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第一話「建物に入った日」
建物は、霧の中にあった。
いつからそこにあるか、誰も知らなかった。
コンクリートでできていた。
縦に、縦に、伸びていた。
上が霧に消えていた。
男は、その建物に入った日のことを覚えていない。
気づいたら、中にいた。
廊下にいた。
蛍光灯が、頭の上で光っていた。
手に、何かを持っていた。
書類だった。
分厚い書類だった。
どこへ持っていくものか、その時はまだ分からなかった。
廊下を歩いた。
長かった。
端が見えなかった。
先生たちがいた。
いっぱいいた。
知っている顔もあった。
知らない顔もあった。
みんな、どこかへ向かっていた。
みんな、何かを持っていた。
廊下が、少し傾いていた。
気づくのに、時間がかかった。
歩いているうちに、足が重くなった。
それで気づいた。
傾いていた。
ほんの少しだけ、傾いていた。
しかし、長い廊下だったから、端まで行くと、かなり傾いていた。
男は立ち止まった。
廊下の真ん中で、立ち止まった。
先生たちは、立ち止まらなかった。
難儀しながら、歩き続けていた。
男も、また歩き始めた。
どこへ向かうか、分からなかった。
しかし、歩いた。
歩くしかなかった。
(第一話 了)




