男爵領の北の街アディサを抜け、リトホルム伯爵領を経由してカールフェルト侯爵領まで抜けようと動いたが、ロランから連絡を受けていた伯爵の軍勢に取り押さえられた。


 ロランは未完成だとしても、銃を使い訓練を積んだ者が侯爵の手に渡るのを阻止したかったのだ。


 メンデルは侯爵兵の離脱を深追いせず行軍を優先した。

 メンデルは切り捨てられたと知る以前から、侯爵に対し良い感情は持っていなかった。

 ミダスの生産力や貿易で得た財力と帝国の力があれば、後はどうにでもなる。

 彼は馬車の中で侍らせた女に酒を注がせながら、ミダスでの優雅な生活を思い描いていた。



 ■◇■◇■◇■



 領境のなだらかな丘になった牧草地では、銃士隊が見下ろす形で陣を布いていた。

 草は冬に備えて刈り取られている。


 家畜や住民はあらかじめ避難してもらっている。

 領境の検問所は被害を避けるため、男爵軍を素通りさせるよう兵士には命じていた。


 男爵軍は空きっ腹を抱えた兵士を連れて牧草地に到着した。

 銃士隊を見てメンデルは出迎えかと笑みを浮かべる。

 メンデルは馬で並走していたダグエルを馬車から呼んだ。


「ダグエル、ロランが迎えを寄越したのだろう。使者を出して食料を寄越せと言ってこい」

「かしこまりました」


 ダグエルは部下に命じ銃士隊に使者を走らせた。

 その間に天幕を張り兵士を休息させる。

 天幕で酒を飲んでいたダグエルの下に戻った使者は、青い顔で彼に銃士隊の陣での事を伝えた。


「ダグエル様、奴らは味方では御座いません」

「なに!? どういう事だ!」


 ダグエルは思わずグラスを簡易テーブルに叩き付けた。


「私は奴らの指揮官の下に連れて行かれました。そこで降伏するよう伝えろと言われました」

「降伏だと!? どういう事だ!? フクロウは何をしている!?」


「フクロウは男爵様を裏切ったようです。その場にはフクロウもいました。奴は自分は子爵についたと話し、暗示云々は全て嘘だと男爵様に伝えろと私に言いました」

「まさか? ……靴を舐めたのも芝居だったのか?」


 使者は怯えた様に口を開いた。


「ダグエル様……どうしましょう? 奴らは領境も封鎖して我々は袋の鼠だとも言っていました」

「くそっ!」


 どうする。これで終わりなど冗談ではない。

 奴らは見た所、五百程度。数は同等だがこちらには銃がある。

 歩兵を盾にして銃で制圧すれば取り敢えず勝つことはできるか。


「……奴らは他に何と言っていた?」

「降伏すれば命までは取らないと……」

「俺の他に誰かにそれを話したか?」

「いえ、ダグエル様だけです」


 ダグエルはグラスをテーブル置いて立ち上がり、使者を労うように彼の肩に手を置いた。


「ご苦労だった。ゆっくり休め」

「はい、ありが」


 使者が感謝を述べるより早く、ダグエルはナイフで彼の喉を掻き切った。

 使者は自らの喉を抑え、目を見開き空気を求めるように口を動かし絶命した。


「さて、男爵様にはどう切り出すか」


 ダグエルは、兵に使者を裏切り者だと伝え死体を処理させ、男爵の天幕に足を向けた。


 天幕では男爵が女を侍らせ食事を取っていた。


「男爵様、使者が戻りました」

「おお、そうか。食料はいつ寄越すのだ?」

「それについては問題がございます。お人払いを」


 ダグエルは、天幕から女と衛兵を下がらせた。

 天幕には、ダグエルとメンデル二人だけが残った。


「残念ながら食料が届くことはありません」

「何?」


 メンデルは顔をしかめる。


「どうやら、子爵に(はか)られたようです。あの小僧はフクロウに操られた振りをしていたのですよ」

「なんだと!? では陣を布いている者共は敵だというのか!?」

「はい、ですがご安心ください。こちらには銃があります。奴らを打ち倒し、そのままミダスを奪えばよいのです」

「勝てるのかダグエル?」


 不安を見せるメンデルに、彼は安心させるよう笑顔を見せて言った。


「男爵様も銃の威力はご存知でしょう。既存の軍隊等蹂躙できます」

「そうか。そうだな。よし指揮はお前に任せる。奴らを全滅させたら、物資を奪い付近の住民を集めよ。さすがにミダスを落とすとなれば五百では足りんだろう。それに人質として使えば、ロランはミダスを明け渡すかもしれん」


