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剣の娘  作者: 田中
第六章 貴族の誇り
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男爵の館

 翌朝、パンと干し肉で朝食を済ませた一行は、野営後を片付け出発の準備をした。

 出発前に、フクロウがデイブに話しかける。


「デイブ、そろそろカミュを変装させろ」

「了解。カミュさんいいですか?」

「ふう……計画のためだもんね。やって頂戴」

「なにが始まるのだ?」


 疑問を口にするロランにデイブがアルベルトの女好きについて説明する。

 その後、デイブはカミュの口に含み綿を詰め、顔にメイクを施していく。

 程なく、疲れた顔の中年女性が出来上がった。


「どうですか? 皆さん」

「ふむ、老けたなカミュ」

「どこに出しても恥ずかしくない立派なおばさんでござる」

「う~ん。顔は良いですけど、首回りや手が若すぎるのが気になりますね」


 マイクが不自然な点を指摘する。


「デイブ、小箱の中にある塗り薬を使え、それで荒れた肌に見せられる筈だ」

「これかな?」


 デイブは薬を少し手に取り自分の手の甲に塗った。

 しばらくして薬が乾燥すると、かさついた肌のようになった。


「これいいなぁ、次の潜入任務の時に使いたい。ではカミュさん手と首に塗って下さい」

「うぅ、分かったわよ」


 含み綿の所為で、少し活舌悪くカミュが答える。

 薬を手に取り、肌の露出した首回りや手に塗っていく。

 しばらくすると、薬が乾燥しカミュは皮膚が引きつったような不快感を感じた。


「なんか気持ち悪い」

「大丈夫なのか、フクロウ」


 不安を感じたデイブがフクロウに尋ねた。


「長時間使用できるよう、肌に悪い物は含まれていない。皮膚が糊付けされたような、引きつった感じはするだろうがな」

「だそうです。カミュさんすいませんが我慢してください」

「分かったわ。でどうなの。これで男爵の息子からは目を付けられずに済みそう?」

「奴は若い、それも美女が好みのはずだ。全員がお前を見て中年というなら、あいつの食指も動かんだろう。さてデイブ、服の内ポケットに予備の仮面がある、それを俺につけてくれ」

