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剣の娘  作者: 田中
第六章 貴族の誇り
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男爵と子爵

 謁見室では、壇上にメンデルが座り、壇上下左手にダグエルが立っていた。

 急だったためか、他の臣下はいないようだ。

 部屋には衛兵が数人配置されているだけだった。


「お待たせいたしました。男爵様」

「うむ、してロランはもう言う事は聞くのか?」

「では最後の仕上げを……ロラン前に出ろ」

「はい」


 フクロウの声で、ロランが前に進み出る。


「壇上にいる方が誰だかわかるか?」

「はい、私の叔父、メンデル男爵です」

「よし、ではこれより男爵様がお前の名前を呼んだ時より、お前は彼の指示に従わずにはいられなくなる。それは文字でお前が男爵様の物だと認識した場合も含まれる。では男爵様、子爵の名前を及び下さい」

「ふむ、ロラン! ……フクロウこれでよいのか?」

「はい、これで子爵は貴方の言葉、貴方の署名が入った手紙の指示に抗えないでしょう」


 フクロウの言葉にメンデルは満足げに笑った。


「よし、では一つ試してみるとするか。ロラン、跪いて儂の靴に口付けせよ」

「なっ!」


 カミュたちが殺気だったのを見て、ダグエルと衛兵が剣に手をかける。


「動くな!!」


 その時フクロウの声がカミュ達をが止めた。

 フクロウは彼らに顔を向け小声で抑えるように促す。


「申し訳ございません。男爵様、子爵の暗示を優先したため、他の者にはまだ手が回っておりません」

「そうか、その者たちはどうするのだ?」

「子爵一人では何かと不便ですので、より深く暗示をかけて子爵の手足にしようかと考えております」

「ふむ、任せる。ではロラン、改めて儂の靴に口づけを」


 ロランは無表情にメンデルに近づき、跪いて靴に口づけをした。


「これでよろしいでしょうか? 叔父上」

「フフ、フハハ、うむ、満足だ」


 メンデルはこみ上げて来る笑いが抑えきれないようだ。

 カミュは自身も気づかないうちに、歯を食いしばり、拳を震わせていた。


「フクロウ、良くやった。クククッ、あの小生意気なロランがこのように従順になろうとは」

「ありがとうございます。では今後の予定はいかがいたしますか?」


「そうだな……昨日も伝えたが、侯爵様より急げと言われておる。お前はロランと共にミダスに戻り、ロランに号令させ銃製造の量産体制を整えろ。そうだ、ラルゴの部下に連発式を考案した者がいたな。その者を使い連発式の完成を急がせるのだ。あれがあれば侯爵様もお喜びになるだろう」


「かしこまりました。では早速ミダスに向かいます。この者どもは道中、子爵の手を借りて暗示を掛けなおすとしましょう」

「ふむ、細かいことは追って指示をだす。さがってよい」

「では失礼いたします」


 フクロウはロランを呼び、部屋を後にして、その足で厩に向かった。

 フクロウが去った謁見室でダグエルがメンデルに苦言を呈する。


「フクロウは信用できるのでしょうか?」

「暗殺者等、信用できるものか」

「では……」

「だがあの暗示とやらは嘘ではあるまい。仮にも貴族が他人の靴に口づけをするなど、操られておらねば出来まいよ。それにフクロウが裏切っても術師はいくらでもおる。挿げ替えるだけだ」

