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剣の娘  作者: 田中
第六章 貴族の誇り
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戦いの予兆

 ロランが男爵の城を出て一週間程過ぎた頃、メンデルのもとに国王からの使いが手紙を携えて訪れていた。

 そこには爵位を息子のエンデに譲り、自身は隠居し表舞台から身を引くよう記されていた。

 執務室で手紙を受け取ったメンデルは、思わず声を上げる。


「これはどういう事だ!なぜ王が直接、儂を罷免する!」

「男爵様、落ち着いて下さい。侯爵様にお頼みすれば、撤回する事も可能なはずです」


 国王からの使いという事で、執務室に呼ばれていたダグエルがメンデルにそう声を掛けるが、興奮しているメンデルは耳に入っていないようだ。

 ダグエルの言葉にかぶるように、ドアがノックされる。

 ダグエルがドアを開けると、衛兵が書簡を持って駆け込んできた。


「男爵様、侯爵様より緊急の書簡とのことです!」


 ダグエルが受け取り、兵を下がらせ書簡をメンデルに渡す。

 書簡を読んだメンデルは、更に表情をゆがめた。

 ダグエルが書簡を握りしめ、小刻みに震えているメンデルに恐る恐る声を掛ける。


「男爵様、侯爵様はなんと?」

「貸し付けている兵を返せと言ってきたわ。儂を切り捨てるつもりだ」

「まさかっ!」

「……クククッ、こうなれば実力行使あるのみよ」


 額に青筋を浮かべ、歯をむき出し笑うメンデルに、ダグエルは尻込みするものを感じたが、おずおずと尋ねた。


「男爵様、何をなさるおつもりですか?」

「決まっておる! 子爵領を頂いて独立を宣言するのだ!」

「そんな! 表立って動けば集中攻撃されて終わりですよ!」


「分かっておるわ! 子爵領に入る事と並行して帝国にも渡りをつける。ミダスは港街だ。船で帝国兵を呼び込めば国もそう簡単に攻められんわ。至急フクロウに連絡を取れ! ロランを通じて儂の軍勢がミダスに入ることを認めさせる」

「なるほど、さすがは男爵様。すぐにフクロウに使いを出しましょう」

「侯爵の兵には何も言うな。今まで侯爵にはさんざん貢いだのだ。奴らは駄賃としてもらっていく」

「かしこまりました。では失礼いたします」


「待てダグエル、追加だ。この城の物一切合切を持って行く、兵にもあるだけの銃と弾薬を持たせろ。ロランは言う事を聞いても、重臣共は反抗するかもしれん。その時は武力で支配する」