「はいはい」


 デイブはフクロウの懐から仮面を取り出し眺めた。


「敵対している時から思ってたけど、お前悪趣味だな」

「なぜだ!? 通り名を模した素晴らしい出来ではないか!」


「いや、確かに梟なんだけど、色も目の周りは金だし、目は真っ赤だし、悪魔を連想させるんだよな」

「確かに色は派手ね。頭の耳の部分も悪魔の角っぽい」

「頭の大部分は赤でござるし、かなり目を引く色使いでござるな」

「俺も初めて見た時、目立ちたがり屋だなと思いました」

「相手に自身の異常性をアピールするために、派手にしていたのでは無いのか?」


 全員に指摘され、フクロウはうろたえた様に言った。


「……そんなに派手なのか?」

「貴方が作らせたんじゃないの?」

「都で舞台で使う衣装を作っている者に特注したんだ。制作者には梟の仮面を作ってくれとしか言わなかった。俺は形しか分からんからな……そうか派手か……」

「舞台で映えるように派手な彩色をされたのね」

「闇に生きる暗殺者として梟を選んだのだが、そんな目立つ物をかぶっていたとは……」


 落ち込んでいるフクロウの肩に手をおいて、カミュは励ますように言った。


「自分の認識と違っていることなんて、よく有る事よ」

「カミュさん、なんか実感こもってますね」

「……デイブ、口を閉じていなさい」


 デイブは不穏な物を感じ、そっと目を逸らしフクロウに仮面をかぶせた。


「くそっ、この仕事が終わったらすぐに作り直しだ」

「えー派手だから舞台じゃ映えそうなのに。このまま使いましょうよ」


 カミュの言葉にフクロウは深くため息をついた。

 その後、一行はロディアに向けて馬車を走らせた。

 ロディアにほど近い林の中の街道で馬車が止まった。


「マイクどうした?」


 デイブが御者台に座るマイクに声をかける。


「先に潜入していた諜報部の人間のようです」

「分かった確認してくる」


 デイブが馬車をおりて、馬車脇に立っている者たちを確認する。

 カミュも馬車の窓から彼らを伺った。

 男が二人に女が一人の三人連れだ。

 全員町人の様な格好で、背負子に荷物をくくり背負っていた。

 一人がデイブに何か渡している。


「確認しました。彼らで間違いないようです」

「ふむ、では馬車に乗ってもらえ」

「はい。では皆さんお早く」


 デイブに促されて三人は馬車に乗り込む。

 それを確認して馬車は動き出した。

 彼らは三人とも記憶に残りにくい風貌だった。

 三人とも中肉中背、何処にでもいそうで、いざ似顔絵をかけと言われても特徴がなく描きづらいのだ。

 彼らは椅子に座っているロランの前に跪いた。


「諜報部には面倒をかけるな。連絡は行っていると思うが顔合わせをしておこう。そちらの衛視がデイブ。仮面の男がフクロウ。そして侍女の格好をしているのが傭兵のカミュ、御者台の衛視がマイク、侍従がカミュと同じく傭兵の雪丸だ」

「我らは諜報部のロディア担当です。私が隊長のジョンです。彼がハンス、彼女はメアリーです。はて、カミュという方は年若い女性とお聞きしましたが?」


「それには理由があってな。とにかく彼女がカミュだ。それで街はどんな様子だ」

「ハッ、街の出入りは衛兵によりチェックされていますが、賄賂を渡せば入ることが出来ます。ただ城は監視が厳しく我々も入り込むことが出来ませんでした。申し訳ありません。時間を頂ければ詳細な情報も入手できると思いますが」


「いや、急のことだ。分かっている範囲でよい。訓練場はどうだ?」

「そちらはハンスが探っております。ハンス報告を」

「ハッ、兵として潜りこもうとしたのですが、男爵は新兵を募っておらず入り込めませんでした。ただ街の兵の数自体はここ一、二か月で倍の四百名程に膨らんでいるようです。それと恐らく銃と思われる破裂音を確認しました」

「破裂音の話は聞いている。兵の供給元はカールフェルト侯爵と考えて間違いあるまい」


 ロランの言葉にジョンが口を開いた。


「侯爵が男爵に指示を出しているのですか?」

「恐らくな。だが、叔父は指示された事以外もやっていそうだな。どうだフクロウ?」

「俺を雇ったことや、兵士を借り受けた事は男爵の意思だろう。メンデルは子爵領が欲しくて堪らない様だったぜ」


「そちが失敗すれば、銃を使い武力でミダスを乗っ取るつもりか。私を殺し、火急の措置として血族である自分が子爵領、男爵領を運営する。それを侯爵が後押しする」


「たぶんな。帝国の侵略で、中央は地方に目を配る余裕は無いからな。ミダスで作った銃を帝国に流し、王国が滅んだ後は帝国に迎合し、子爵領と男爵領の支配権を認めてもらうという流れか」

「そんなところだろう。帝国相手に考えが甘すぎる感はあるがな。他に情報は?」


 それを受けてメアリーが答える。


「私は酒場の女給として情報を集めておりますが、兵士たちの話を漏れ聞くところでは、子爵様の読み通り、増員された兵は侯爵の手の者で間違いないようです。男爵の子飼いの兵とはそりが合わないようで、どちらの兵も酒場ではよく愚痴をこぼしていました」

「男爵と侯爵の兵を取りまとめているのは誰だ?」

「男爵配下の騎士、ダグエルという男です。あまりいい評判は聞きません」

「以前、叔父と会った時に護衛についていた男だな」


 カミュは戦う可能性も考え、ダグエルについてロランに尋ねた。


「子爵様、ダグエルはどんな男ですか?」

「メアリーの言う様に、余りいい印象は受けなかったな。ミダスに来た時も店でトラブルを起こしたようだ。トラブル事態は金で解決したようだがな。メアリー、そちの聞いた話ではどうだ?」