「それもそうですな」


「クククッ、ミダスを手中に収めれば、侯爵様も儂を軽んじることは出来ん。いっそ直接あちらと交渉するのも良いかもしれんな」

「その際にはぜひ、このダグエルにお命じ下さい」

「お主も抜け目がないな」

「いえ、勝ち馬に乗るのは当然でございましょう」


 執務室に二人の笑い声が低く響いた。




 ロランたちは馬車に乗り、城を出て消耗品を補給しロディアを抜けた。

 物価はミダスと比べて倍以上だったが、路銀は多めに用意していたので問題は無かった。

 床の隠しスペースには衛兵と侍女が縛られたまま詰め込まれていた。

 彼らには悪いが、男爵領を抜けるまで、食事と用足し以外はここにいてもらう事にした。

 カミュは口に詰めていた変装用の綿を取り、メイクを落とした。


「ふぅ、さっぱりした。あの男爵、次にあったらただじゃ置かないわ」

「僕も一瞬、計画を忘れそうになりました」

「子爵様、大丈夫ですか?」

「なにがだ?」

「だって、靴に口づけなんて……」

「確かにあまり衛生的とはいえんな。あとで口をゆすいでおこう」

「そうじゃなくて、あんな屈辱的な……」

「カミュ、前にも言ったが、私は民のためなら何でもしよう。そのためなら私のプライド等ちっぽけなものだ」


 話を聞いていたフクロウが笑う。


「フフッ、本当に変なガキだ。貴族連中は体面を守るため、命を賭けて決闘までするというのに」

「面子を守って民が救われるならそれも考えるが、先ほどはそういう場面ではあるまい」

「確かにな。トラブル無しであの場を切り抜けるのならアレが最良だろう」


 ロディアに向かう際に通った町にあとわずかという所で、馬車の前に馬に乗った数人の男たちが立ちふさがった。

 計画が露見したかとカミュたちは身構えたが、馬車の進行を止めたのは男爵の息子、リンデだった。

 彼は乗馬したまま馬車に近づき、中をのぞいてフクロウに話しかける。


「やっぱりフクロウじゃん。もう帰んのか?」

「はい、男爵様はお急ぎのようでしたので……」

「そうかよ。なぁフクロウ。この黒い方の馬、俺にくれよ」

「はて、配下の話ではこの馬は、リンデ様には懐かなかったと聞き及んでおりますが?」

「うるせぇ! 時間をかけて調教すりゃいうこと聞くようになんだろ。今乗ってんのじゃ足が遅くてタリィんだよ」

「困りましたね。私は先ほど申しましたように男爵様から急ぐよう言い付っております。ご容赦願えませんか?」

「親父には上手く言っとくからよぉ。四の五の言わねぇで渡しゃいいんだよ」


 リンデは馬から降り、オニキスに近寄った。

 御者席にいたマイクと雪丸は、どうするべきか事態を見守っている。

 その時、馬車のドアが開き飛び出した黒い影が、馬車からオニキスを外そうとしていたリンデの手をつかみ取る。


「あんまりお痛が過ぎると、お仕置きするわよ」

「なんだ、てめえ!? あれ、結構いい女じゃん。フクロウ、馬はいいわ。こいつをもらう」


 そう言いながらリンデはカミュの腕を振り払おうとするが、彼の腕は微動だにしない。


「ごめんなさいねボク。私、あなたみたいな躾のなってない子供は好みじゃないの」

「誰がガキだ! お前ら手伝え、この女、引ん剝くぞ!!」

「リンデ様、こんな往来でやるの? 好きだねぇ」


 カミュの周りに、馬から降りたリンデの取巻きが、下卑た笑いを浮かべて集まる。


「フクロウ! この女に動くなって命令しろ!!」

「そう言われましても、私は男爵様からリンデ様の要望を受けるようにとは、命じられておりませんので……」

「チッ、融通の利かねぇ奴だ。このことは親父に言っとくからな! 全員で女を押さえろ!」

「後で味見させてくださいよ」

「分かってるよ。俺が飽きたらな」


 御者台から凄みのある笑顔で雪丸が問いかける。