「かしこまりました。しかしそれでは糧秣にいささか不安がありますな」

「街と近隣の村から接収しろ。男爵領は捨てるのだ。馬車でもなんでも使える物は全て奪え」

「了解しました」


 部屋を出たダグエルは一人ほくそ笑んでいた。

 男爵領はそろそろ、しゃぶり尽くして味がしなくなっていた頃だ。

 子爵領、特にミダスはしゃぶり甲斐がありそうだ。


 ダグエルは部下に指示を出し、周辺から物資をかき集め始めた。

 彼は男爵の権力を後ろ盾に、今までやりたい放題やって来た。

 それに倣い今回も今まで通り、男爵の話に乗ることにした。

 何なら侯爵より帝国に着いた方が、後々有利に動けそうだとダグエルは考えていた。



■◇■◇■◇■



 メンデルが動き始めて十日ほど経った頃、カミュは貧民街で孤児院の作業に勤しんでいた。

 墨で引かれた線のとおりに、剣で木材をカットしていく。

 最初はカミュも鋸を使っていたのだが、試し斬りも兼ねて剣を使った所、剣の切れ味もあり作業スピードが各段に上がったため、最近は剣しか使っていない。

 ちなみに雪丸は刀の代金を稼ぐため、今日はギルドの仕事を請け負っていた。


 作業現場にはカミュが声を掛けた孤児の他にも、レッド達が声をかけ集まった子供たちも忙しく走り回っている。

 彼らは重い物は持てないが、釘やロープなどの資材を手押し車で運んだり、食事の準備を手伝ったりしていた。


 初めは暗い目をしていた子も多かったが、人の懐や残飯を漁るのではなく、自身の労働の対価として得る食事と寝床は、彼らの目に光を与えているようだった。


 働いている者の中にはリンデの姿も見えた。

 ウォードの話によると、反抗的だった彼の態度は、ある日を境に変わっていった。

 なんでも、作業の手伝いに来ていた、修道院のシスターの一人に一目惚れしたらしい。

 最初は男爵の息子である事をアピールしかなり強引に迫ったのだが、彼女は一向になびかず、さりとてドミノ達の前で暴力に訴える訳にもいかず、彼は悶々とした日々を送っていた。


 だがドミノから耳打ちされた、彼女は真面目で働き者の男が趣味らしいぞという言葉で、それまで嫌々働いていたのが、きびきびと動くように変わった。

 すると一緒に働いていた者たちの評価も変わり始め、シスターも彼に笑いかけるようになった。


 今も彼は男たちと共に働き、時折笑顔を見せている。

 女性一人でこうまで変わるとは、彼の女好きは筋金入りらしい。


 そんな事を思いながら、木材の形を剣で整えていたカミュの下に、城から知らせが届いた。

 リンデを連れて城まで来て欲しいとのこと。

 カミュはウォードに断りを入れて、迎えの馬車でリンデを連れ城に向かう事にした。


「ロランも一体何の用だよ。俺はタニアちゃんにちゃんと働いているとこを見せないと駄目なのによぉ」

「私も詳しくは聞いてないわ。それより貴方変わったわね」

「そうか? まぁ真面目に働きゃ、皆褒めてくれるしな。なによりタニアちゃんが笑ってくれるからな」


 そう言って、リンデは日に焼けた顔に笑顔を浮かべた。


「いままで誰も褒めてくれなかったの?」

「……いつも兄貴と比べられてた。あいつは出来が良いからな。おんなじ事が出来ないと、エンデ様はこうでしたよとか……うるせぇってんだよ」

「出来の良い兄弟がいるのも考え物ね」

「お前は兄弟はいないのか?」


「昔、兄さんと思っていた人はいたわ。戦争で死んじゃったけど……」

「そうか……なぁ、そいつどんな奴だった?」

「そうね……やさしい人だったわ。戦争で孤児になった私を拾ってくれたのよ。灰色の髪で青い目、喧嘩が強くて男の子にも女の子にも、人気があったわね」

「んだよ、そいつ。あんまり仲良くなれそうにねぇな」


 そう言って不貞腐れた顔を見せるリンデに、カミュは笑みを浮かべた。

 そうこうしている間に馬車は城に到着し、カミュたちはロランの執務室に通された。


 執務室は明るい南向きの部屋で、窓からは陽の光が差し込んでいた。

 執務室の机には、書類が山のように積まれ、ロランが秘書であろう女性から手渡された書類に目を通し、サインを書き入れている。

 ロランはカミュが着たことに気付き、女性に一息入れようと声をかけ、書類を置き執務室のソファーに腰をおろした。


「カミュ、リンデ、わざわざ呼び出して悪かったな。とにかく座ってくれ」


 ロランの言葉で、二人はソファーに腰を下ろした。

 二人が落ち着いたのを確認して、リンデは口を開いた。


「叔父が兵を引き連れ、子爵領に向かって来ている」

「親父が……」

「そんな! 王様から引退を促す手紙を送ってもらったんじゃあ……」


 カミュはステラにちょくちょく顔をだすアインから大体の状況を聞いていた。


「素直に聞き入れてくれればよかったのだがな。フクロウに指示書が届いたのだ。それには私に子爵領を明け渡すよう書かれていた。諜報部からの情報では、ロディアを含め近郊の村から金と食料を奪い、男爵領の兵を吸収しながらこちらに向かっているようだ」

