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第16話 空駆ける翼の予感と、賢者の導き

1. 賢者の確信、騎士の誓い


 夕刻の光に染まるウィンダミアの港。伝説から這い出したかのような巨大な古代船が、ゆっくりと着岸した。甲板の上からは、ガレットを呼ぶエリーゼの声が響き渡る。


「おじいちゃん!」


 船の上から顔をのぞかせるエリーゼとアルトリウスの顔には、無事たどり着いたことへの安堵の表情と、ガレットに再び会うことができたという喜びがそのまま表れていた。そして、その後ろには、二人の喜びに満ちた表情を微笑ましく眺めているジークの姿があった。


 出迎えたガレットは、タラップを降りてくる一行の姿に、感慨深げな溜息を漏らす。


 アルトリウスが手にする、抜き身のままの聖剣が放つ神々しい輝き。そして、その傍らで不安を滲ませつつも、どこか凛とした気品を漂わせるエリーゼ。ガレットはその二人を交互に見つめ、深く、深く頷いた。


「……やはり。あなたは、エグザルティア王家の正統なる継承者、エリオス王子だったのですね」


 賢者の、確信に満ちた静かな問い。記憶の断片を繋ぎ合わせ、己の過酷な運命を受け入れたアルトリウスは、しかし気負うことなく、穏やかな微笑みを返した。


「いや……ガレットさん。まだ完全に記憶が戻ったわけじゃないんだ。それに、今はただのエリーゼの騎士ですよ」


 その直球すぎる言葉に、隣にいたエリーゼは不自然なほど大声を張り上げた。


「な、なによそれ!さっさと本題に入りなさいよ、このバカ騎士!」


 照れ隠しの怒声が響くが、彼女の潤んだ瞳には、かつてないほどの信頼と情愛の光が宿っていた。


 ガレットは微笑を深め、表情を引き締めた。


「今、世界で起きていることは全て、三百年前に『光の英雄』が封じたという『邪神』によるものです」


 ガレットはこれまで密かに集めていた情報を、静かに伝え始めた。


「邪神がいつ動き出したのか。それはわかりません。しかし、エリーゼの両親が襲われた時、既に動き出していました」


 エリーゼは胸に込み上げる痛みを堪えるように目を瞑り、静かにその話を聞いていた。


「しかし、より活発になったのはここ数年のことです。エリオス王子。あなたがここに現れる前、ほんの数年間の出来事なのです」


 アルトリウスの脳裏に焼け落ちる街の風景が流れる。人々は逃げ惑い、四方から魔物の群れが湧き出てくる。そのおぞましい状況に、胸が焼けるように熱かった。


「そして、アシュベリーに悲劇が襲いかかったのです」


 アシュベリー。アルトリウスの脳裏では、焼けた街並みの中で、誰かに「逃げろ」と言われた風景がボンヤリと浮かんでいた。しかし、それがいったい誰なのかは分からなかった。


「世界を救うためには、散らばった三つの紋章を集め、世界の中心、神の座と謳われる『ゼニス・スパイア』へ向かわねばなりません。それは、邪神の霧を払う唯一の希望です」

「そこには何があるの?」


 エリーゼが聞く。


「その地には、古代の力で船が空を飛ぶという言い伝えがあるのだよ、エリーゼ。光の英雄たちは、紋章の力で船を空に浮かせ、聖なる泉を目指したという」


 ……聖なる泉。光の英雄たちは、そこで邪神を封じる力を得たという。そこは、通常であれば空を飛ぶ船でしかたどり着けないほど険しい山の中にある、と伝えられていた。邪神が復活しつつある今、それこそが自分たちの進むべき唯一の道だと、三人は確信していた。


「ありがとう、おじいちゃん。行ってくる。私たちのやるべきこと。やってくるわ!」


 エリーゼは一度ガレットのほうを向いて笑みを浮かべ、いつもの調子でタラップへと歩き出す。その小さな肩を、ガレットは一度だけ優しく、包み込むようにそっと叩いた。


「気をつけて行くのじゃぞ、エリーゼ」


2. 最初の試練「シジル・サンクタム」


 ガレットの導きに従い向かった先は『シジル・サンクタム』。ウィンダミアから海を隔てた先にある極寒の地。目覚めた古代船は、またたく間に目的地へとたどり着いた。現在はメルディウス領であるが、かつてはエグザルティアに属していたという国境付近の聖地。そこに「光の紋章」があるという。


 そこは氷の壁に刻まれた古代文字が青白く光り、巨大な石像が侵入者を睨む、まるで時が止まったかのように静かな場所だった。


 その氷の壁の前で、ジークは古代文字を見つめていた。


「あら?ジーク。何が書いてあるのか、読めるの?」

「お、おう。お嬢様か。……いや、読めやしないさ。ちょっとキレイだな、って見とれてただけだよ」


 ジークの口調は軽かったが、青白い光をじっと映し出すその横顔は、どこか遠い記憶を手繰り寄せているようでもあった。


 道中、エリーゼが指先から放つ魔力の灯火が、冷たく暗い回廊を温かく照らし出す。アルトリウスは、いつ襲いかかるとも知れぬ守護者の気配に神経を研ぎ澄ませていた。


 氷に囲まれたその聖域は、複雑な形をしていた。地下の回廊を進んだかと思うと、地上に出て別の入口にたどり着く。その入口には何かしらの仕掛けが施され、訪れる者を拒んでいた。しかし、ジークは持ち前の技術を使って、古代の仕掛けを次々と解除していく。


