67話 忌み子の末路
知らないといけない
それが挫折だろうと
それが絶望だろうと
side 霊夢
「お兄……ちゃん……?」
その一言で、私の心の中に燻っていた疑問が氷解した。
いきなり神社を明け渡せと出会い頭に言い放った守矢神社の巫女・東風谷早苗は、神社の階段を上ってきた寺子屋の教師・獅子王兼定さんの顔を目の当たりにして呟く。
第三者視点の魔理沙は目を丸くして絶句しているが、紫苑さんの方は妙に納得したように頷いていた。
見つめ合っている二人の接点が多いとは言えない。
むしろ「ない」と断言しても過言ではないだろう。
早苗は緑色の髪に緑色の瞳、天然そうな気の抜けた警戒心のない顔立ち。一方の獅子王さんは灰色の髪に紅の目、獰猛な獣のように油断も隙もない雰囲気を纏っている。
どう見ても血縁関係なんて第三者は考えない。
だが――何となく、なぜか私の勘が納得している。
早苗を見た第一印象が「どっかの誰かに似ている」だった私は、「あぁ、なるほど」と思ったのだ。
「――っ」
「ま、待っ――」
そんなことを考えているうちに、獅子王さんは刹那の如き速さで回れ右をして立ち去った。
立ち去ったというより逃げたという感じか。
早苗の制止を無視して十五段くらい階段を飛ばしながら、博霊神社から紫苑さんの大鴉に匹敵するスピードで消えた。
風祝の手が空しく宙を掴む。
何を思ったのだろうか。早苗はそのまま膝から崩れ落ちて泣き始める。
(……え、これ何?)
(早苗の兄が兼定さんって話じゃない?)
(マジか!? 全然似てなかったぞ!?)
(本当にそうかしら?)
重い雰囲気の中、自分の黒髪を掻いた後、咳払いして話を切り出したのは紫苑さんだった。
しゃがんで視線を早苗に合わせた紫苑さんは、にこやかに笑いかけて提案する。
「……ひとまず、俺の家に行こうか。俺はアイツの友人だ」
「………」
「――君の兄についても知りたいだろ?」
「………」
紫苑さんの穏やかな言葉に、早苗は涙を流しながらもコクリと頷いた。
いつもなら飛んで紫苑さんの家に向かうのだが、今回は泣いている早苗を支えつつ階段を降りる。いくら商売敵だとしても、さすがに今の状況は同情に値するわ。
階段を下りるときの紫苑さんの表情は何とも言い難く、また厄介ごとかと呆れたような苦笑を浮かべていた。いつものことだろうに。
そんなこんなで紫苑さんの家に辿り着いた。
家のリビングまで早苗を支えながら歩く。
リビングには茶を淹れている藍と、茶を絵になるような優雅さで楽しんでいるヴラドさんがいた。
「紫苑殿、お帰りなさいませ」
「いつもありがとうな、藍さん」
「これほどのことは苦になりません」
「儂もお邪魔しているぞ、紫苑と霊夢、あと白黒と――」
吸血鬼の幽霊は私と早苗の姿をとらえると、目を細目ながら興味深そうに述べた。
「ほぅ、兼定の血縁か」
「オッサン分かるのぜ!?」
「オッサンではないとあれほど……ふん、血の匂いで分かるわ」
吸血鬼だからこそできる判別方法ね。
家まで来るまでに早苗は泣き止んだ。今の彼女は目元を赤くさせつつ、不安そうにヴラドさんの方を見ていた。それに意を介さずに茶を飲んでいるヴラドさん。
魔理沙や私もテーブルの席に腰を下ろす。
最後に紫苑さんが座り、藍に全員分の茶を持ってくるように頼む。
「さて、んじゃ話してもらう前に――ヴラド、お前自己紹介しろ」
「儂の名はヴラド・ツェペシュ、至高なる吸血鬼の王じゃ。兼定の友人とでも言っておこうか」
「お兄ちゃ――兄のですか?」
「早苗、アイツのことは君の好きに呼んでもいいよ。あと、アイツの本名と君との関係とか教えてほしいな」
