戦闘前
◆
護衛艦こんごうからの連絡に、俺は寝入り端を叩き起こされる。
「どうした?」
「司令官、夜分に申し訳ありません。 本艦より400kmほど北、高度16,000上空に、一機の敵航空機が飛行しています。 偵察機と思われます」
偵察機が飛んで来た。 もう行動を開始してきたのか。 予想より早い。
これで、戦闘艦を二隻配備していることが、向こうにバレた訳だ。
敵はこの後どう出る? ヘルド王は召喚能力を持ち、俺と同じ世界からの転移者だ。
護衛艦二隻の配備目的は、核ミサイルの迎撃だと気がつくだろう。
奴は俺と同じ知識を持っている。 そう思っていた方がいい。 敵を侮って負けるのはゴメンだ。
召喚する核ミサイルが、高確率で撃ち落とされるとヘルド王が気がついたらどうするか。
もし俺が敵の立場ならどうするか。
核ミサイルの召喚は、恐らく極めて高コストだ。 MOABでさえ召喚するのは命と交換なのだ。
奴の召喚方式は俺のとは違うようだが、そう簡単に核を召喚出来るとは思えない。
貴重な各ミサイルに対する迎撃能力を持ち、邪魔をするイージス鑑は目障りの筈だ。
出来るだけ低コストの兵器を召喚して、イージス艦の無力化を図る。 俺ならそうする。
護衛艦や潜水艦のような艦艇と比較して、航空機である攻撃機は低コストで召喚可能の筈だ。
攻撃機を出来るだけ沢山召喚して、護衛艦を攻撃させる。 出来れば空から対艦ミサイルを無数に撃って、イージス艦の対処能力を超える飽和攻撃が出来れば文句は無いだろう。
それが一番有りそうな攻撃だと俺は思う。
そうやって敵が航空機を繰り出してくるのなら、俺に残された時間はあまりない。
すぐにヘルド王への攻撃、すなわちMOABを使った王宮への爆撃に向かうべきだ。
俺はイージス艦を心のなかで呼び出す。
「護衛艦みょうこう。 聞こえるか?」
「はい。 司令官」 みょうこうは、真面目そうな若い女性の声で答える。
彼女つまり、みょうこうは、こんごうの護衛任務に就いている艦だ。
護衛艦こんごうは核弾道ミサイルの迎撃に専念している為に、自分の身は最低限しか守れない。
「敵は我々の意図に気づいた筈だ。 間も無く、お前達を潰しに来る。 多分、空からだ。 イージス武器システムを自動モードに移行する。 お前はこんごうを守りきれ」
システムが自動で複数の敵に対し優先順位をつけ、使用可能な武装を選んで迎撃を行うのが自動モードだ。
イージスシステムの作動モードのうちの一つになる。
「了解です。 イージス武器システムを自動モードに移行します」
もう、俺には寝ている時間は無い。 すぐに攻撃に出発しよう。
最後にみょうこうから連絡が入った。
「こんごうは私が護って見せます。 ご安心を。 司令官もお気をつけて」
◆
フローレクを起こしに、奴の寝ている部屋に向かう。 同性の気安さでそのまま部屋に入いると、もう起きていた。
「敵か?」
「そうだ。 動き出した。 もう時間が無い。 すぐに出る」
「分かった」
奴は枕元に立て掛けていた魔剣クラウ・ソラスを手に取ると立ち上がった。 革鎧は既に身に付けている。
着たまま寝ていたのだろう。
「シルフィードを起こしてくる。 外で待っていてくれ」 俺は声をかけるとシルフィードの寝室に向かった。
彼女の部屋の前で、俺は部屋の扉を強くノックする。
「シルフィード、起きてくれ。 敵が動き出した。 すぐ攻撃に出る」
「起きてるわよ。 入って」
もう起きている? 戦闘前の気分の高揚で、彼女も寝付けなかったのか。 シルフィードにしては珍しい。
「入るぞ」
シルフィードは、生地の薄いナイトウェアを着ている。 ベッドから出て立ち上がり俺を睨む。
「やっぱりそう。 あなたの心から、強い覚悟と、生への諦め。 そして、わずかな恐怖心を感じるわ」
彼女は側に来て、俺の顔を見上げる。
「あなた死ぬ気ね。 そうなんでしょ? 今まで一緒に戦ってきて、あんたの心から、生への諦めや恐怖心が湧いて出た事は無かったわ」
「気のせいだろう。 俺だって人間だ。 戦いはいつでも怖い」
「何で私に嘘をつくのよ!」
彼女はいきなり抱きついてくる。
「死ぬ覚悟なんてらしくもない。 いつだって圧倒的な力で敵を打ちのめし、平気な顔で戻ってくる。 それがあんた。 魔族でさえあんたには敵わない。 悔しいけどドラゴンも」
彼女は俺の顔を見つめた。じっと涙を目に浮かべて。 冗談だろう。 シルフィードが?
