(七)
帰り道、俺はまだ油断していない。学校で先生と別れてから絶えず警戒心を働かせている。あの悪魔は俺の命を狙っていつかまた来る。さすがにさっきの今ってことはないだろうけど、それでも相手は悪魔だ。こちらの常識が通用しないのは身を持って痛感している。
家に近づくとコンビニの裏の田んぼの周りに人が集まっていた。ヤバイな。こんなにボロボロの服装を知り合いにでも見られたら変な噂が立ちかねない。俺は魔力を使いながらこそこそとしかし迅速にその場を切り抜けて、なんとか誰にも見つからずに自分のアパートへ戻った。
ベランダ、Tシャツ一枚のミズルが背もたれを倒したレジャー用の椅子の上に仰向けに寝そべって月光浴をしていた。「ただいま」と声をかけるとミズルはこちらへ顔を向け「遅いぞ。プリンは買って来たのか?」と厳しい目。
「冷蔵庫に入ってるからいらないっつったろ」
「それがあまりの美味しさに先ほど食べきってしまったのだ。だから買って来てもらおうか」
「お前にはこのボロボロになった俺の姿が見えないのか?」
「はて? いつもとなんら変わりないように見えるが?」
またそのパターンかい。
「とにかく今日は無理。昨日襲って来た悪魔、あいつ今日も襲ってきやがって、これからも襲ってくる宣言しやがったんだ。迂闊に外を歩けねーよ」
「それは片翼の黒き鳥の悪魔であろう?」
「なんで知ってる?」
「今ほど、焼いてきたからな」
「……。……え? 焼い……。えっ? ええっ?」
「ヴァゴスが珍しく吠えるものだから外を見るとそいつがいてな、捕まえて話を訊くとどうやらそいつが私のヴァゴスを魔界から呼び出した張本人らしいではないか。よってお仕置きがてらに塵一つ残らぬ程に燃やし尽くしてやったのだ。いやはやそれにしても良い音を出して燃えたぞ。近くの家からぞろぞろと人間が出て来よったわ」
あのコンビニ裏の田んぼに集まってた人たち……。
「じゃ、じゃあその悪魔はもう襲ってこないのか?」
「存在が消えた者が襲ってなぞ来れまい」
そうか。だからミズルは月光浴をして魔力を回復していたのか。
「やったぜー! これでようやく平穏な日常が返って来る! ビバ日常! おかえりなさい日常!」
心底嬉しいぜ! この野郎め!
「バカ騒ぎはプリンを買ってきてからにしてもらおうか。ご主人様は甘~いプリンがご所望じゃ」
「おうおう、買ってきてやるよ! ちょい高めのプレミアムの奴を買ってきてやるよ!」
いつ襲ってくるかわからない殺意から解放された俺は鼻歌交じりに家を飛び出した。
そして自分がズタズタに引き裂かれた服を着た哀れな格好であるのに気づいたのは、コンビニのレジ待ちの時であったとさ。
END




