執務室
執務室の前にたどり着いた。ここまで衛兵と出会う事は無く、計画は順調なようだ。
カミュはマイクに鍵の開錠を頼み、隊長たちにはそのまま、巡回をしてもらうよう言って彼らと別れた。
実際には五分ほどで開錠出来たのだろうが、見つかることを危惧しながら待つ事はカミュにとってひどく長い時間に感じられた。
「開きました」
「いいわ。早速、中を探りましょう」
二人は室内に入り、最初にカーテンを閉め、部屋に明かりを灯す。
部屋は掃除が行き届き、埃一つ落ちていなかった。
その後、フクロウが示した情報に従って執務室を探索した。
ロランが書き起こした見取り図は、男爵の大まかな動きと行動しか書かれていない。
見取り図に従い、初めに部屋の東、机の横の本が収められた書棚をマイクと二人で調べる。
調べるうちにカミュは同じ背表紙の本が並んでいるが、一冊だけ背表紙の頭が色あせているのに気付いた。
彼女がその本を取り出そうと手をかけ引っ張ると、本は取り出せず途中で止まり、室内に何かの仕掛けが動く音がした。
カミュは本を戻し、マイクに呼び掛ける。
「これがスイッチだったみたい。次に行きましょう」
「了解です」
二つ目は北側だ。
男爵はここでしゃがんで何かしていたらしい。
北側には調度品の置かれた棚が並んでいる。
マイクがしゃがみ込み棚の下を探ると、スイッチらしき突起が棚の底に仕掛けられていた。
彼がそれを押し込むと、再度仕掛けが動く音がした。
二人は、三番目、西側のドアに面した壁に向かった。
こちらには沢山の絵画が飾られている。
男爵は壁の中央付近で何かしていたようだ。
二人で絵を調べていく。
豪華なサファイアの指輪をつけた女性の肖像画だ。
その指輪部分だけが質感が違うことにカミュは気付いた。
指輪部分は何度も触られたためか光沢を帯びている。
二人は頷き合い、カミュが指輪部分を人差し指で押し込んだ。
すると、室内に一際大きく何かが動く音が響いた。
南側の壁の一部がスライドして、隠し部屋の入り口がぽっかりと開いていた。
三つを順番通りに押さないと扉は開かない。なかなかに凝った仕掛けのようだ。
カミュはマイクと二人隠し部屋に足を踏み入れた。
壁にあった備え付けのランプに火を灯す。
部屋は東西に細長い作りで、南北の幅はカミュが手を広げたほどの大きさだ。
南側の壁には壁一面に棚が備えつけられ、書類が紐で綴じられ置かれている。
カミュは一つを手に取り、中を確認した。
どうも商人からの付け届けに関する帳簿のようだ。
カミュにとっては、見たことも無いような金額が記入されている。
帳簿を戻し、部屋の中を見回すと東側の奥に大型の金庫が据えられていた。
「マイク、開けられる?」
「ラルゴの所の物と比べると旧式ですね。これなら楽勝ですよ」
マイクは聴診器を取り出し、金庫のダイヤルと格闘を始めた。
カミュは金庫があくまで手持ち無沙汰になり、他の書類も見てみる事にした。
税に関してまとめた書類がある。
手に取り中を確認すると、街や村の税収に関して記されていた。
それぞれの地域の収入とそれに対する税収が書かれている。
収入に対しての税の割合がおかしい。
ある村など、七割近くこまごまとした税を掛けられ徴収されている。
これでは生活など成り立つはずがない。
カミュは男爵領の住民たちが、やせ細り鶏ガラのようだったことを思い出した。
それに対して男爵は丸々と肥え太っている。
彼女はそのことに怒りを覚えた。
「カミュさん、開きました」
カミュの怒りを冷ますように、マイクの声が届いた。
彼女は金庫に近づき、マイクの肩越しに金庫の中を覗き込んだ。
金庫の中には、指輪や首飾りなどの貴金属の他、封書などが保管されていた。
「なにか、目ぼしいものはあった?」
「この書簡にはカールフェルト侯爵の紋章が封蝋に押されています。中を確認しましょう」
マイクが封筒の中身を取り出し、書かれている内容を確認する。
「これには銃器の製造を急ぐよう、男爵に向けての指示が書かれていますね。他を探りましょう」
マイクが他の封書に手を伸ばした時、執務室のドアがノックされた。
カミュはマイクにそのまま作業するように伝え、隠し部屋を出てドアに近づき耳をそばだてる。
「ジョンです。状況はどうなっていますか?」
隊長だったことにカミュは胸を撫で下ろした。
「金庫を見つけたわ。男爵を追い詰める証拠を探し出すにはもう少しかかりそうよ」
「了解しました。衛兵たちにはまだ気づかれてはいない様です。しかしハンスの話ではそろそろ交代の時間なのでお急ぎ下さい。では一回りして戻った際は再度ノックいたします」
「分かったわ。急いで作業するわね」
カミュはドアを離れマイクの元に戻った。
「隊長だったわ。マイク何か見つかった?」
「はい、連発式の図面と、侯爵からの書簡の中に帝国とのつながりを示すものを見つけました」
「完璧ね。他には何かあった?」
「はい、これを……」
マイクの手には、ハミルトン商会のレスターが使っていた連発銃が握られていた。
「それは連発銃っ!?」
「恐らく図面と一緒に運ばれたのでしょう」
「この銃の事を侯爵は知っているのかしら?」
「書簡を見る限りでは、そのことに触れられた物はありませんでしたから、知られてはいないと思います」
