応接室
カミュたちは、城へ向かう道すがら、貧民街の露店で昼食代わりに、ソーセージが挟まれたパンを買った。
「おばちゃん、二つ頂戴」
「はいよ! ……あら、あんた昔、ロイにくっついていた子じゃないか!? 大きくなったねぇ。男の子かと思ってたけど、女の子だったんだねぇ」
「その節はお世話になりました」
「急に姿を見なくなったから、私しゃ、てっきり……そうかい、生きてたんだねぇ……」
「はい……」
女性は少し目元を拭って、カミュにパンの入った紙袋を差し出した。
カミュは代金を払い、袋を受け取った。
「私は相変わらずここで商売してるから、気が向いたらまた顔を出しておくれ」
「はい、また寄らせてもらいます」
「ああ、じゃあまたね」
女性に手を振り、露店を後にした。
袋の中には、パンが四つ入っていた。
おばちゃんと小さく呟き、二つを雪丸に渡す、それを頬張りながら子爵の城へ向かった。
このパンはカミュが孤児の時からの大好物であり、仕事の上がりが良かった時などに買うご馳走だった。
「酢漬けのキャベツとケチャップ、辛子のバランスが絶妙でござるな」
「そうでしょう。あの店はたまに、売れ残りをおまけしてくれるんだ」
「今回も、おまけという事でござるか?」
「いいえ……たぶん、また会えてよかったって事だと思う……」
「いい店でござるな」
「うん……」
二人で話しながら街を抜け、城へ向かった。
城門前で衛兵に声を掛ける。
「すみません。子爵様にお会いしたいのですが」
「うん? お前は……たしかカミュだったな? たしか以前オニキスを返しにきた」
「そうです。お忙しいのは承知していますが、子爵様に取り次いでいただけないでしょうか?」
「少し待て、話を通してくる」
衛兵はカミュの事を覚えていたようだ。
しばらく待つと、彼はカミュたちを城内に招き入れ、城の正面玄関まで付き添ってくれた。
「お前の事は衛視隊の連中から聞いている。子爵様を守ってくれたそうだな。城の者は皆、お前に感謝している」
「いえ、当然の事をしたまでです」
「それでもだ。ありがとう」
「はい」
城の正面玄関に着き、衛兵は敬礼をして去って行った。
ロビーに入ると、以前案内してくれたメイドの女性が現れた。
「カミュ様、お待たせいたしました。子爵様は現在、会議中ですので応接室でお待ちください。こちらです」
メイドの案内に従い応接室に入り、カミュたちはロランを待った。
応接室は男爵の城とは違い、白を基調にした落ち着く空間だった。
ロランを待つ間、先ほどのメイドがお茶を淹れ、もてなしてくれた。
カミュは、以前メイドに聞いた、男装の歌劇団について尋ねてみることにした。
「美味しいお茶ね」
「ありがとうございます。これは子爵家で愛飲されているお茶なんですよ」
「とっても美味しいわ。ところで以前、貴女が話していた歌劇団について、詳しく聞きたいんだけど」
カミュがそう言うと、お茶を飲んでいた雪丸が口を開いた。
「歌劇団? それはどんなものでござるか?」
「なんでも、女の人だけで構成された劇団らしいわ」
「ほう、倭国では男が女人を演じる物がござるが、こちらは逆でござるか」
雪丸の言葉で、ジャッカルの面子が女装している様子をカミュは思い浮かべた。
ごつい男が女装する。
喜劇としては成り立つかも知れない。
「そうなんだ? それも面白そうね。で、その歌劇団なんだけどミダスで見る事は出来ないの?」
「はい、残念ながら王都オーディリアでしか、見る事は出来ないと思います。私も子爵様のお供でご一緒した時、一度観劇しただけです」
「それは残念。劇の内容はどんな物なの?」
「その時は、騎士と町娘の少女の逃避行を描いたものでした。少女が実は国王の落し胤と分かり、舞い散る紙吹雪の中、皆に祝福されながら騎士と結ばれるシーンは、衣装も煌びやかでとても素敵でした」
