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戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
エピローグ
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エピローグ




 デルマシア高原の戦いに王国軍が勝利したという報告が入ったのは、リオデたちが村に突入した直後だった。

 グイディシュ王国とユストニア大公国の戦争が、事実上、このデルマシア高原の戦いで終結したのだ。多くの兵士を傷つけ、多くの人々の運命を翻弄した戦いは幕を下ろしたのだ。

 村の陣地内にもその通達は届いていた。再び歓声に沸き立つ村の中、リオデは負傷兵と共に、治療を受けていた。

「隊長、そのお願いがあるんです」

 左腕を治療するヴィットリオ、彼は濁りない瞳でリオデを見ていた。

「なんだ?」

 リオデはそんなヴィットリオから、顔を背けたまま答える。

「自分をここでの戦闘で行方不明になったことにしてくれませんか?」

 突然の願いいれ、それにリオデは感情のない顔でヴィットリオを見ていた。

「また、なぜだ?」

 ヴィットリオは自嘲気味な笑みを浮かべて、リオデに答えていた。

「この地域で前々から医者をやろうと思ってたんです。ですが、兄さんが死んでしまった今、それもできません。僕が家を継がなきゃならないから……」

 だが、そこで言葉を区切ったあと、真直ぐな視線で彼女を見据える。

「だけど、僕は、この戦場になった地域で傷ついた人を見捨てられません。それに小さな村では、医者さえもいません。だから、自分はそんな人々を助けるために、生きていきたい。だから、ここで行方不明になったということに」

 レルジアント地方では、都市に行けば医者はいる。だが、小さな村には、医者などはいない。だが、多くの小さな村で、助けを待っている人がいる。だからそれを助けたい。

 ヴィットリオはそう言っているのだ。

「だが、君の家はどうする?」

 リオデはそれに対して、ヴィットリオに向き直っていた。

「まだ、末っ子の奴がいます。だから、家は心配ありません。それに、僕よりあいつのほうが、家を継ぐのには向いてますから……」

 その弟の顔を懐かしむように、ヴィットリオは空を眺めていた。

「名前は?」

 リオデは別に聞こうと思ったわけではない。だが、自然とそのことが気になって、ヴィットリオに聞いていた。

「ウィッシュです。親族に会っても、このことは内緒にしてくれませんか?」

 ヴィットリオはそう言ってリオデを見つめる。彼女は一つため息をついたあと、ヴィットリオに言う。

「わかった。約束しよう。お前を行方不明者として、報告しておく」

 ヴィットリオはその言葉を聞いて、深々と頭を下げていた。

「ありがとうございます」

 軍医のヴィットリオは、リオデの治療に当たった直後、村から姿をけしていた。

 だが、彼を探そうとする者はいなかった。

 ポルターナの街ではこの戦争の勝利の報に、歓喜の声を上げて市民たちは戦勝を祝う。ポルターナの中央道からそのまま撤退していくユストニア軍を尻目に、盛大な銃による祝砲が鳴り響いていた。

 ベルシアやティオ、ウィルフィなど、無事に帰還した兵士たちは、救出した兵士たちと共に、ポルターナに帰還していた。

 戦勝記念式典、早くもポルターナの街中では、お祝いムードとお祭りムードで盛り上がっていた。急を要して作られた手作りの幕が、城門に掲げられる。

 リオデはそれをグイの上に乗って、呆然と眺めていた。

“この戦勝を、戦った兵士と死んでいった兵士に捧ぐ!”