「よかった……とにかくその銃も持っていきましょう。実物があれば再現されるかもしれない」
「分かりました。これも押収しておきましょう」
「そうだ。それ弾は入ってる?」
「いえ、入っていないようです」
「そう、よかった。倉庫にいたデュカスが暴発がどうのって言っていたのよ」
「えっ! これそんなに危ないものなんですか!? ……あまり持ちたくないなぁ」
「弾が入ってないなら大丈夫よ。たぶん」
「本当でしょうね……」
マイクは銃を布で巻いて、不安な顔で鞄に入れた。
その後、隊長が再度ドアをノックするまで、書類などを調べた。
殆どが金の動きを書き記したものだった。男爵は侯爵から多額の資金を得ていたようだ。
ハミルトン商会以外にも、いくつか資金を提供している商会があるようだ。
カミュは記されていた商会の名前を紙に掻き止めポケットにしまった。
「こんなところかしら?」
「そうですね。男爵を追い込むための証拠としては十分ではないでしょうか」
金庫を閉め、ランプを消し、隠し部屋の扉をしめた。
扉は隠し部屋にあったスイッチを押すと、元通りの壁になった。
二人は侵入した痕跡を丁寧に消し、証拠について確認しているとドアがノックされた。
「ジョンです。調査はまだ続きますか?」
「いえ、もう十分だわ。廊下に出て大丈夫?」
「はい、問題ありません」
カミュとマイクは、隊長たちと一緒にロランたちのいる客室へ引き上げた。
部屋に戻る間に、入れ替わった衛兵たちについて隊長と話す。
「隊長さん、衛兵と侍女について何だけど。ふだん変装した時はどうしてるの?」
「そうですね。いつもは顔を見られないように意識を奪い、薬品で眠らせてこちらの仕事が終われば解放しています。むろんこちらの素性がしれないよう万全の注意ははらいますが……」
「今回は衛兵の一人に、子爵付きの侍女ってバレちゃったからその手はつかえないわね」
「カミュさん、どうするんですか?」
マイクが思案顔で聞いてくる。
カミュは少し状況を整理して答えた。
「隊長さん、諜報部だけで城から出ることは出来る?」
「恐らく可能です。ハンスと二人、脱出経路についてはある程度調査しましたから」
「いいわ。それじゃあ彼ら三人には行方不明になってもらいましょうか?」
「まさか、殺すわけじゃないですよね?」
「違うわ。馬車で一緒に子爵領まで来てもらうのよ。隊長さんたちには変装したまま城に少し残ってもらって、私達とは時間をずらして姿を消してもらう」
「なるほど子爵様と行方不明者の関連性を濁すのですね。分かりました。なるべく粘ってみましょう」
「無理はしないでね」
「承知しております。元々我々は市井に潜伏しての情報収集が主な任務ですからうまく紛れて逃げ出しますよ。では隙を見て衛兵たちは馬車に運んでおきます」
「面倒かけてごめんなさい」
「いえ、これも任務ですので」
隊長たちと客室の前で別れ、メアリーと入れ替わりに室内に入る。
「カミュ、マイク戻ったか。収穫はあったか?」
「はい、子爵様、こちらをご覧ください」
マイクが書類をロランに渡す。
ロランは、図面と書簡を確認し口を開いた。
「よし、侯爵と帝国の関係は追及するにも根回しが必要だな。とりあえずは叔父を追い落とそう。図面がなければ一番厄介な連発式は作れまい。単発式だけでは帝国への土産としては弱いだろうからな。少しは時間を稼げよう。その間にラルゴを締め上げ奴の口を割らせれば、叔父を排除できるはずだ。フクロウ、侯爵については少し時間をくれ」
「ここまで肩入れしたんだ。すこしぐらいは待つさ」
「では明朝、我々に対する暗示が完了したと叔父に伝えよう。皆よいか?」
「ああ、明日はオレの言う通り動いてくれればいい。男爵が無理を言うかもしれんが……」
「そこは心得ておる」
「うまく芝居して、さっさとこの城からおさらばしましょう」
デイブが明るい口調で言った。
その後、カミュは諜報部と入れ替わった衛兵たちの件をロランたちに話した。
「その者たちには悪いが、しばらく城に滞在してもらう事にしよう。他になにかあるか?」
「はい、子爵様、執務室で帳簿をみつけたのですが……」
カミュは男爵領における税の事、ハミルトン商会の他にも、男爵が資金提供している商会がある事をロランに話した。
「七割か、考えられんな。分かった商会の事も含め子爵領に戻り次第、カブラス達と話を詰めよう」
「お願いします」
「ではそろそろ休むとするか」
子爵の言葉にそれぞれ話し合い、見張りの順番を決め、寝室に引き上げた。
カミュはデイブに協力してもらってフクロウをベッドに寝かし、自身は客室のソファーに横になった。
雪丸が向かいのソファーに座り、見張りを務めている。
「雪丸さん、巻き込んじゃってごめんね」
「国の大事にかかわる等、いい経験でござる。お疲れであろう。拙者に任せて休みなされ」
「うん、ありがとう」
雪丸の言葉に張っていた気が緩んだのか、カミュは程なく寝息を立て始めた。
翌朝、フクロウが食事を持ってきた侍女に、仕事が完了したことを男爵に伝えるよう言伝した。
食事を終え程なく、部屋がノックされる。
「フクロウ、男爵様がお呼びだ。謁見室に参られよ」
衛兵の呼び出しを受けてロランたちは謁見室に向かった。




