第22話 灰に眠る真実、月影の戦士の告白
1. 灰に眠る始まりの地
決戦の地、王都エグザルティアへ機首を向ける前に、アルトリウスにはどうしても立ち寄らなければならない場所があった。それは、すべてが始まり、一度はすべてを失った場所。辺境の街アシュベリーである。
飛空艇が夜の静寂を切り裂いて高度を下げると、眼下には灰に埋もれた街の無惨な姿が広がっていた。かつて、不器用ながらも温かい人々が暮らしていた賑わいはどこにもない。月明かりに照らされた廃墟は、まるで巨大な骸骨のように白く、冷たく横たわっている。
「……ひどい。こんな、何も残っていないなんて」
エリーゼが飛空艇の縁を掴み、悲痛な声を漏らす。アルトリウスは無言で操舵輪を握り、かつての街の中心部であった広場へと船を降ろした。
「ここを、昔、叔父上と歩いたことがある」
そう言うと、アルトリウスは足元の灰を静かに見つめた。
「あの頃は、人であふれていた」
エリーゼは何も言わず、ただ静かに隣を歩いていた。あたりを通り過ぎる風の音以外は何も聞こえない、静かな空間が広がっていた。一面が灰に埋もれ、かつては多くの人で賑わっていたであろう立ち並んでいた家々や商店は無惨に崩れ、瓦礫だけが積み重なっていた。遠くには中ほどから尖塔が折れてしまっている教会も見える。
灰の降り積もる通りを歩く一行。足音だけが虚しく響く中、街の外れに、小さく揺れるオレンジ色の光を見つけた。それは、崩れかけた家屋の影で細々と燃える焚き火の光だった。
「……見て、誰かいるわ……!」
エリーゼが光の方に目を向けると、その炎の光に照らされた一人の女性の姿が目に入った。風になびく深紅の髪。見覚えのある銀の仮面。その凛とした佇まいは、紛れもなくシルヴァその人だった。
2. 月影の告白、仮面の下の真実
焚き火の爆ぜる音が、夜の静寂を余計に強調していた。シルヴァは振り返ることもなく、ただ揺れる炎を見つめたまま口を開いた。
「待っていたよ、アルトリウス。そのうち君がここに来るんじゃないかと思ってね」
その声は、以前よりもどこか穏やかで、慈悲深い響きを帯びていた。
「またあんたかい?バルトロのオヤジにまた何か頼まれたのか?」
ジークが肩をすくめて尋ねるが、シルヴァはゆっくりと首を振った。
「いや、今回は私のことさ。どうしても伝えておきたいことがあってね」
シルヴァは立ち上がり、仮面の奥の瞳でアルトリウスを真っ直ぐに見据えた。
「アルトリウス……君が数カ月前、この街から命からがら逃げ延びた時、私もここにいたんだ」
「な……、なんだって?」
アルトリウスの問いかけに、シルヴァは自らの過去を紐解き始めた。
「私の本当の名は『セレーネ』」
シルヴァは静かに言うと、焚き火の炎に目を向けた。バチバチと爆ぜる音を聞きながら一度目を閉じ、少し間を置いてから話を続けた。
「かつてエグザルティア城の北の果てにあった『月影の里』で、一族と共に暮らしていた。そこは王国の諜報機関として機能していた小さな村だったが、私たち一族は密かに貴族と同等の扱いを受けていたのさ」
だが、その安寧はある日突然、魔物の群れによって一夜にして壊滅した。情報は遮断され、救援はその名を借りた悪夢だった。生き延びた者たちは、この惨劇が自然なものではないと確信し、裏で糸を引く黒幕を調べ上げた。
「行き着いた先が、あの国王ウィルという男だった。奴が里を根絶やしにするために魔物を差し向けたことを突き止めた私たちは、ここアシュベリーでレジスタンスとして活動を始めたんだよ」
「なぜ……叔父上はそんなことをしたんだ?何のために里を……」
アルトリウスの声が震える。シルヴァは一呼吸置き、より低い声で答えた。
「邪神さ。神話に語られる影の存在『ルミナリス・シャドウ』。その名を聞いたことはあるだろう?いかなる経緯かは分からないが、今のウィルは、あの邪神に魂を操られている」
3. 邪神の影と、王の真実
シルヴァの語る真実は、アルトリウスが取り戻した記憶と重なり合い、パズルの最後の一片を埋めていった。