 垂れ幕にはそう書かれていた。だが、リオデはその垂れ幕を見ても、なにも思うことができなかった。胸に残っていたのは、大切なものを失った損失感だけだ。

 城壁を潜ると、アリナやフォリオン、ホフマンは笑顔で彼女を迎え入れる。

 デルマシアの高原で味方が勝利し、リオデは残存兵を救出したのだ。そんな喜びをあらわにする彼らに、彼女は苦笑で答えることしかできなかった。

 満面の笑みは作れず、目にはいまだに涙が溜まっている。

「戦勝だ! われわれは勝ったんだ! リオデ君! よくやってくれたよ!」

 フォリオンが涙目で、彼女の右手を握る。その涙はあくまで、嬉し涙だ。リオデの涙とは、意味が違う。だが、誰もが、彼女の涙を勝利に喜ぶ涙と勘違いしていた。

 ベルシアはその光景を、胸を締め付けられる想いで見ていた。

 戦争は終わった。だが、戦場が人につけた傷跡は、けして戻すことはできない。

 永遠とその身に、傷跡を刻み込んで、彼らを苦しめ続けるだろう。

 この第二次レルジアント戦争終結後、リオデは国王から勲章を受勲されていた。

 ダイヤモンド付王国戦功功労勲章、野太い鉄でできた十字架に、豪勢な金箔を貼り、ダイヤなどの鉱石で、華々しく飾られている。

 戦功の勲章としては、五つある勲章のうち、上から三番目の階位にあるものだった。

 彼女の上げてきた戦功は、レルジアント地方の解放を早めた。と評されての受勲だった。

 王都では暫く、この女性初の戦功功労勲章受勲の話題で持ちきりだった。

 そんなリオデは、勲章を受勲されたあと、傷を癒すために軍を離れていた。

「リオデさん! 私じゃ、ここにいる資格はないんですか!?」

「そういうわけじゃない。ただ、私といると、アリナのためにはならないと思ってな」

 リオデは首からかけられた包帯に、左腕を通している。そんな彼女は苦笑を浮かべて、頬を膨らませるアリナを見ていた。

「だって、今は一人じゃ何もできないじゃないですか!?」

 紫の布が敷かれた長机を前に、アリナは真剣にリオデに抗議していた。

「それを言われると、確かにそうだ。けど、私といても、お前は成長しない。現に一人で街に出ることだってないだろう」

 そういわれて、アリナは口ごもっていた。それが意味するところを、アリナは理解していた。彼女は引き取り手の村人がおらず、リオデに引き取られていた。そんな子どもが、レルジアント地方にはまだ大勢いる。

 その子どもたちをリオデは引き取り、自分の手で実の両親や、里親を探していた。

 小さな子どもの張り紙や、人探しの張り紙が、レルジアント地方の各都市で張り出されている。それを確認しては、子どもたちを実の両親のもとへと返していく。

 それでも中には、アリナのように引き取り手のいない子どもたちもいた。

 そこでリオデは、屋敷に連れ帰った戦災孤児たちの里親探しをしていた。自分の信頼できる人で、子どもを欲しがっている人を探し、行き場のなかった子どもたちは、新たな住まいに引き取られていく。

