第十話「てっぺんのこと」
着いた。
てっぺんは、女の言った通りだった。
壁がなかった。
四方が、窓だった。
窓というより、ガラスだった。
全部がガラスだった。
空だった。
どこを見ても、空だった。
先生たちは、いなかった。
二人だけだった。
男は、しばらく立っていた。
何も言わなかった。
言葉が出なかった。
女も、しばらく立っていた。
地図を出そうとした。
出さなかった。
しまった。
「書かないんですか」と男は言った。
「書けません」と女は言った。
「なぜ」
「言葉にならないので」と女は言った。
男はその言葉を聞いた。
地図を書き続けてきた女が、書けないと言った。
空が広かった。
山が見えた。
川が見えた。
遠くに、別の建物が見えた。
小さかった。
遠かった。
「また来ますか」と男は言った。
「来ます」と女は言った。
「何度でも」
「何度でも」と女は言った。「来るたびに、少し違うと思うので」
「空が変わるから」
「空も変わるし」と女は言った。「来る人間も、変わるので」
男は女を見た。
女も、男を見た。
下から、先生たちの気配が来た。
廊下を歩く気配が。
難儀しながら歩く、先生たちの気配が。
「降りますか」と女は言った。
「もう少し」と男は言った。
「もう少し」と女は言った。
二人で、空を見ていた。
てっぺんで、空を見ていた。
どこまでも、空だった。
壁がなかった。
傾きもなかった。
書類も、地図も、しばらく関係なかった。
ただ、空だった。
二人で、空を見ていた。
やがて、降りた。
また廊下へ戻った。
また傾きがあった。
また先生たちがいた。
難儀しながら、歩いていた。
男も、書類を持って歩いた。
女も、地図を出して歩いた。
また上へ行く日が来る。
そういう気がした。
二人とも、そういう気がしていた。
建物は、今日も縦に伸びていた。
先生たちは、今日も歩いていた。
廊下は、今日も傾いていた。
それでいい、と思った。
そういうものだ、と思った。
てっぺんには、また行ける。
その時も、空は広い。
(第十話 了)
上へ――先生たちの建物 完




