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戦闘前

護衛艦こんごうからの連絡に、俺は寝入りばなを叩き起こされる。


「どうした?」


「司令官、夜分やぶんに申し訳ありません。 本艦より400kmほど北、高度16,000上空に、一機の敵航空機が飛行しています。 偵察機ていさつきと思われます」


偵察機が飛んで来た。 もう行動を開始してきたのか。 予想より早い。

これで、戦闘艦を二隻配備していることが、向こうにバレた訳だ。


敵はこの後どう出る? ヘルド王は召喚能力を持ち、俺と同じ世界からの転移者だ。

護衛艦ごえいかん二隻の配備目的は、核ミサイルの迎撃げいげきだと気がつくだろう。

奴は俺と同じ知識を持っている。 そう思っていた方がいい。 敵をあなどって負けるのはゴメンだ。


召喚する核ミサイルが、高確率で撃ち落とされるとヘルド王が気がついたらどうするか。

もし俺が敵の立場ならどうするか。


核ミサイルの召喚は、恐らく極めて高コストだ。 MOABモアブでさえ召喚するのは命と交換なのだ。

奴の召喚方式は俺のとは違うようだが、そう簡単に核を召喚出来るとは思えない。


貴重な各ミサイルに対する迎撃能力を持ち、邪魔をするイージス鑑は目障めざわりの筈だ。


出来るだけ低コストの兵器を召喚して、イージス艦の無力化を図る。 俺ならそうする。

護衛艦や潜水艦せんすいかんのような艦艇と比較して、航空機である攻撃機は低コストで召喚可能の筈だ。


攻撃機を出来るだけ沢山召喚して、護衛艦を攻撃させる。 出来れば空から対艦ミサイルを無数に撃って、イージス艦の対処能力を超える飽和攻撃ほうわこうげきが出来れば文句は無いだろう。

それが一番有りそうな攻撃だと俺は思う。

そうやって敵が航空機を繰り出してくるのなら、俺に残された時間はあまりない。


すぐにヘルド王への攻撃、すなわちMOABモアブを使った王宮への爆撃に向かうべきだ。


俺はイージス艦を心のなかで呼び出す。

「護衛艦みょうこう。 聞こえるか?」


「はい。 司令官」 みょうこうは、真面目まじめそうな若い女性の声で答える。

彼女つまり、みょうこうは、こんごうの護衛任務にいている艦だ。 

護衛艦こんごうは核弾道ミサイルの迎撃に専念している為に、自分の身は最低限しか守れない。


「敵は我々の意図いとに気づいたはずだ。 間も無く、お前達をつぶしに来る。 多分、空からだ。 イージス武器システムを自動モードに移行する。 お前はこんごうを守りきれ」


