フクロウとの戦い
ロランがステラに逗留してからの日々は慌ただしく過ぎた。
フクロウを追い込むまでは、動きようがない為、忙しいのは逆に好都合だった。
初日は特に何もなく過ぎた。
ロランは雪丸に旅の途中の話を聞いていた。
象という鼻の長い巨大な生き物の話や、地中から湧き出す燃える水の話、砂漠で見た空に浮かぶ幻の街の話などを、興味深く熱心に聞いていた。
二日目には図書館の研究者、タチアナが訪れたので、カイザス工房を彼女と訪ねた。
その際、ロランも鍛冶工房を見たいというので、思いがけずデイブ達も含め大人数で行くことになった。
カイザスは刀づくりに苦戦しているようだった。
なんでも切れ味と折れにくさを両立させるのが、難しいそうだ。
ロランは知識では知っていても、実際には初めて見る鍛冶を興味深そうに眺めていた。
タチアナとクリフは早速、緑光石を使って合金化を試していた。
カミュがクライブに言われた防具の話とフクロウに殺害された衛視の話をすると、出来上がった合金で、防具を試作してみると言っていた。
アルバは女将さんに気に入られたようで、貴族における男女の話をせがまれていた。
雪丸は修繕に出していた武具を受け取り、その出来栄えに満足そうだった。
翌三日目、雪丸がギルドに行くという。
カミュはロランの事を考えどうするか迷ったが、ロランも雪丸の試合を見たいと言ったので、デイブ達と一緒について来てもらうことにした。
アルバは女将さんに呼ばれているらしく、その日もカイザス工房へ出かけて行った。
ロッツと雪丸の試合は、雪丸の打ち込みに耐えきれず、ロッツが剣を取り落とし雪丸の圧勝となった。
雪丸は泣き崩れ、興奮したロランが駆け寄り雪丸を讃えていたのが印象に残った。
デイブ達も雪丸の技に目を見張っていた。
四日目、雪丸はギルドで仕事を斡旋してもらったため、一人仕事に出た。
一番近い村までの街道で、追剥が出るらしい。
彼の見た目が良い方に転んだようで、夕方には賊の一味を捕らえミダスに戻って来た。
カミュはクリフから連絡が来たので、ロラン達を伴って工房に向かった。
工房では試作した防具を着て、クリフが微調整を行った。
防具は動きを阻害しないような、部分鎧だった。
クリフはフクロウの話から、首を守るように襟のついた胸当て、腿まである目の細かいチェーンメイル、小手に脛あてを用意してくれていた。
見た目よりかなり軽く、薄い緑色で金属の光沢をもつ鎧は、カミュの赤い髪によく似合った。
そして五日目、アインからフクロウの潜伏できそうな場所を、ほぼ潰したと連絡が入った。
カミュたちはステラの大部屋でアインと話し合った。
話し合いにはロランたちに加え、雪丸にも参加してもらった。
「今フクロウがいるのは、ハミルトン商会が所有していた屋敷です。諜報部隊にも確認が取れています」
デイブがアインに問いかける。
「隊長、フクロウの他にも荒事に慣れた連中はいるんですか?」
「屋敷には数は数名だが、ハミルトン商会が雇った私兵がいる。銃を装備してるから注意が必要だ」
カミュも気になっていたことを聞いた。
「そこにラルゴもいるの?」
「ああ、どうやら男爵領に逃げ込もうと画策しているみたいだな」
ロランが口を開く。
「逃すわけにはいかん。計画通り場所の情報を流そう。場所は……ふむ、どこか良い場所はないかな?」
ロランの問いにカミュが答えた。
「ワイバーンのアジトだった砦はどうでしょう」
「なるほど、あそこなら多少派手にやり合っても、周囲に迷惑がかかることは無いだろう」
カミュの提案にアインが頷く。
「ロイ様は宿に残ってもらって、私とデイブ、マイクの三人で待ち受けることにしましょう」
「何!? 私も行くぞ!」
「ロイ様、貴方が出向かなくても、情報だけ流せば十分です」
「むぅ……しかし……」
「長というものは、配下に命じて吉報を待つものです」
「……そうだな、足手まといは大人しくしていよう」
「アイン、じゃあそういう手はずでお願い」
「分かった。フクロウはラルゴを連れて動くとは思えん。おそらく単独で行動するだろう。奴が動いたら、連絡を入れる。こちらは衛視隊でラルゴたちを押さえよう」
カミュは雪丸に目を向け口を開いた。
「雪丸さん、貴方にはロイ様の、いえ子爵様の護衛を頼みたいの。お願いできる?」
「子爵様!? 貴族のご子息と聞いていたが、子爵とは……」
「ごめんなさい。ロイというのも咄嗟に出た偽名で、本当はロラン様。この街のご領主よ」
「なんと、ご領主様というと、あの図書館を作った……あい分かった。拙者が命に代えてお守りいたそう」
「雪丸さん、ありがとう」
