(五)-1
華ヶ崎先生、そして俺たちを狙う悪魔、風呂にのんびり浸かりながらリラックスしようにも、この二つの問題がどうにも頭から離れない。人生はすんなりと行かないと言うがここひと月はことさら異常だ。密度が濃すぎる。
風呂からあがるとミズルが楽しそうにアニメを見ていた。最初はあれだけバカにしていたのに最近のこいつはすっかりと人間文化にはまってしまっている。それだったら下着をはく文化にも慣れてくれたら良いのに今日もミズルはTシャツ一枚の姿だ。
「そう言えばケータイとやらが鳴っていたぞ」
アニメがCMに入るとミズルが言った。
「そっか教えてくれてサンキュ」
礼を言ってケータイを探すんだけどなかなか見つからない。あれ? ケータイどこに置いたっけ?
「なぁ、どこでケータイが鳴ってた?」
「テーブルの上だ」
「え? ないじゃん」
「うん。うるさいから玄関の方に投げた」
「この原始人!」
慌てて玄関の方へ向かって調べると俺のスニーカーの中にケータイが入っている。すぐさま拾って壊れてないか確かめた。なんとか大丈夫みたい。胸をなでおろしながら着信をチェックする。
「太郎からだ」
リダイアルすると待つ事二十秒。
「おーう、修介か」
「何の用だよ。エロ本ならねーぞ」
言ってやると「ばっか、俺がそんなつまんない用事で電話するかよ」と太郎。
「毎回してんじゃん」
「それはメールでだろ?」
こいつメールと電話をエロ系で使い分けてんのか……。ん? 太郎の声の背後から漏れる雑音。
「今、外なの?」
「ああ。駅のホーム」
「ふーん。それで用は?」
「それがさぁ、マジでヤバイかも知んない」
「何が? 変な男付きの女をナンパしたんじゃないだろうな?」
「ヤバイのは俺じゃなくて華ちゃん」
「先生がどうして?」
「さっき本屋を出たらたまたま小森たちに会ってさ、あまりにもバッタリだったから無視も出来ずに挨拶したら昼間のドッジボールの事をネチネチ責められてよ。うんざりしてたんだけど、急に小森たちの様子が変わって、これから学校で華ちゃんを躾けるから明日からはクソ寒いお遊戯学級はなくなるって笑いだしたんだ。それってやっぱりそう言う意味だよな?」
そう意味とはつまりそういう意味なんだろう。
「でも先生はもう帰ってんじゃない?」
「呼び出す方法ならいくらでもあんじゃん。だって一直線教師、華ちゃん先生だぜ」
太郎の言う通りだ。生徒との絆を強く求める華ヶ崎先生なら、悩み事を仄めかす程度で駆けつけてくるに違いない。
「小森って徳野高校の奴と付き合ってんじゃん? あの中途半端なワルのさ。そいつを呼ぶみたいな事も言ってたから少し心配になったんだ。五十嵐にも連絡しといた方がいいかな?」
そうだった。小森はその彼氏のせいもあってクラスでもいつも強気な態度なんだ。
「五十嵐には言わなくても良いだろ」
「だけど放っておくのも後味悪くね?」
悪いよ。すげー悪い。
「お前んとこより俺の方が学校に近いから散歩がてらに様子を見てくるよ。なんかあったら連絡すっから太郎は本屋で買ったエロ本を読んでてくれ」
「え? 俺、お前に買った本を教えたっけ?」
「教えてもらわなくてもわかるよ」
「マジで? 修介、スゲーな」
「いや、お前ほどじゃないさ」と呆れながら通話を切った。さて、問題は外出時にあの悪魔に出くわすかどうかだ。俺はリビングに戻ってミズルの横顔をじっと見つめる。ミズルは瞬きもせずに口をポカンと開けてアニメに真剣だ。
「ミズル、散歩に行かない?」
「行かん」
「いやいや即答しなくても良いじゃないですか。プリンを買ってやろう」
「冷蔵庫にあるわ」
「でも外に出て体を動かせばもっと美味しく食べられると思うし、それに……」
「うるさいのう! 私が今、魔法少女プルルンメロンを観ておるのがわからんのか!」
「録画しといてやるからさぁ。ねぇねぇ、行こうよぉ」
「今、この瞬間に観たいから観ておるのだ! 邪魔をするな!」
ミズルはピースサインを目元に添えて俺にウインク。開いた方の瞳から照射された光の筋は俺の頬をかすめて部屋の入口の戸を貫通していく。……死ぬ。ここにいても死ぬる! 俺はミズルのアニメの視聴を邪魔しないようにこそこそと身支度を整えて逃げるように部屋を出たのだった。