「数カ月前、この街で君がやつに襲われた時、私は物陰からすべてを見ていた。ウィルの背後で、どす黒い影が大きく膨れ上がっていたのをね。あれこそが邪神の本体……ルミナリス・シャドウの幻影だ。だが、あんたの持っていた剣が奇跡的に光り輝いた瞬間、あの黒い影が悲鳴を上げて小さくなった」
シルヴァは一歩、アルトリウスに近づいた。
「その一瞬だけ、ウィルの顔が元に戻ったんだ。やつは苦しげに顔を歪め、あんたに叫んだはずだ。『逃げろ』と。君が今、こうして生きているのが何よりの証拠だ」
アルトリウスは拳を握りしめた。脳裏に、あの日見た叔父の、悲しみに満ちた瞳が鮮明に蘇る。
「やつは…、邪神に身体を乗っ取られているに過ぎない。本心では君を逃がしたい、守りたいと願う、真っ当な人間なんだよ。だからアルトリウス…、いや、エリオス。君が戦うべきはウィルじゃない。その背後に潜む邪神、ルミナリス・シャドウだ」
シルヴァは、焚き火に薪を一本くべた。炎が強く燃え上がり、彼女の仮面を赤く照らす。
「あの様子では、邪神はまだ完全には復活していない。その身体を利用するのが精一杯の状態だ。……肉親である君なら、彼をあの絶望の淵から救い出せるかもしれない」
「シルヴァ、君は……」
「私に言えるのはここまでだ。私にはまだ、ここでやることがある。この灰の下には、私と共に戦い、そして散っていった仲間たちが眠っている。この仮面は私が過去を捨てた証だ。仲間たちの復讐を果たすまで、私はこれを外すわけにはいかない」
シルヴァは後ろを振り向き、闇の向こうへと顔を向けた。そして、去り際に言った。
「さあ、言いたいことは言ったよ。君も、君自身のやり方で、この因縁にけじめをつけてくるんだね」
4. 決戦への誓い、夜明けの約束
シルヴァの影は、朝霧が立ち込める頃にはどこにも見当たらなかった。焚き火の跡だけが、彼女がそこにいた証として残っている。
太陽がゆっくりと姿を現し、三人を明るく照らす。アルトリウスは、朝日が昇り始めた東の空を見つめていた。向かう先は王都エグザルティア。そこにこそ叔父ウィルが、そして邪神の影がある。
「戦うべき相手が……はっきりした」
背後に潜む邪神を討ち、叔父を救い出す。それが、王国の正当なる継承者としての、そして一人の甥としての務めだ。
エリーゼが、アルトリウスの隣に並び、その肩をポンと叩いた。
「決めたみたいね、アル。……大丈夫、私たちがついているわ。この戦いが終わったら、あんたを正式に王子に戻してあげる」
彼女は少し茶目っ気のある笑みを浮かべ、だがその瞳は真剣だった。
「でも、その後は、また私の『騎士』になってもらうからね。覚悟しておきなさいよ!」
アルトリウスはその言葉に、この旅で初めて、心の底から晴れやかな笑みを返した。
「ああ。約束するよ、エリーゼ。僕の剣は、君を守るためにあるんだから」
ジークもまた、無言で短剣の鞘を叩き、同意を示した。
5. 飛翔、最終決戦の空へ
朝日が灰の街を黄金色に染め上げた。飛空艇の魔力推進器が、今までで最も力強い咆哮を上げる。
「全速力でエグザルティアへ!邪神の復活を阻止して、すべてを終わらせるわよ!」
エリーゼの号令と共に、光の翼が大きく羽ばたいた。廃墟を後に、かつての故郷へと向かう航跡は、希望そのもののように輝いている。
操舵輪を握るアルトリウスの瞳には、迷いも恐怖もない。ただ、愛する家族を救い、この世界に真の夜明けをもたらすという、揺るぎない覚悟だけが宿っていた。
三人はまっすぐにエグザルティア城のほうを見据えた。その先には黒い雲と稲妻。朝日だけがその雲を照らしている。
伝説の飛空艇は雲海を突き抜け、邪悪な魔力に覆われたエグザルティア城を目指し、天空を駆け抜けていった。
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次回の第23話は、この後【12:10】に更新予定です。
■第23話 (幕間)決戦の輝光、偽りの王
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