「食料を奪うって、道中の村には食べ物なんて殆どなかったじゃないですか!?」


「民が隠していた物や、来年の種もみまで根こそぎ取り上げているらしい」

「嘘だろ……そんな事したら男爵領は滅んじまう」

「リンデ……」


 ロランが驚いたようにリンデに目を向ける。


「何だよ……いくら俺が馬鹿でもそれぐらい分かるぜ」

「そうだな。悪かった」

「子爵様、どうするおつもりですか?」


 ロランは少し目をふせ、それから顔を上げて言った。


「叔父には退場してもらう事にする」

「それは……」

「軍を以って叔父を討伐する。こんな結果になったのは、何とか叔父に生きて大人しくしてもらおうと画策した私の落ち度だ。あんな叔父でも父の弟だからな。私の甘さが民に苦しみを与えてしまった。カミュには世話になった手前、きちんと説明しておこうと思って来てもらった。そしてリンデ、そちには私がこれから、そちの父を殺すことになることを先に詫びておく」


「親父を殺す……?」

「すまん」


 ロランはリンデの目を真っすぐ見つめそう言った。

 リンデは父の死を予告された事がショックなのか茫然としていた。


「子爵様、軍を出すとしても向こうには銃があるのでは? どのぐらいあるのか分かりませんが、あれを使われると大変な被害が出るんじゃないですか?」

「カミュ、そちには言っていなかったが、銃ならこちらにもあるのだ」

「えっ!?」


「開発者を城に保護した話は聞いているか?」

「はい、ハミルトン商会の依頼の時にデイブから聞きました」

「彼らには城でその後も研究を続けて貰った。対帝国の秘密兵器としてな。運用実験として子爵領の兵士千名程に参加してもらい、訓練を続けている」


「……銃はもう完成しているんですか?」

「飛距離、威力、命中精度、連射能力、全てがハミルトン商会の物より上だ。男爵軍を蹂躙できるだろう」


 ロランは苦悶するようにそう口にした。


「本来、銃士隊は表に出したくなかった。訓練の様子を見て感じたのは、喜びではなく恐怖だった。あれが世に広まれば、戦争で死ぬものは何倍にも膨れあがる。そう感じたのだ」

「子爵様……」

「だが、叔父をこのまま放置すれば、いずれ帝国に銃が渡ってしまう。そうなれば泥沼だ。事が子爵と男爵、身内同士の権力争いですんでいる間に迅速に片を付けたい……話は以上だ。わざわざご苦労だったな。下がってよい」


 リンデを連れて執務室を後にし、カミュは馬車に乗り孤児院に送ってもらった。

 馬車の中、リンデが顔を俯けたままカミュに声を掛ける。


「……カミュ、お前凄腕の傭兵なんだろう?」

「……凄腕かは分からないけど、今は傭兵よ」

「だったら、だったら俺に雇われてくれないか? 親父を助けて欲しいんだ」

「リンデ……」


「頼むよ。金は今すぐ用意できないけど、働いて用意するからさ」

「ごめんなさい。それは出来ないわ」

「なんでだよ! ロランには雇われたんだろ!」


「私は別に命令されて子爵様を助けた訳じゃないわ。そうしたほうが皆、笑って暮らせると思ったからよ。貴方のお父さんがこの街を支配すれば、恐らくここも男爵領のようになるわ。そうなったら街の皆や子爵領の人たちは笑えなくなる。リンデ、それは貴方が今働いている孤児院の人達も含まれているのよ」


「孤児院……」


 リンデは肩を落とし、それっきり一言も言葉を発さなかった。

 馬車の中には石畳を走る車輪の音だけが静かに鳴っていた。

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