なるべく優しく聞いている紫苑さんに、早苗は緊張した面持ちで語った。
「はい。彼の名前は東風谷兼定。私のお兄ちゃんです」
「そっかそっか。アイツが昔話してた気がするけど……君が兼定の妹さんだったのか。俺は兼定から『実家を追い出された』って聞いたことがあるんだが、もしかして早苗は何か知ってる?」
「……はい」
ひどく重苦しい肯定だった。
私は詳しいことは分からないし、獅子王さんが実家から追い出されたことは今知ったけど、恐らくこの少女にとっては不本意なことだったのだろうと物語っていた。
紫苑さんと早苗が話している間、藍は皆に茶を配りながら私に説明を求める視線を送ってきた。
小声で神社の一件を説明すると、肩を落として首を振る。
「なるほど、そうきたか……」
「どういう意味よ」
「彼女――彼女等は外の世界での信仰を集めることが難しくなったため、紫様が幻想郷に招き入れた連中だ。まさか博霊神社を傘下に置こうとして来ようとは思わなかったな」
「それくらい予想しなさい……」
「外の世界は神秘というものが信じられなくなっているんだ。仕方ないだろう?」
「そこの師匠と幽霊なんて神秘の塊じゃない」
確かに、と藍は苦笑した。
「良かろう、兼定の過去を話すがよい」
「は、はい!」
「あんまり怖がらせんなよ、ヴラド」
ヴラドさんのカリスマにあてられて、裏返った声で了承の意を示す早苗。その様子を見てヴラドさんを嗜める紫音さんだが、彼も知りたいのか止めはしなかった。
「私のお兄ちゃん……東風谷兼定は――
――忌み子だったんです」
♦♦♦
私の家では代々、神奈子様と諏訪子様を奉る家系だったんです。
お兄ちゃんとは二歳違いの血の繋がった兄妹で、昔は一緒によく遊んでくれていたのを今でも思い出します。今思えば私の我儘にいつも振り回していたと言い換えてもいいですね。
立場上あまり友達のいなかった私にとって、お兄ちゃんは自慢の兄でした。
そのお兄ちゃんと私の違いは。
私が風祝の才能を持っており。
お兄ちゃんに神主の才能が一切なかったことでしょうか。
そのせいか私の親族はお兄ちゃんを蔑ろにして、私を随分と可愛がってくれました。私としては大いに不満でしたが。
学校でもお兄ちゃんに友人と呼べるような存在はいなかったはずです。
神奈子様と諏訪子様はお兄ちゃんのことを心配してくれていました。しかし、神主としての才能のなかったお兄ちゃんにはお二方の姿は見えず、孤独だったと思います。
加えて――私は〔奇跡を起こす程度の能力〕を持っていたのに対して、お兄ちゃんは生まれながらに触れたものを問答無用で破壊する力を持っていたのです。親族はこの力を畏れて、拍車をかけるようにお兄ちゃんは孤独となりました。
お兄ちゃんは別方向から認められようと、小学校低学年時から勉学に励んでいました。当時の私には理解できない勉強だったのですが、今思えば高校卒業レベルの内容だったと思います。
それでも――お兄ちゃんは親族から認められませんでした。
それどころか、お兄ちゃんを唯一可愛がってくれた祖母――先代の風祝が亡くなられたとき、私の両親はお兄ちゃんを勘当したんです。
お兄ちゃんが10歳の時でした。
『化物など東風谷家には必要ない。出ていけ』
『忌み子が……汚らわしい』
『東風谷家の汚点など不要だ!』
私は何度も説得しましたが、幼かった私の声など誰にも響きませんでした。
それ以来、私は兄の姿を見ませんでした。私なりにできる手段を用いて兄の姿を探しましたが、兄の居場所どころか目撃情報すら掴めず……。