メイドはその時を思い出したのか、少し頬を赤らめて言った。
「やっぱり、恋愛物が人気なの?」
「そうですね……演目は多岐にわたるようですが、私は一つ観ただけですので……」
「他にはどんなものがあったの?」
「他ですか……そうですわ! その時貰ったチラシがあるのでお持ちしますね!」
そう言ってメイドは足早に部屋を後にした。
雪丸がカミュに尋ねた。
「カミュ殿は芝居が好きなのでござるか?」
「いいえ、観たことはないわ」
「では、なにゆえ?」
「雪丸さんには詳しく話してなかったわね。さっき行った屋敷は孤児院に改装中なの。そこの経費を併設する劇場で賄いたいのよ」
「なるほど! 芝居はそこの出し物という訳でござるな」
雪丸は得心が行ったというように頷いた。
「その通り。私は孤児院を成功させたい。この街で見ることが出来ないものなら、人を呼べるかもしれない」
「ふむ、この街にも劇場はあったはずでござるが、裕福な者の娯楽という位置づけでござったな」
「雪丸さんも観たの?」
「まさか。拙者、路銀にも困窮する程、金には縁がないでござる」
「じゃあ、なんで劇場のこと知ってるの?」
「国では神社、こちらでは教会でござろうか。そこでの祭の時に民が芝居を行うことがあったのでござる。素人ゆえ上手いとは言えぬが、拙者それを見るのが大好きでござった」
「それで、この街で劇場に行ったら、高くて観れなかったと?」
雪丸は苦笑し、頭を掻きながら肯定した。
「その通りでござる。祭の芝居は基本、無料で見ることが出来たゆえ。他は殿が宴席の際に呼んだ、男が女人を演じる物を、見たことはあるでござるよ」
「さっき話していたやつね」
「そちらは中々に高尚で、話の筋を知らねばちと分かり難い物でござったな」
「私は分かりやすい方がいいわね」
「拙者もそちらの方が好みでござる」
雪丸と話していると、先ほどの侍女が紙の束を持って帰って来た。
「お待たせしました。こちらのチラシだけでは分かりづらいとは思いますが……」
そう言いながらカミュにチラシを手渡す。
チラシは十数枚あり、それぞれに主演であろう人物の絵と、物語のあらすじが書き記されていた。
恋愛物、悲劇、喜劇、推理劇、冒険活劇等、ジャンルも豊富だ。
「へぇ、いろんな物があるのね」
「はい、有名な作家の作品を劇化した物の他、オリジナルの物も上演していたりするんですよ!」
「詳しいのね」
「一度観ただけですが、その一度で私の心は鷲掴みにされたのです!! それから、お給金の許す限り資料を集めましたので!!」
カミュはチラシを返し、彼女の勢いに少し押されながら尋ねた。
「えっと…、貴女ジョアンナでよかったかしら」
「はい! 覚えて下さっていたのですね!」
「ええ、ここで食事した時、着替えを手伝ってくれた人よね」
「はい、そうです!! 子爵様を救って下さった女傑に名前を憶えていただけるなんて……」
ジョアンナは、何時かと同じように、目をキラキラさせてカミュを見た。
「それでね。ジョアンナ」
「はい! 何でしょう!?」
「……演劇について、今度、相談に乗ってもらえないかな?」
「演劇について!? 私が!?」
ジョアンナは両手を胸の前で握りしめ、顔を上気させる。
手に持ったチラシは、クシャクシャになっていた。
「どう……かな?」
カミュの呼びかけに答えず、ジョアンナは顔を俯け体を小刻みに震わせている。
「……ジョアンナ?」
「も……」
「も?」
「勿論でございます!!! このジョアンナ、微力ながら力の限り協力させていただきます!!!」
ジョアンナの身を乗り出すような返事に、カミュは思わず腰に手が伸びかけた。
雪丸もソファーから立ち上がり身構えている。