「なに、ロイ゛…ロラン様はよき御子であるしな。カミュ殿には返しきれぬ恩がある。お気に召さるな」
「お願いします」
話を聞いていたロランがカミュ達に声をかけた。
「決まったようだな。カミュ、雪丸。二人には面倒をかけるが、よろしく頼む」
「はい、お任せください」
「ロラン様、護衛はお任せあれ」
「うむ、感謝する。アイン、ラルゴの方は任せる、必ず生け捕りにせよ。ラルゴから叔父につなげ彼を表舞台から退場させたい」
「心得ております」
「頼んだ」
アインはロランに敬礼を返した。
「じゃあ、早速取り掛かりましょうか」
部屋を出ようとするカミュをアルバが呼び止めた。
「カミュさん、暗示の件ですが」
「なにか問題があるの?」
「フクロウが強力な薬を使う事も考えられます。その際はこちらをお使いください」
アルバはそう言って、小瓶をカミュに渡した。
「解毒剤です。本来は薄めて使うのですがそれは原液です。少し嗅ぐだけで薬効が出るでしょう。劇薬ですので取り扱いにはご注意を」
「分かったわ。ありがとう」
貰った小瓶を腰の袋に入れる。
「ご無事なお戻りをお祈りしております」
カミュはアルバに再度礼を言って、大部屋を出て自室に戻り、クリフにあつらえてもらった防具を身に着けた。
デイブとマイクを伴い、ワイバーンのアジトだった砦を目指す。
デイブ達も前回、衛視が殺された事を受け、装備を軽装から重装に切り替えていた。
砦は封鎖されていたが、内部は以前来た時と変わっていなかった。
カミュたちはかつてルカス達がいた部屋で、連絡を待った。
「カミュさん、僕ら三人でフクロウを捕縛できるんでしょうか?」
不安げにマイクが言った。
「あいつは自分の技に絶対の自信を持っているはず、そこを突けばチャンスはあるわ」
「アルバさんの術で対抗できればいいんですけど…」
デイブも不安げだ。
「大丈夫。彼女を信じましょう」
「…そうですね。子爵様のためにも必ず奴を捕まえないと」
カミュは頷きそれに答えた。
日も陰り夜の気配も差し迫ったころ、カミュたちの待機する部屋がノックされる。
「どうぞ」
カミュが答えると粗末な服を着た男がドアを開けて入って来た。
「カミュ殿ですね? 私はカブラス様配下の者です。フクロウが動きました。動いているのは奴一人です。もうすぐ此方にやってきます」
「そう、連絡ありがとう。デイブ、マイク。お出迎えしましょうか」
「はい!」
カミュたちは部屋を出て、ルカスと対峙した中庭に出た。
諜報部隊の男はご武運をと言い残して姿を消した。
それほど時を置かず、砦の城壁の上にフクロウの仮面の男が姿を現す。
「これは皆様、お揃いで。ショーの開始をお待ちいただいていたようですね」
「フクロウ! この前みたいにはいかないわ!」
「勿論でございます。今回はあのような小手先の術では御座いません。ごゆるりとお楽しみください」
フクロウは慇懃に頭を下げると、ゆっくりと頭を上げ左手を持ち上げた。
開いた手には指の間にクルミ程の玉を持っている。
フクロウはその球を高く放り上げた。
閃光が走り、夕やみを明るく照らす。
目が眩んだデイブとマイクがうめき声をあげる。
カミュがフクロウに視線を戻すと、その姿は城壁の上から消えている。
素早く周囲を見回す、カミュは左手に信号の閃きを感じて、剣を抜き放った。
カミュの剣をフクロウのナイフが受け止める。
「私の姿が見えているようですね」
「貴方の術はもう効かないわ」
「私の術は以前お見せしたものだけでは、御座いませんよ」
フクロウは後ろに飛び跳ねながら左手を振る。
以前、衛視の命を奪った刃物が薄闇の中カミュを襲う。
カミュは剣を振るい放たれたナイフを叩き落した。
「やはりお強い、ではこれはどうですか?」
フクロウはそう言って何処からか杖を取り出した。
カミュが一瞬杖に気を取られた隙を狙って、フクロウが再度左手を振るう。
投げられた何かが爆発し、周囲が濃い煙に覆われた。
煙の中にいくつも人影の様なものが浮かぶ、しかし信号を発している物を見分ける事が出来るカミュには無駄だった。
デイブとマイクが発する信号が見える。
マイクに近寄る信号に向けて、カミュは剣を振るう。
「何!?」
煙に紛れるように移動していた反応が、カミュから距離を取るように遠ざかる。
「なぜ、効かない視界の中で私の場所が分かるのですか!?」
「それはこっちのセリフよ。貴方こそなんで分かるのよ?」
「奇術師がタネを明かすと思いますか?」
「それはそうね」
カミュは信号に向けて礫を放つ。
金属音がして、信号が移動する。