「カミュ殿、助太刀は必要でござるか? 拙者、先ほどの苛立ちを紛らわしたいのでござるが……」

「分かったわ。半分お願い」

「承知」


 カミュの返事を聞いて、雪丸が御者台から降り立つ。


「さて、お坊ちゃま。躾の時間でございます」

「なんなんだ。この女は……」


 カミュの迫力に押され、取巻き達は剣を抜いた。

 それを機に、カミュはつかんでいたリンデの腕を捻り投げ飛ばす。

 なにが起きたか理解できないまま、リンデは地面に叩き付けられ意識を失った。

 取巻きが我に返るより早く、カミュは一番近くにいた男の鳩尾に掌底を放つ。

 男が呻いてうずくまるのを見届けることなく、隣の男の顎を拳で打ち抜く。

 膝から崩れ落ちるように男は倒れた。


 その横では雪丸が斬り込んできた男の腕を抱え込むように投げ飛ばしている。

 背後を見せた雪丸の背中を切りつけようとした男の腕をとり、雪丸は男の背中側で体をひねりながら後頭部を肘で打ち付けた。


 馬車の中ではロランが窓からその様子を眺めていた。


「雪丸が戦っているのはギルドで見たが、カミュが戦っている所は初めて見たな。報告書に目は通していたがあれほど強いとは……」

「子爵様もそう思いますよね。でも本人はちょっと剣が使えるだけの、普通の女の子だと思ってるんですよ」

「剣というか、今は素手だがな。二人とも見事だ」


 残りは二人、カミュと雪丸が残った者に近づくと、彼らは怖気づいたように後退った。


「さっきまでの威勢の良さはどこへいったのかしら」

「婦女子を手籠めにするなど、男の風上にも置けん奴らでござる」

「てめえら、男爵のご子息、リンデ様にこんなことして唯ですむと思ってんのか!?」

「そのリンデ様は、もうお休み中のようだけど?」

「クソッ!!」


 リンデを置いて逃げる訳にもいかないのか、取巻きの二人はカミュ達から距離を取り腰から銃を抜いた。


「雪丸さん、気をつけてあれは飛び道具よ」

「噂の銃というやつでござるな」

「動くな!! こいつは人くらい簡単に殺せる代物だぜ!!」

「あれは単発式、弾は一発よ。射線から外れるように動いて」

「承知した」

「行くわよ」

「おう!」


 カミュは斜めにステップを踏むように取巻きに近づいた。

 雪丸は這うような姿勢で、一気に距離を詰める。

 カミュの対峙した男は、不規則な動きに照準を合わせることが出来ず、気が付けば銃を持った手を捻り上げられそのまま投げ飛ばされた。

 雪丸と対した男は、スピードについて行けず、すれ違いざまに放たれた拳が顔面に食い込み地面に叩き付けられた。

 結局、二人とも発砲さえ出来ずに地面に転がった。


「スッキリしたでござる」

「多少、溜飲は下がったわね」

「して、こやつらはどうするのでござるか?」

「このまま放置すると男爵になにか言われそうね」


 カミュと雪丸が地面に転がったリンデ達を見て話していると、茂みの中から見覚えのある男達が歩み出てきた。


「あら、あなたは……」


 一昨日の夜、カミュたちを襲おうとしていた男達だった。

 先頭に立つ皮鎧の男がカミュに話しかける。


「あんたら、こいつが誰か分かっているのか?」

「リンデでしょ、男爵の息子の?」

「それなら、こんな事をしたらどうなるかも分かってんだろ!」


 男の声を聞いてロランが馬車から顔を覗かせた。


「ふむ、カミュ、やってしまったな」

「すいません。我慢できなくて……」

「仕方がない。オニキスを奪われる訳にはいかんからな。そうだお主ら、どこか身を隠す場所はあるか?」


 ロランは馬車から降り、皮鎧の男に話しかけた。

 デイブが慌てて横に立つ。


「あるにはあるが……」

「では、一つ頼まれてくれぬか」

「何をしろっていうんだ?」

「リンデの取り巻きを、殺さずしばらく閉じ込めておいて欲しいのだ。無論、金は出す」