システムが自動で複数の敵に対し優先順位をつけ、使用可能な武装を選んで迎撃を行うのが自動モードだ。

イージスシステムの作動モードのうちの一つになる。


「了解です。 イージス武器システムを自動モードに移行します」


もう、俺には寝ている時間は無い。 すぐに攻撃に出発しよう。


最後にみょうこうから連絡が入った。

「こんごうは私がまもって見せます。 ご安心を。 司令官もお気をつけて」


フローレクを起こしに、奴の寝ている部屋に向かう。 同性の気安さでそのまま部屋に入いると、もう起きていた。


「敵か?」


「そうだ。 動き出した。 もう時間が無い。 すぐに出る」


「分かった」


奴は枕元まくらもとに立て掛けていた魔剣クラウ・ソラスを手に取ると立ち上がった。 革鎧かわよろいすでに身に付けている。

着たまま寝ていたのだろう。


「シルフィードを起こしてくる。 外で待っていてくれ」 俺は声をかけるとシルフィードの寝室に向かった。

彼女の部屋の前で、俺は部屋の扉を強くノックする。


「シルフィード、起きてくれ。 敵が動き出した。 すぐ攻撃に出る」


「起きてるわよ。 入って」


もう起きている?  戦闘前の気分の高揚で、彼女も寝付けなかったのか。 シルフィードにしては珍しい。


「入るぞ」


シルフィードは、生地きじの薄いナイトウェアを着ている。 ベッドから出て立ち上がり俺をにらむ。


「やっぱりそう。 あなたの心から、強い覚悟と、せいへの(あきら)め。 そして、わずかな恐怖心を感じるわ」


彼女は(そば)に来て、俺の顔を見上げる。

「あなた死ぬ気ね。 そうなんでしょ? 今まで一緒に戦ってきて、あんたの心から、生へのあきらめや恐怖心がいて出た事は無かったわ」


「気のせいだろう。 俺だって人間だ。 戦いはいつでもこわい」


「何で私に嘘をつくのよ!」


彼女はいきなり抱きついてくる。

「死ぬ覚悟なんてらしくもない。 いつだって圧倒的な力で敵を打ちのめし、平気な顔で戻ってくる。 それがあんた。 魔族でさえあんたには敵わない。 悔しいけどドラゴンも」


彼女は俺の顔を見つめた。じっと涙を目に浮かべて。 冗談だろう。 シルフィードが?


「私は、あんたのことが好きなの。 好きな男の嘘を見抜けないとでも思ってる? 侮辱ぶじょくもいい加減にして」


「俺は…」


口が上手うまく動きそうに無い。

俺はシルフィードに、脳内で話し掛けた。


『嘘をついて済まなかった。 そのとおりだ。 俺は死ぬだろう。 でも、これを見てくれ』

俺は核攻撃を受けた後の王国の姿、帝国の姿を想像し思い浮かべた。


その光景は、明らかに彼女の想像を超えていた。息を飲む彼女の背中に俺は優しく腕を回した。

なぐさめるように。

『嘘。 こんなことが起こり得るの? 人間が持っていい破壊力じゃない…』 彼女は愕然がくぜんとしている。


『そうだ。 こんな力は本来、この世界に持ち込んで良いものじゃない。 各ミサイルやヘルド王は、俺の元いた世界が生み出した化け物だ。 異世界人の不始末は、異世界人である俺が対処する責任がある。 そして化け物のヘルド王は、化け物でしか対抗出来ない』


そう。 多分、俺も化け物だ。 イージス艦を召喚し、複数のMOABモアブ搭載とうさい輸送機ゆそうきを呼び出せる。

一人の人間が持っていい力を、はるかに超えている。


『化け物だなんて。 あんたはそんなもんじゃない。 何か他に止める方法がある筈よ。 私も一緒に探すから。 あんたが死ぬ必要なんて無いわ。 お願い…』


『もう時間が無い。 奴を…ヘルド王を放置して核攻撃させることは俺にとって死ぬより辛い。 最後に一緒に戦ってくれないか? 俺の願いだ。 もし俺のことを好きだと言ってくれるのなら、最後の望みを聞いてくれてもいいだろう?』


シルフィードが俺の背中に回していた腕の力が弱まった。


『でも、なんで、あんたが…』


『お願いだ』 俺はシルフィードに口づけをした。 シルフィードからかすかに花の香りがする。


『わたしは…私は絶対諦めない。 あんたを死なせはしない……』

彼女はつぶやいた。


シルフィードが戦闘準備の為の身づくろいを始め、俺は部屋の外に出る。

ユマにも最後に挨拶をしたい。 二階のユマが寝ている部屋に向かおうとした。


だが俺は思いとどまった。 彼女に会ったら、俺は心をへし折られる。 生に執着しゅうちゃくし、戦いに向かえなくなるだろう。

未練みれんだ」 俺は思った。 「お前は自分の良い思い出をユマに残して、彼女の残りの生を束縛そくばくしたいんだ」


シルフィードが部屋から出て来る。 俺は、彼女と一緒にそのまま外に向かった。

ユマ、アネット、リンダの幸せを心のなかで祈りながら。


外に出るとフローレクが待っていた。

奴はシルフィードの赤い泣き腫らした目を見て、不審ふしんげに俺を見る。


「よお。 二枚目はつらいな」


俺はフローレクを無視し、ハリアー攻撃機を3機召喚する。


出現したハリアーに乗り込もうとする俺に、護衛艦みょうこうが呼びかける。

「多数の敵攻撃機が当艦の北450km先に出現。 高度12,000 マッハ1.5で接近中 」


いよいよ来たか。 俺は生まれて初めて戦闘の行く末を神に祈った。 どうか俺たちを勝たせてくれ。

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