「ハッ、ダグエルは権力志向が強いようですね。無理難題を言われて難儀した話を酒場で何度か耳にしました。ただ上には受けがいいようです」

「下の者には高圧的で、上には媚びへつらうか」


「武芸についてはどうなのですか?」

「そちらは大したことは無いようです。金で地位を買ったようですね。部下からも軽んじられているようです」

「なるほどな。他に気付いた事はあるか?」


「兵たちが近々遠征があるのではないかと噂しておりました。何でも兵糧や武器を城に集めているらしいのです」

「先ほどのフクロウの話が現実味を帯びてきたな。ミダスを帝国の武器庫にする訳にはいかん。何としても叔父を止めねば。ジョン、計画を説明する」


 ロランはジョン達に計画を説明した。

 程なく馬車はロディアにたどり着いた。

 ジョン達には彼らが用意した兵士の装備に着替えてもらい、馬車の床に備えられていた隠しスペースに身を潜めてもらった。

 ロランが改造を命じたわけではなく、元々ラルゴが密輸のためにあつらえた物だったらしい。


 ジョンの情報通り、衛兵に賄賂を渡すことで街には容易に入り込めた。

 城下町はミダスとは打って変わって、暗く沈んでいた。

 貴族街を抜けると、男爵の城が見えてきた。

 子爵の城とは違い、ごつごつとした石造りの城は、伝え聞く男爵の為人も重なってカミュには暗く感じられた。

 大きさは子爵の城より二回りほど小さいようだ。


 城門前で馬車を止め、城の衛兵に窓からフクロウが声をかける。


「男爵様にお取次ぎ願いたい。フクロウが献上の品をお持ちしたとお伝え頂ければ、お分かりになるはずです」

「分かった。少し待て」


 衛兵は馬車を待たせ、城門の脇の扉から城の中へ消えた。

 しばらく待つと城門が開き、先ほどの兵が中に進むよう指示してくる。


「このまま真っすぐに進め。男爵様は本邸でお待ちだ」

「ありがとうございます。進んでくれ」


 フクロウは御者台に座るマイクに指示を出す。

 マイクは言われた通り馬車を進めた。

 男爵の館は城の敷地内の中央にあり、華美な装飾が施された二階建ての建物だった。

 本邸の前で馬車を降り、デイブと二人、カミュはフクロウのための車椅子を準備した。

 フクロウを車椅子に乗せ、短い階段の先にある大扉の横に立つ衛兵に声をかける。


「フクロウ様をお連れしました」

「男爵様がお待ちだ。さっさとしろ。御者は厩に馬車を回せ」


 衛兵は威圧的な態度でカミュたちを促し、扉を開ける。

 デイブと雪丸で車椅子を持ち上げ、階段を上がり、置かれた車椅子をカミュが押して本邸の中に入った。

 マイクは指示通り、馬車を敷地内にある厩に移動させた。


 邸内は入り口を入るとロビーが広がっており、正面に大きな扉が見える。

 その脇には緩やかなカーブを描きながら、階段が吹き抜けの二階に通じていた。

 ロビーには彫像や絵が飾られていたが、数が多く方向性もバラバラで、とにかく高いものを並べましたという雰囲気だった。

 その成金趣味の本邸ロビーで鎧を着た男が、フクロウにニヤ付きながら声をかけてきた。


「フクロウ殿、大口をたたいていた割には情けない格好だな」

「これはダグエル様。お恥ずかしい限りです。しかし子爵をお連れすることは成功しました」


 ダグエルと呼ばれた男は、フクロウの横に立つロランに目を向けた。


「確かに子爵だ。暗示をかけているのか」

「はい、しかし敵地での事。術の掛かりが薄く早急に掛けなおす必要がございます」


 フクロウが打ち合わせ通りに返答する。

 そこに二階から年若い男の声が響く。


「ダグエルそいつらは?」


 二階の吹き抜け、正面の扉の上に数人の男がいた。

 皆、十代だろう。声の主は中央の人物のようだ。

 男の問いにダグエルが答える。


「リンデ様、男爵様の命を受けていたフクロウです。子爵を連れて戻ったのです」

「そのガキがロランか。マジで子供じゃん。ん? 女もいるのか?」


 リンデと呼ばれた男は、取り巻きを連れて階下に降りフクロウたちに近づいてきた。

 全員、金糸の入った上等そうな服を着て、指輪やネックレスなど装飾品をジャラジャラとつけている。

 リンデはロランと同じく金髪で青い瞳、顔は整っていたが、その言動や仕草からは下卑たものが感じられた。

 彼はカミュを値踏みするように見て、首をふりながらフクロウに言った。


「んだよ、ババァじゃんか。フクロウよぉ、子爵家にゃ若い女もたくさんいただろうが連れてくるなら美女を連れて来いよ」

「申し訳ありません。この有様でして、選り好みする余裕がございませんでした」

「んで、こいつがロランか。生意気そうなガキだぜ。さっさと父上に爵位をゆずりゃ俺ももっと贅沢できたのに」

「子爵を操りミダスの実権を握ればお望みは叶いますよ」


 リンデはよろしく頼むぜとフクロウに言い残し、取り巻きを引き連れ本宅を出て行った。