信号の左手が動いたのを見てカミュは剣を振るった。
放たれた五本のナイフのうち、四本はなんとか弾いた。
落とし損ねた一本が首筋に迫ったが、鎧がそれを防いでくれた。
クリフに感謝しながら、信号に肉薄し剣を振る。
受け止めた杖をからめとり、弾き飛ばした。
仮面の男の喉元に剣を突き付ける。
「抵抗をやめて大人しく捕まりなさい」
風で煙が晴れてゆく。
周囲には人を模した風船が風に揺れていた。
喉元に剣を突き付けられ、両手を上げた燕尾服の男の姿があらわになった。
デイブとマイクはカミュの後ろで、呆気に取られている。
「お見事。まさかこれほどの手練れとは」
軽口を叩く男の表情は、仮面に覆われ窺い知る事は出来ない。
「もう逃げられないわ。観念する事ね」
カミュの言葉に反応したのか、男の体が小刻みに震えている。
「クククッ……」
男は笑っていた。
カミュは訝し気に眉根をよせる。
「いや失敬。このような田舎町で、あなたの様な優秀な方に出会えるとは思っていませんでした」
「それはどうも」
「優秀な人材は意識を保った状態で、手駒に加えたかったのですが……そうもいかない様ですね」
フクロウの右手が奇妙な動きを見せる。
その瞬間、彼の体からガスのようなものが噴出すた。
驚いた拍子に、カミュは少しガスを吸ってしまった。
急いで口元を抑え、フクロウから離れる。
「フフフッ。もう手遅れです。その証拠に手足の自由が効かなくなって来たでしょう。ご安心をそのうち、考えることも出来なくなります」
フクロウの言うように段々と手足がしびれてきている。
「カミュ……さん」
後ろにいたデイブのかすれた声が聞こえるが、もう振りむくことも難しい。
「あまりこれは使いたくなかったのですが、致し方ない。貴女とまともに戦っても勝てる気がしませんから」
笑いを含んだ声でフクロウが言う。
カミュは腰の袋から、アルバにもらった小瓶を取り出そうとするが、手がいう事を利かない。
何とか取り出した小瓶は、カミュの手をすり抜け、地面を転がった。
「無駄なあがきはお止しなさい」
フクロウが近づき、小瓶を拾い上げる。
「これは、解毒剤ですか?」
フクロウは小瓶を手に取り耳元で振っている。
カミュは渾身の力で小瓶と一緒に取り出した小石を弾いた。
狙いたがわず、石はフクロウの手の中の小瓶を砕いた。
解毒剤が周囲に飛び散り、フクロウの仮面と燕尾服を濡らした。
強烈な臭気が辺りを包み込む。
フクロウは、叫び声をあげてクスリのかかった上着と覆面を脱ぎ捨てて、カミュたちから離れた。
「何だこれは!?」
フクロウは膝をつき、口元を押え喘ぎながら言う。
「なるほど、煙の中でも場所が分かったのは音と匂いで判断していたのね」
口元を布で覆ったカミュがフクロウに声をかけた。
「貴様! 何をした!?」
顔を上げたフクロウの両目は傷でふさがっていた。
その顔は火傷の痕なのか、半分が崩れている。
火傷の無い右側が端正な分、それは余計に痛々しく見えた。
「音を聞いて飛ぶのなら、フクロウというよりは蝙蝠ね」
「おのれぇ……元々、手駒にして有効活用する予定だったが、この顔を見られた以上一瞬たりとも生かしてはおけぬ」
フクロウが腕を振ると両手に大振りのナイフが現れた。
ナイフには黒く粘りのある液体が滴っている。
「死ねぇ!!」
フクロウの動きは鋭かったが煙が晴れ、その動きを視認できるカミュにとっては遅すぎた。
襲い掛かってくるフクロウのナイフを根元から断ち切り、両手両足の腱を断つように剣を操る。
フクロウは勢いのままカミュの横を駆け抜け、糸の切れた操り人形のように倒れこみ地面を滑った。
「グオオオォ!」
カミュはフクロウに近寄り、彼の口に口元を覆っていた布を丸めて突っ込んだ。
さらにその上から口を布で縛る。
「貴方には生きていてもらう。そして知ってる限りの男爵の計画を話してもらうわ」
「ヴゥゥウァ!!」
フクロウは口をふさがれていても何か喚いていたが、カミュは無視して彼を拘束した。
着ていた外套をかけ、フードでフクロウの顔を隠した。
それで観念したのかフクロウは喚くのを止めた。
匂いに顔をゆがめながら、デイブとマイクの様子を確認する。
彼らは何とか体を起こして、カミュに声を返した。
「ゴホッ! ……なんとか、体が動くようになってきました」
「しかし、ひどい匂いですねぇ」
「そうね、薬をくれたアルバさんには感謝しているけど、この匂いはいただけないわ。さっさとフクロウを連れて引き揚げましょう」
「賛成です」
三人はマイクが持参していた袋にフクロウが使った武器や服を回収し、フクロウを連れて砦を後にした。