 だが、そんな中、アリナは最後までリオデのもとに残っていた。ようやく一段落付いた親探し、だが、アリナだけはそんなリオデから離れようとしなかった。

 両親もなくし、彼女のいた村の人々は、レルジアント地方で散り散りになって暮らしていると聞く。彼女の知り合いも、レルジアント地方にはいないに等しい。

 故郷を完全になくしたアリナの新しい故郷、それがリオデになろうとしていたのだ。

 だが、リオデはそうであってはならない。と最近、感じ始めたのだ。

 街に出るときはリオデと一緒に、食事も彼女と一緒に、寝るときも、フロまでも全てをアリナと一緒に過ごしていたのだ。

 リオデ自身、フィアンセのいなくなった寂しさを、アリナが紛らわしてくれていることに感謝している。だが、最近、それが、お互いの傷の舐め合いであることに気づいたのだ。

 このままでは、アリナは前に進めない。それどころか、彼女も自分もお互いに永遠と甘え合ってしまう。

 それはリオデにとってもアリナにとっても、全くいいことではない。

 意味するところ、それはそこで立ち止まっているに過ぎないから。

 だから……。

「だからって、私を鍛冶屋のおじさんに預けるなんて! 聞いてないです!」

「仕方ないだろ。おじさんがお前を気に入ってるんだ。それに、私も剣を何度もうち直して貰っているところだ。これから、一度も会わないってことはないんだ」

 そう言ってリオデはアリナをなだめる。それを聞いたアリナは納得いかない様子で、反論していた。

「でも、一人じゃ何もできいない! 着替えだって!」

 その言葉に、リオデはアリナに鋭い視線を向けていた。

「それは自分のことじゃないのか?」

 本当はこんなことは言いたくない。リオデはそう思いつつも、アリナを真剣な顔で見つめていた。

「一人じゃ何もできない。それは、お前じゃないのか? 街に出て行こうともせず、なにをするにも、私に引っ付いてくる」

 自分も本当は一人にはなりたくない。孤独になることが、どうなるか。それは身をもって知っている。だからこそ、本当はアリナと一緒にいたい。

「うぅ。でも、だって」

 アリナはそう言って俯いていた。

「私はいっただろう。時間をかけて答えを見つければいい。と。でも、このままじゃ、答えは見つからない。一緒にいたら、お前は、ここで立ち止まったままだ」

 言っている自分に、全くその言葉が当てはまる。それが悔しくて、でも、アリナとは一緒にいたくて、その複雑な気持ちが、リオデの胸の中で、渦巻いていた。

「ば、ばかぁ! 私のことが嫌いなんだ! リオデさんのばかあ!」

 そう言ってアリナは、彼女のいた部屋を飛び出していた。その後姿を見て、リオデは胸に突き刺さる何かに、耐え切れずに涙を流していた。

 それから、なにをするにしても、アリナは口をきかなかった。ただ、黙って、リオデの身の回りの世話をするだけだった。

 そして、とうとう、アリナとの別れの日が来ていた。

「よろしくお願いします」

「いやあ、こっちも人手が欲しくてね。アリナちゃんだったな。今日から、自分の家だと思って、ここに居て良いんだ」

 要塞都市、王都フロイワの第三区の商店街、そこにある鍛冶屋の前で、アリナとリオデは歳をとった鍛冶職人の前に立っていた。

 アリナの頭に載せられる鍛冶職人の手、アリナは黙ったまま、鍛冶職人を見つめていた。

「どうしたんだい? この前会った時みたいに、笑顔をみせておくれよ」

 鍛冶職人はそういうが、アリナは何も喋らなかった。それどころか、目に涙を浮かべて、唇をかみ締める。

「ご、ごめんなさい。リオデさん」

 顔をくしゃくしゃにして、アリナはリオデに顔を向ける。

 リオデもアリナをまっすぐと見据えていた。彼女が言いたいことは、痛いほどわかる。

 あの時の態度、あれ以来、何も口を利かなかった分、ここに来て余計に別れがつらくなっていたのだ。

 リオデに見捨てられたのではないか。そんな感情を持ってしまうほど、アリナは気に病んでいた。

 リオデはそんな彼女を優しく抱きしめる。

「いいの。気にしなくて。別に、いつでも会えるじゃない」

 そう笑顔でいうリオデの目には、涙が溜まっていた。アリナとの別れ、それはリオデにとっても、彼女同様に辛いことなのだ。

「でもね。これからは、ここがあなたの家。だから、帰るのは私のところじゃない」

「分かってる。分かってるよぉ」

 強く抱きしめると、アリナもそれに答えて、リオデを抱きしめ返す。

 暫く二人はそうやって抱き合っていた。

 アリナはゆっくりとリオデの顔を見つめる。そして、彼女の頬に別れのキスをした。

 リオデの腕の中から、アリナはゆっくりと離れる。リオデはその離れ行く体を、抱きしめて止めたかった。だが、それは自分が一番してはならないことだ。

 アリナはリオデから離れると、鍛冶屋のおじさんに向き直って頭を下げていた。

「これから、お世話になります。アリナです。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく。アリナちゃん、お別れの挨拶はもういいのかい?」