お兄ちゃんが勘当されてから、私は親族と距離を置くようになりました。
だから、親族が事故で全員亡くなった時など何の感情も浮かびませんでした。私にとって家族は、神奈子様と諏訪子様と――お兄ちゃんだけでしたから。
まぁ、私だけで東風谷家を存続させるのは難しく、神奈子様と諏訪子様の信仰も減って幻想郷に移住したんです。
お二方からは「兄を探さなくていいのか」と何度も聞かれましたが。
お兄ちゃんすら居なくなってしまいました。
私はもう――これ以上家族を失いたくなかったんです。
♦♦♦
side 早苗
「紫苑さん、私からも質問があるんです」
「ん?」
「お兄ちゃんは物凄く優しくて他人想いでした。なのに……どしてあんな姿になってしまったんですか? 髪の色も緑だったんです!」
私の説明に何か思うところがあったのか、何かを考えている目の前に居る神力を宿した不思議な少年――夜刀神紫苑さんは私の質問を聞いて黒曜石色の瞳が揺らぐ。
答えられないというより、どう答えていいのか分からないと言った面持ちだ。
十数年ぶりに再会した兄の変わり果てた姿は目に焼き付いている。
灰色の髪を束ね、紅蓮の瞳をギラギラと輝かせたお兄ちゃんの姿。鋭く研ぎ澄まされた抜身の刃のような瞳からは――まるで人を殺したことがあるかのような鋭利さ。
博麗神社の巫女や白黒魔法使いの方を向いても二人は顔を背けた。
知っているけど教えたくない、というように。
「時が経てば人は変わる――違うか?」
沈黙する空気の中、その言葉を口にしたのは蒼色の髪をした青年だった。
湯呑を置いて自分の服を正したヴラドさんは、琥珀色の瞳を細めながら私に尋ねる。そこには有無を言わさぬ絶対的な言葉の重みがあり、私は思わず首を縦に振った。
それに満足したのか笑みを浮かべ私を見下ろす。
「貴様だって幼少の時とは変化してぬと言いきれるか? あの男、兼定も同じだろうよ。儂には肉親から見捨てられる経験などないゆえ、想像でしかないが己を変えるほどの辛さであっただろうな」
「私も親の顔とか見たことないから分からないわね」
「わ、私は逆に家出した派だから……」
「俺なんてマトモな生まれ方してないし」
それぞれの身の上を述べ――紫苑さんの言葉の意味は何でしょうか?
「儂が兼定と会ったのは2年前じゃ。紫苑は……3年程前だったか?」
「うん、そんくらい」
「空白の5年間は何をしておるか目で確かめたことはない。だが、儂は兼定から直接聞いたことがある」
「本当ですか!?」
「ヴラド」
「ふん、この小娘は当事者であろう? 知らぬ方がおかしいのではないか?」
教えてもらえると一瞬喜びかけたが、ヴラドさんの瞳を見て動きを止めた。
彼の厳しい目からして、加えてお兄ちゃんの姿形からして、私の想像を凌駕する人生を送ってきたのだろうと即座に理解した。紫苑さんが止めるくらいなのだ。
我に返ったのは九尾の妖怪の方……藍さんが少なくなった湯呑に茶を注いだ時でしょうか。
知るのは恐ろしい。
でも――知らないといけない。
私は覚悟を決め、ヴラドさんに向き直ります。
「……教えて下さい。お兄ちゃんに何があったのかを」
「良かろう。あの罪深き不老不死の話を、な」
紫苑「……アカン、これ今までの章の中で一番長くなるかも」
魔理沙「マジか」
紫苑「この次の章も長くなる予定なのになー」
魔理沙「私の出番が増えてくれるから大歓迎だぜ!」
紫苑「あと作者が『ハーメルン』投稿用の新作書き始めた」
魔理沙「(゜д゜)!」
紫苑「クロスオーバーものらしいんだけど……どうなるんだろうな?」