「閉じ込めてって。そんなことしたところで、いずれ捜索隊に見つかっちまう。そんな危ない橋渡れるかよ」

「それほど長い時間ではない。せいぜい一週間もあれば事足りる。全員を馬車で運ぶ事は出来ん。リンデは我々で連れて行くとして、なんとか頼めないだろうか?」


 男は思案しているようだ。

 ロランは急かすことなく、男の返事を待った。


「……一週間だな? あんたにぁ飯の恩がある。やってやるよ」

「そうか、感謝するぞ」


 やり取りを聞いて、他の連中がざわついたが、先頭の男が黙らせる。


「いいか、それ以上は責任は持たない。一週間が過ぎればこいつらを街道にでも放り出して、俺たちゃトンズラするからな」

「ふむ、それでよい。もし見つかりそうなら、一週間と言わず逃げてくれ」

「随分と緩い仕事だな。それに俺達がアンタらを売るとは思わないのかい」

「そうなったら、私の見る目がなかっただけだ」

「へっ、アンタ気に入ったぜ。俺はレオン。今はこいつらの頭目をやってる」

「私はロランだ」

「ロラン……どっかで聞いた名だな。まぁいいか。じゃあ一週間だぞ」

「うむよろしく頼む。デイブ、彼らに金と食料を渡してくれ」

「分かりました」


 デイブは彼らに金と食料を渡した。

 取巻きが持っていた銃は、全て取り上げて、身柄をレオンに引き渡した。


「ではな、縁があればまた会おうレオン」

「じゃあな、あばよ」


 彼らはリンデ達が乗っていた馬に取巻きを乗せて去って行った。

 リンデから銃を取り上げて(リンデは二丁、下げていた)縄で縛り隠しスペースに放り込む。

 カミュたちは馬車に乗り込み、子爵領を目指して街道を急いだ。


「すみません。荷物が増えちゃいましたね」

「リンデも悪事を働いていたようだし、城で拘留すればよかろう」


 ロランがそう言うと、フクロウが口を開いた。


「あの連中には一週間と言っていたが、そんな短期間で男爵をどうにかできるのか?」

「根回しは終わっておる。後は決定的な証拠さえあれば良かったのだ。中々証拠がつかめない内にずるずると時間だけが過ぎてしまった」

「そうか……」

「昨日も話したが、侯爵の事は少し時間をくれ」

「それは心配していない。短期間だがお前がどういう人間か大分、分かったからな」


 二人が話していると、隠しスペースから声がする。

 リンデが目を覚ましたようだ。


「ここから出せ!! フクロウ、てめぇふざけてんじゃねぇぞ!!」


 暴れているようで、床板を蹴りつける音がする。


「うるさいわね。もう一度眠ってもらいましょうか?」

「そうですね。男爵領を出るまでは大人しくしといてもらわないと」


 デイブと話しカミュが馬車の床板を持ち上げる。

 リンデは床から上半身を起こし、カミュを見つけると睨みつけ喚いた。


「お前ッ!! 唯の侍女が俺にこんなことして許されると思ってんのか!!」

「はいはい、いい子だからもう少しお寝んねしていてね」


 カミュはリンデの後ろに回り、首に腕を絡めた。


「何しやがる!!」


 腕でリンデの頸動脈を締め付ける。

 僅か数秒でリンデは大人しくなった。


「衛兵たちは静かね」

「彼らは薬で眠らされています。今日一日は起きないでしょう」

「その薬は無いの?」

「あれは諜報部しかもってないんですよ。使い方を誤ると危険だし……」

「はぁ、いちいち騒がれると面倒ね。とりあえず猿轡でもかましておきましょうか」


 カミュはリンデに猿轡を噛ませ、床板を閉じた。

 その間も馬車は街道を進んでいく。


 カミュは、少しの間離れただけなのに、活気に溢れ穏やかな人達の住むミダスの街に早く帰りたいと感じていた。

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