「私は、あんたのことが好きなの。 好きな男の嘘を見抜けないとでも思ってる? 侮辱もいい加減にして」
「俺は…」
口が上手く動きそうに無い。
俺はシルフィードに、脳内で話し掛けた。
『嘘をついて済まなかった。 そのとおりだ。 俺は死ぬだろう。 でも、これを見てくれ』
俺は核攻撃を受けた後の王国の姿、帝国の姿を想像し思い浮かべた。
その光景は、明らかに彼女の想像を超えていた。息を飲む彼女の背中に俺は優しく腕を回した。
慰めるように。
『嘘。 こんなことが起こり得るの? 人間が持っていい破壊力じゃない…』 彼女は愕然としている。
『そうだ。 こんな力は本来、この世界に持ち込んで良いものじゃない。 各ミサイルやヘルド王は、俺の元いた世界が生み出した化け物だ。 異世界人の不始末は、異世界人である俺が対処する責任がある。 そして化け物のヘルド王は、化け物でしか対抗出来ない』
そう。 多分、俺も化け物だ。 イージス艦を召喚し、複数のMOAB搭載輸送機を呼び出せる。
一人の人間が持っていい力を、遥かに超えている。
『化け物だなんて。 あんたはそんなもんじゃない。 何か他に止める方法がある筈よ。 私も一緒に探すから。 あんたが死ぬ必要なんて無いわ。 お願い…』
『もう時間が無い。 奴を…ヘルド王を放置して核攻撃させることは俺にとって死ぬより辛い。 最後に一緒に戦ってくれないか? 俺の願いだ。 もし俺のことを好きだと言ってくれるのなら、最後の望みを聞いてくれてもいいだろう?』
シルフィードが俺の背中に回していた腕の力が弱まった。
『でも、なんで、あんたが…』
『お願いだ』 俺はシルフィードに口づけをした。 シルフィードから微かに花の香りがする。
『わたしは…私は絶対諦めない。 あんたを死なせはしない……』
彼女は呟いた。
◆
シルフィードが戦闘準備の為の身づくろいを始め、俺は部屋の外に出る。
ユマにも最後に挨拶をしたい。 二階のユマが寝ている部屋に向かおうとした。
だが俺は思いとどまった。 彼女に会ったら、俺は心をへし折られる。 生に執着し、戦いに向かえなくなるだろう。
「未練だ」 俺は思った。 「お前は自分の良い思い出をユマに残して、彼女の残りの生を束縛したいんだ」
シルフィードが部屋から出て来る。 俺は、彼女と一緒にそのまま外に向かった。
ユマ、アネット、リンダの幸せを心のなかで祈りながら。
外に出るとフローレクが待っていた。
奴はシルフィードの赤い泣き腫らした目を見て、不審げに俺を見る。
「よお。 二枚目は辛いな」
俺はフローレクを無視し、ハリアー攻撃機を3機召喚する。
出現したハリアーに乗り込もうとする俺に、護衛艦みょうこうが呼びかける。
「多数の敵攻撃機が当艦の北450km先に出現。 高度12,000 マッハ1.5で接近中 」
いよいよ来たか。 俺は生まれて初めて戦闘の行く末を神に祈った。 どうか俺たちを勝たせてくれ。




