新10.舞台設定は冒頭で説明しない
舞台設定を冒頭で説明したがる方は多いと思います。この世界には神と魔王がいてとか、両親はすでに他界しているとか……。
そういう舞台設定を最初に説明されても、読者としては苦痛以外の何物でもありません。そもそも、説明は小説ではないからです。
また、プロフィールで世界観を描きたがる方も多いと思います。
しかしそのプロフィールが抽象的だったり、1話との物語上の繋がりが曖昧だと、読者はイメージ出来ず、これまた苦痛です。
(世界観でしかプロフィールと1話は繋がっていないという意味です。物語はブツ切りという感じ)
この世界がどうなっているかとかは、説明文で書かなくても、登場人物に語らせることも出来るんですね。
また、冒頭に書かなくても必要が出てきたそのときに書くことだってできます。
では、毎度おなじみの、溺鎖【僕だけの美姉妹】から引用して説明したいと思います。
この小説は「両親は既に他界している」「美羽は引き籠っていた過去がある」「姉は既に結婚している」という設定があります。
官能小説としてはかなり複雑な背景となっており、冒頭にページを割けない関係から、説明文で設定を語っています。
(引用元:溺鎖【僕だけの美姉妹】 フランス書院文庫 P14~15)
遥奈の視点で、三樹がカレーを食べるのを見ている場面です。
遥奈は席に着くと、カレーライスを頬張っている三樹に目を遣った。
「それにしても、村越くんがこんなにスマートになるなんて、三年前は思ってもみなかったな……美羽も目が離せないんじゃない?」
半年ぶりに会った三樹は、遥奈の記憶に反してずいぶんと大人びていた。厚い胸板にがっちりした腕。背は高くなって、見た目だけならもう青年と言ってもいいぐらいだ。
それでも、三樹の抱える雰囲気は相変わらず寂しげで、人を寄せ付けないほどの鋭い視線は、何かに怯えているようでもある。誰かが傍にいてあげないと壊れてしまいそうな印象は、まだ遥奈が知っている子供の三樹のように思えた。
「もう、お姉ちゃんっ」
言葉の意味を理解したのか、美羽が照れの滲んだ声で言い返した。
遥奈は、ポニーテールをしっぽのように揺らしそっぽを向く美羽を見て、「ふふっ」と笑った。三樹だけではない、この三年間で美羽もずいぶん変わったと思う。
両親の不慮の事故。夫婦水入らずの旅行中でのことだった。
あまりにも突然の悲しみに、当時中学一年生だった美羽は時間が止まったかのように今までの笑顔を失うと、心配し家を訪ねてくれたクラスメイトとも顔を合わせることもなく、部屋の中に引きこもるようになった。
子供の発想らしく、学校に来なくなった美羽をクラスの仲間たちで順番に声掛けしよう、ということだったらしい。
すごく勇気付けられる行動であったけれど、当人たちからすれば面倒な話だっただろうと遥奈は思う。
実際、この声掛けは二巡目に入った頃に自然消滅した。何を語りかけても美羽は部屋から出てくることはなく、返事さえも戻ってこない。同級生たちの足は次第に遠のいていき、それを咎める者もいなかった。
それでも、三樹だけは毎日のように授業のメモを届けてくれた。美羽から聞き及んだ話によると、事故前までは三樹とは会話さえしたことがなかったらしい。
ずっと変わらずに普通にあると思っていた存在が失われ、精神的に崩れていった者の悲しみ、空虚感、やるせなさ……。
親を失った者同士だけが共有できたのかもしれない。
「もうあれから三年も経つんですね……」
「でも、あれがあったから、みっくんと出会えたんだよ。みっくんがあたしを救ってくれたんだよね」
優しく包み込むような視線を向ける美羽。
どうだったでしょうか? あまり褒められた舞台設定の説明の書き方じゃないかもしれませんが、工夫は伝わると思います。
遥奈の視点で三樹の外見について説明した後、美羽の様子を描写(遥奈視点なので「理解したのか」という推測です)し、続けて美羽を見ながら回想に入っています。
その回想の中で、今作品の舞台設定(両親が既に他界していること、引き籠っていた過去があること)が語られているわけです。
ちなみに、三樹も両親がいないようなこと(親を失った者同士)が書かれています。
これについて書かれているのは第2章(P78)です。つまり、設定は一度に語りつくす必要なないということなんです。
必用な設定は、登場人物の回想や会話などに入れ込んでいくことで、上手に読者に伝えることが大切です。
なお、「説明文」と「描写」の違いが分からないということがありましたら、「視点保持者の五感を通して書かれたものか?」を考えられるとよいと思います。
視点保持者の五感を通さない文、登場人物の独白や感想などは説明文となります。
前回講義で、三樹の外見説明が説明文と申しましたのは、遥奈が見ていることではなくて、昔の三樹と比べる感想になるからです。
こういう説明文が多々ありますと、それは読者にイメージして頂く小説ではなくて、作者の押し付け文になってしまいますので注意が必要です。