「やるじゃない、さすがね」

「フハハ、こういうのは得意だぜ?」


 何度か地下と地上を繰り返し進むと、大きな祭壇があった。最奥の間。そこで待ち構えていたのは、魔力によって動き出す巨大な氷の守護像であった。


「下がってるんだ、エリーゼ!」


 アルトリウスの咆哮と共に、聖剣が炎を纏って闇を切り裂く。その声に、エリーゼとジークも反応する。


「分かったわ!こっちは任せて!」

「こっちからも行くぜ」


 エリーゼの放つ雷撃が守護像の姿勢を崩し、その隙をジークの短剣が的確に急所を突く。しかし、守護像の動きは一向に衰えない。むしろ、さらに激しさを増し、三人に襲いかかってくる。


「ちょっと、やめてよ!もう、どうなってるの!」


 エリーゼが悲鳴を上げた次の瞬間、ジークがその巨体の後ろに回り込み、背中に触れた。一瞬、巨体が青白く光る。守護像が動きを止めた。


「今だ、アルトリウス!」


 アルトリウスが獅子の如く踏み込み、核を砕く。エリーゼが振り返ると、ジークはすでにいつもの飄々とした顔に戻っていた。


「今、何をしたの?」

「さあな。勘だよ、勘」


 しかし彼の指先には、まだ青白い光の残滓がわずかに揺れていた。


 息の合った連携により、一行は最初の紋章を手に入れることに成功した。だが、守護像が崩れ落ちた後、ジークは激しく息を切らせながら、床に膝をついたまま動けなかった。懐にある、聖都ソラスの紋様の短剣。自分が長年背を向けてきたその意匠。それが何を意味するのか彼には痛いほど分かっていた。


 アルトリウスが輝く紋章を手に取った時、ジークがふと、何気ない様子で呟いた。


「……これと同じものが、あの『黒い霧』の先にあるぜ」


 その言葉に、エリーゼが鋭く反応する。


「なんであんたがそんなことを知ってるのよ?」

「ん?……あー、なんだ。細けえことはいいじゃねえか、なんとなくそう思ったんだよ。さあ、さっさと行こうぜ!」


 ジークは取り繕うように言うと、さっさと歩き始めた。


「でも、前は行けなかったじゃない。何かいいアイデアでもあるの?」

「さあな、でもまぁ何かしら方法はあるさ」


 ジークはいつもの調子で不敵に笑う。追及を煙には巻いたが、その瞳の奥には、一瞬だけ隠しきれない影が過ぎった。


 ジークは、その結界を破れるのは自分だけだ、ということを知っていた。


3. シルヴァの助言


 来た道を戻るのは、それほど時間がかからなかった。聖域を出て、古代船で再び海へと乗り出す。すると、そこへ波を切り裂いて走る一隻の高速船が現れた。


 甲板で風に赤髪をなびかせているのは、かつて闘技大会で刃を交えた女剣士、シルヴァだった。


「ずいぶんとのんびりした航海だね。その速度じゃ追手に追い付かれるのも時間の問題だよ」


 皮肉げな彼女の言葉に、ジークがひょいと身を乗り出す。


「おいおい、またあんたか。闘技大会での賞金なら、もう酒とギャンブルで使い果たしちまったぜ?」

「ふん、金の話じゃないよ。ちょっと事情が変わってね」


 シルヴァは、面倒そうに首を振った。


「あんたらも知ってるだろ? ドブネズミのオヤジさ。……バルトロから、あのお節介から、色々頼まれてね。結構な金を積まれたから、こうしてわざわざやってきてやったのさ」

「バルトロが……?」


 意外な名前にアルトリウスが眉を寄せる。シルヴァは高速船を古代船に並走させながら、真剣な眼差しで続けた。


「これからアストラル・ピラーに向かうんだろ?だいたい目星はついている。でもね、大陸の外側の海域は通らない方がいい。あそこは……特にエグザルティア周辺の海域は、ちょっと手強いって話さ。かなり大きな被害が出ているらしい。何かが海を狂わせている」

「ちょっとちょっと、なんで、あんたがそんなことを教えてくれるのよ」


 エリーゼの警戒混じりの問いに、シルヴァはただ短く「金を貰ったからさ」と答え、自嘲気味に笑った。


「じゃあ、役目は果たしたからね。……無様に死ぬんじゃないよ」


 仮面に隠れて表情はよく見えないが、心無しか穏やかな笑顔のようにも見えた。


「あぁ、そうそう。あんたの懸賞金はもう無いってさ。残念だねえ。あのドブネズミが裏から手を回したらしい。とはいえ、あんたに敵う相手もそうそういないだろうけどね」


 去り際、彼女の視線がアルトリウスへと向けられる。そこには憎しみとは異なる、複雑な期待が混じっていた。


 一行は彼女の背中を見送りながら、かつては近づくことさえ許されなかった、次の紋章が眠る場所「アストラル・ピラー」へと舵を切る。そこは未だ黒い霧に閉ざされ、来る者全てを飲み込もうとしているかのようだった。


 そして、かつて彼らを拒絶したその黒い霧は、静かに、しかし大きな壁となって立ちはだかっていた。


ご覧いただきありがとうございました!

次回の第17話は、この後【12:10】に更新予定です。

■第17話 監視者の咆哮と、受け継がれし血の記憶


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