 柔和な笑みを浮かべる鍛冶屋のおじさん。それに、アリナは真顔で答える。

「今、済ませました。だから、リオデさん」

 リオデにアリナは向き直ってから、一言だけ付け加える。

「ありがとうございました」

 リオデは自分の腕から巣立った女の子を前に、頷いて答える。ただ、言葉は返せなかった。リオデはそうして、鍛冶屋のおじさんに頭を下げる。

 そして、背を向けて歩き出していた。けして振り返らず、自分の家へと足を踏み出す。

 二人は涙を流しながら、お互いに顔を見合わせることはなかった。ただ、最後まで、アリナはリオデの寂しい背中を見送っていた。





 リオデが最後に戦った戦地の村は、現在王国陸軍の哨戒基地となっている。その基地の中央に、空高々に届かんと(そび)える石碑が建てられていた。

 その石碑は、今でも、ここで散っていた全ての人々を、何も言わずに黙って弔っている。

 戦場に吹いていた風の歌は、平和になった今でも変わらぬ歌を歌いながら、吹いている。





 戦場に響く鎮魂歌  ―――完結―――


ここまで読んでいただき、お礼を申し上げます。

こんな駄文を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。


どうもはじめまして、おはようございます。こんにちわ。こんばんは。

後書きなんてそんなに書いたことのない猿道忠之エンドウタダユキです。


以前よりかねてから書いていました戦記物を微妙に修正して、ここに初投稿させていただきました次第です。

もしかしたら、私のこの小説をほかでも見たことがあるという方がいるかどうか知りませんけど、とりあえず、読んでいただき誠に感謝いたします。


戦争物を書きたいけど、架空戦記や現代物の戦争ものってのは、なぜか戦争物の本質である悲劇や戦況を強調しすぎたり、ただ単に兵器が大好きで兵器が目立ちすぎたりと、書くのがとても難しいジャンルであったりするんですよね。

なおかつ、現代や史実を元にしていますから、史実の伝記を読んでいるとなぜか物足りなさを感じたり、こんなこと現代じゃおこらないだろうとを考えてしまって、物語そのものが妙にチープに見えたりするんです。おそらく、共感していただける方は少ないかなw


という訳でいっそのこと一から自分で世界を作ちゃって、政治やら国家関係やら使わない部分、見えないところまで作りこんで戦記物を書いちゃえばいいんじゃね?

とふと思ったんですよね。


そうして出来上がった作品が今回のこの『戦場の鎮魂歌』なわけです。


史実や現代の舞台を元にした戦記物っていうのは、正直、現実感があるようで実は全くなくて、感情移入しやすいようで、実は滅茶苦茶感情移入しにくいんですよ。って言うのは、僕個人の意見でして。

まあ、とにかく、異世界にしてしまえば、上記したような違和感を取り払えるということに気づいた僕はこうやって戦記物たる戦争物ファンタジーを書き上げました。


戦争物ということで物議をかますこともあるかもしれませんが、基本的に思想信条は個々の自由であり、この作品に対してどのような気持ちをもたれるかは、この作品を開いて読んでいただいた読者様次第です。


こんなふうに堅苦しく書いちゃいましたけど、結局の所ファンタジー的な戦記物なんで、脚色が強くなっていまして、淡々とかつ生々しく戦況が進んでいく本物を経験した人が書いた伝記には敵うわけもありません。

ですから、それはちょっと脚色強くね?っていう部分が多々出てきたと思いますけど、そこはご愛嬌でお願いします。(笑)


さて、この話を書いたきっかけですが、当初は自分の書いている小説の番外編みたいな感じで書いていました。しかし、まあ、書いていくうちに段々と、当初予定していたものから話が広がっていきまして、プロットから書き直しているうちにこうなってしまいました。


実は一番最初は2万文字前後の短編を予定していまして、決断の時で終わっているはずだったのです。しかし、やっぱり、続きが書きたくなりまして、書いてしまいました。


自分で書いておきながら、ああ、書いたあとの憂鬱感が半端ないです……。


今回こだわったところ、それはこの話の中の人物の隣にいるように、話を一緒に体感してもらうという所でしょうか。それが達成出来ているかといえば、自分としては正直まだまだだと思うのですけどね。


最後の結末においても、納得いかないという方もおられるかもしれません。しかし、まあ、架空戦記とはいえ、戦争を題材にしている以上は、ハッピーエンドでは示しも付きませんし、しまりもないかな。と。というか、まあ、こういう風な流れが自然とは言いませんが、流れ上最もうまく収まりやすいのではないかな。と思ってこうなってしまいました。


20万文字近くのダラダラとした文章を、ここまで読んでいただき、本当に感謝しています。ここまで読んでいただいたかた、ありがとうございます。


この作品を読んでいただいた方の胸に、何かを残していただければ、それは私としてはとても光栄なことです。


ではでは、また機会があれば、他の作品も読んでみてください。


今回はお付き合いいただき、ありがとうございました。短いですが、ここで後書きを終わりたいと思います。


*追記

読みやすいように改行をし、第一章のあとがきをこのエピローグのあとがきと一緒に、まとめさせていただきました。


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