 彼と入れ替わりに、馬車をまわしていたマイクが戻り、一行に加わった。

 ダグエルが一行を正面の扉の前に促す。


「男爵様、フクロウを連れてまいりました」


 ダグエルの呼びかけに扉が開き、中に入るよう促される。

 カミュは車椅子を押して室内に入った。

 どうやら謁見室のようだ。ロビーと同様、絵画や彫像が所狭しと飾られている。

 これ一つで村人の何人が飢えずに済むのだろうか。

 カミュは部屋を見ながらそんな事を考えた。

 壇上の椅子に座る男がメンデルだろう。

 リンデと同じく金髪碧眼で、年齢は四十代前後、髭を生やし丸々と太っていた。


「フクロウ、良く戻った。その椅子はなんだ?動けぬのか?」

「男爵様、ご無沙汰しております。子爵の部下に手練れがおりまして不覚を取りました。この衛視二人です。術を掛け配下におきましたので、今後は駒として使えるかと」

「そうか。してラルゴはどうした?」

「はい、ラルゴ・ハミルトンは衛視によって捕らえられました」

「何だと!?」


「ですがご安心を、私を恐れて市井に潜んでいた子爵を操ることに成功しました」

「本当か!? でかした!!」

「はい、ありがとうございます。子爵を通して指示を出せば、捕らえられたラルゴもすぐ釈放できるでしょう」

「いや、ロランが手の内にあるのならラルゴはもう不要だ。それよりロランはもう言う事を聞くのか?」

「いえ、ダグエル様にはお話したのですが、術の掛かりが浅く掛けなおす必要がございます」


「その体で出来るのか?」

「はい、多少時間はかかりますが、そちらは問題ございません」

「急げ。侯爵様より急かされておる。ロランを操り、ミダスを銃製造の武器工場にする計画だ」

「承知しております」

「部屋を用意させよう。取り急ぎロランを操ることを優先せよ。下がってよい」

「はい、では失礼いたします」


 部屋を退出し、侍女の案内で一階の客間に通された。

 その部屋も、絵画と彫像にあふれていた。


「こちらでございます」

「ご苦労。術に集中したい。しばらくは誰も通さないでくれ」

「畏まりました」


 侍女が部屋を退出し、部屋にはカミュたち六人が残された。

 カミュ達は部屋が盗聴されていないか、手分けして確認した。


「大丈夫だとは思いますが、慎重にいきましょう」


 デイブが皆に声をかける。ふと思いついたカミュはフクロウに問いかけた。


「フクロウ、自慢の耳で何か聞こえる?」

「いや、部屋の周りに人の動きは感じられない。陰謀を巡らせておいて不用心なことだ」

「しかし、初めて会った時もそうだったけど、お上品に話すわね」

「あれは客用だ。こっちが本来の俺さ」


 カミュたちが話していると、ロランが全員を見渡し口を開いた。


「さて、ここまでは計画通りだな」

「そうですね。しかし豪華というか。金はかかっていそうだけど下品ですね」


 デイブが部屋を眺めて感想を漏らす。


「とりあえず、諜報部が接触してくるまでは待機だ。マイク、馬車は怪しまれていなかったか?」

「はい。子爵様、そちらも特に警戒はされていないようです。オニキスたちは厩につないで、馬丁にまかせてきました」

「ふむ、後で様子を見に行ってくれ」

「分かりました」

「フクロウ、何か気付いたことはあるか?」

「そうだな、ダグエルとリンデと取り巻き、それに男爵は銃をさげているな。全員火薬の臭いがした」

「戦闘になると厄介だな。他の者はなにか気付いたか?」


 カミュは兵たちの動きをみて気付いた事を口にする。


「兵士の練度はそんなに高くないと思います。ダグエルという男も大した腕じゃありません」

「拙者もそれは感じたでござる。傭兵ギルドのメンバーのほうがよっぽど手ごわいでござる」

「そうか。正規兵でそのレベルとは、この館と同様、外見を繕っただけのようだな」

「まあ全てを見たわけじゃないから、油断は禁物ですけど」


「デイブ達はなにかあるか?」

「そうですね。パッと見ただけなので断言はできませんが、謁見室には隠し部屋、もしくは隠し通路がありそうです」

「当然だろうな。逃走の際使えるかもしれんな」


「マイクはどうだ?」

「厩には馬車が何台かありました。多頭引きの頑丈な作りでした。おそらく兵の移動に使う物だと思います」

「クーデター用か」

「多分そうだと思います。外側は木製でしたが、叩いてみると中に鉄板が仕込まれているようでした」


 ロランは全員の意見を聞き頷いた。


「とりあえず、現状で分かったことはこんなところか。では今は出来る事も無い。諜報部が来るまで休んでくれ」

「分かりました」


 ロランの言葉を受けて、各々が隠して持ち込んだ装備の点検などをして、諜報部の接触を待った。

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