 メンデルはグラスのワインを飲み干し、ダグエルにそう告げた。


「あのお優しい子爵様なら、それも十分考えられますな」

「うむ、では陣形を整えろ……そうだ。勝てばたらふく食えると伝えよ」

「かしこまりました」


 ダグエルは天幕を出て、兵士たちに指示を伝えた。

 兵士たちは、疲れた体を鞭打って陣形を整えた。



 ■◇■◇■◇■



 グラントは遠眼鏡で男爵の陣営を監視していた。

 陣を組んでいる所を見ると、戦う気らしい。


「どんな様子ですか?」

「攻めてくるようだ?」

「降伏は受け入れられなかったってことですか?」

「たぶんな。まあこちらに銃があると分かれば、気が変わるかもしれん」


 カミュは陣形を整える兵の姿を遠目に見て、唇を噛みしめた。


「……グラントさん、難しいかもしれないけど、なるべく殺さないで欲しいんです」

「善処しよう」


 男爵軍は歩兵を前面に押し立て、その後ろに銃兵を横に規則正しく並べ前進を開始した。

 一方銃士隊は、分散して穴を掘りその中に身を伏せている。

 作戦は事前に各分隊長に指示してある。あとは合図するだけだ。


 グラントがぼそりと呟く。


「良い的だな。効率的な運用を考えんとああなるか。よし、俺の銃声が合図だ。威嚇で良い。当てるなよ」


 グラントは、銃の前部を穴の縁に置いた土袋の上に乗せ、銃身の上に据えられた遠眼鏡で、馬に乗った部隊長らしき男を見る。

 立派な鎧だ。胸の部分なら装甲も厚い、死ぬ事はないだろう。


 彼は遠眼鏡に描かれた十字の照準を男の胸にあわせる。

 静かに息を吸い、吐き出し止める。

 男が正面を向いた時を見計らい、引き金を絞った。

 彼の射撃に合わせ、周囲の穴から立て続けに銃声が響いた。


 男爵軍は混乱の極みにあった。

 銃の音が聞こえたと同時に、歩兵を指揮していた部隊長の一人が甲高い金属音と共に落馬した。

 続いて無数の銃声がして、彼らの周囲の牧草が飛び散った。


 攻撃されたと気付いたのは、正面の牧草地から兵士が一人立ち上がり、空に向けて銃を撃ったことが切っ掛けだった。


 歩兵は部隊長の命令で幾つかの集団に別れ、盾を掲げて密集陣形を取った。

 その後ろに銃兵が付いた。


 ダグエルは兜の奥で歯ぎしりした。向こうも銃を量産しているとは……。

 銃による優位性が無ければなぶり殺しにされるだけだ。

 しかも奴らの銃は、こちらの有効射程より遥か遠くから攻撃してきた。


 逃げるか?


 ダグエルがそう考えていた時、先ほど銃を撃った兵士が馬に乗りこちらに向かってきた。


「提案がある!! こちらは貴公らを皆殺しにするのもたやすい!! しかし貴公らも王国の国民だ!! 無益な殺戮は我々も望んでいない!! そこで降伏をお勧めする!! 受け入れれば命は保証しよう!!」


 兵士の声に周囲がざわついた。


 不味い。ダグエルは焦りを感じていた。

 降伏を受け入れれば兵は助かっても男爵はもとより、自分も含め側近は首を落とされるだろう。

 あの兵士が約束を守り、命が助かっても恐らく一生牢獄の中だ。


 ダグエルは馬を操り降伏勧告をした兵士の前へ馬を進めた。


「貴公が指揮官か? それとも唯の伝令か?」


 ダグエルがそう聞いたのは男の格好があまりに地味だったからだ。

 深緑の服に黒い兜と胸当て、およそ隊を預かる者の姿ではない。


「俺はグラント。この隊の隊長だ」

「私はダグエル。男爵様から兵を預かる者だ。申し出はありがたいが、戦わずして降伏するなど騎士の名折れ。丁重にお断りする」


 ダグエルの言葉が聞こえた男爵兵からどよめきが起こる。


「全滅をお望みか?」

「そちらにも銃はあるようだが、こちらも持っている。只では死なん」

「ふむ」


 グラントは顎に手を当て考えるそぶりを見せ、口を開いた。


「確かに死を覚悟した者と戦って損害を被るのもつまらん。ここは一つ代表者同士の一騎打ちで決めるのはいかがか?」

「……それに勝てば我々を見逃すというのか?」


「そうだ。子爵様の命令で銃など使っているが、本来騎士の戦いは、力と技を使ってのぶつかり合いだと私は考えている。そちらが勝てば何処へなりと行くがいい。ただしこちらが勝てば投降してもらう。もともと子爵様からは、追い払えばよいとだけ命じられている事だしな」


 ダグエルは兜の奥でほくそ笑んだ。

 時代の移り変わりに対応できない馬鹿が指揮官で助かった。

 歩兵隊の部隊長の一人マーカスはこの指揮官と同じく、武芸が全てと考えている時代遅れだが腕は立つ。


 あの男に勝てる者などそうはいないだろう。

 最悪、負けそうになったら、マーカスの動きに合わせて銃を使えばいい。

 気付かれる事は無いだろう。


「わかった。その勝負受けよう。ただし条件がある。勝った証として貴公らが使っている銃を一丁頂きたい」

「何? 銃をか?」


「そうだ。貴公も気づいているかと思うがこちらは困窮している。代表者に与える恩賞にも事欠く状況だ。先ほどの攻撃でそちらの銃が素晴らしい事は十分認識できた。それ程の武器なら恩賞にふさわしい。聞き届けて貰えないだろうか?」


 グラントは再度、顎に手を当てた。考える時の癖なのだろう。


 ダグエルは相手が、この厚かましい要求を受け入れると確信していた。

 名誉を重んじる騎士は、下手に出られる事に弱い。

 また弱者への施しは、騎士として誉れ高い行為として称賛される。


「いいだろう。そちらが勝てば銃を一丁進呈しよう」

「有難い。では早速、勝負と行こうではないか。おい! マーカスを呼んで来い!」


 部隊長にマーカスを呼ぶよう指示しながら、ダグエルは心の中で快哉を叫んだ。

 いいぞ。落ち目の男爵を見限り、あの銃を持って帝国に逃げ込めば相応の地位を得られるはずだ。


「そちらは誰が出るのだ。貴公か?」

「いや、俺では無い」


 グラントが自陣に向けて手を上げると、黒い馬に乗った赤毛の騎士がこちらに駆けてきた。

 その騎士を間近で見てダグエルは驚きを覚えた。


「女だと……」


 ダグエルは、日の光を反射して薄緑の輝きを放つ、銀の甲冑を着た赤い髪の女を茫然と見つめた。

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