「ああ、夢のようでございます。私などが演劇に関わることが出来るなんて……」
虚空を見つめ腕を広げて、そう語るジョアンナはまるで舞台女優のようだった。
「待たせたな。カミュ。ん? ジョアンナ、何をしておるのだ?」
「いえ、子爵様、なんでもございません。お茶を淹れなおしてまいります」
部屋にロランが近衛を連れて入って来た事に気付き、ジョアンナは先ほどまでとは打って変わり、柔らかな微笑みを浮かべたメイドに戻り、部屋を出て行った。
カミュはその変化に唯々感嘆した。
「すごいわ。あの娘」
「びっくりしたでござる」
カミュはソファーに座り直し、雪丸も席についた。
ロランは二人の様子に不思議そうな顔をして尋ねた。
「ジョアンナが何か粗相でもしたのか?」
「いえ、少し演劇について尋ねていただけです」
ロランはカミュの答えに納得したようだった。
「なるほどな。あの者は王都で見た歌劇を、いたく気に入ったようだったからな」
「子爵様はそれほどでもなかったのですか?」
「うむ、私は、普通にセリフを言っていた者が、突然踊り歌い出す事に驚いて、そちらばかりに目が行ってしまってな。肝心の内容はほぼ覚えておらんのだ。美しかったのは確かなのだがな」
なるほど、お話に集中させたいなら、歌は控えた方がいいのかもしれない。
カミュはロランの言葉に、そんな事を考えた。
「して、先ほど別れたばかりだというのに、何かあったのか?」
カミュはロランの質問に、一旦演劇の事は忘れ頭を切り替えた。
「はい、先ほど貧民街のマクファラン邸に行ってきたのですが、どうやら人手が足りないようなのです」
「孤児院の件だな。人手か……しかし予算の確保はこれ以上は難しいぞ」
「予算の事は良いんです。そこの手伝いにリンデを使ってはどうかと思いまして」
ロランはカミュが言ったことに、呆気にとられたような表情をみせた。
「カミュ、彼奴の為人は知っておろう。平民のいう事など聞くと思うか?」
「はい、それは分かっています。でも子爵様もおっしゃったではありませんか? リンデは一度、民の中で暮らしてみるべきだって」
「確かにそうは言ったが、リンデを御せる者などおるのか?」
「ジャッカルのリーダーだったウォードなら、彼も言う事を聞くと思うんです」
「ウォード……マクファラン家の娘で、旅芸人だった者だな」
「子爵様、一度試すだけでも試してみませんか?」
「ふむ…」
ロランは腕を組み顎に手を当て考えている。
いつの間に戻って来たのか、ジョアンナがテーブルにそっとお茶を置いた。
カミュたちのカップも会話の邪魔にならない様、さりげなく交換している。
ロランは置かれたカップを手に取り、一口飲んで口を開いた。
「分かった。確かに城に居たのでは、リンデが変わることは無いだろう。試してみるか」
「はい!」
「良し。リンデを呼んでくれ」
ロランは近衛の一人にそう命じた。
しばらくして、近衛に連れられたリンデが不貞腐れた顔で部屋に入って来た。
「なんの用だよ……てめえら平民の分際で、何で城にまで入ってやがる!」
カミュ達に気付き、リンデが声を荒げる。
「リンデ、そちはこれより、この者達と共に市井に下り働くのだ」
「街に下りる!? そりゃ何の冗談だ!!」
「冗談ではない。これからそちは孤児院の改修作業を手伝うのだ。そこで市井の暮らしとはどういう物か学ぶのだ」
「なんで貴族の俺が平民の暮らしを学ばねぇといけねえんだよ!!」
ロランはため息を吐き、カミュに告げた。
「カミュ、後は任せる。リンデに民の暮らしを見せてやってくれ」
「はい、任せて下さい」
「では頼む」
「おい!! 俺を無視するなよ!!」
ロランはリンデの言葉に構わず部屋を後にした。
カミュはリンデを見て、にっこり微笑むとこう告げた。
「それじゃ行きましょうか。お坊ちゃま」




