第60話『最後の共犯者』
資料室の“人数”は、もう数えられなかった。
久瀬黎司はそれを問題とは思わない。
数えるという行為そのものが、もう不安定だからだ。
白鐘雨音は資料を握ったまま動かない。
「……これ」
声が途中で途切れる。
有馬が苛立ったように言う。
「何だよ、また消えたのか」
白鐘は首を振る。
「違います……“誰かがいた前提”が消えてます」
沈黙。
久瀬は静かに言う。
「最後の段階だ」
白鐘が顔を上げる。
「最後……?」
久瀬は資料を見ない。
“構造の中心”を見る。
そこに残っているのは、もう二つだけだ。
観測する者と、観測される側。
そしてその境界が、すでに曖昧になっている。
久瀬は続ける。
「共犯者は完全に消えた」
「次は“残存観測者”の整理だ」
有馬が眉をひそめる。
「また整理かよ」
久瀬は即答する。
「今度は人間単位だ」
沈黙。
白鐘の手がわずかに震える。
「……人間単位」
久瀬は頷く。
「必要かどうかで選別される」
有馬が苛立つ。
「誰が決めてんだよそれ」
久瀬は答える。
「世界だ」
その瞬間、空気が一段だけ重くなる。
白鐘が小さく言う。
「じゃあ……私は」
言い切れない。
だがその言葉の意味は、すでに三人の間に落ちている。
久瀬は少しだけ沈黙し、そして言う。
「“候補”には入っている」
沈黙。
有馬が机を叩く。
「ふざけんなよ! なんだよ候補って!」
久瀬は反応しない。
ただ事実として扱う。
白鐘は静かに問い返す。
「久瀬さんは?」
久瀬は一瞬だけ止まる。
そして答える。
「俺は例外だ」
有馬が笑う。
だがその笑いは乾いている。
「またそれかよ」
その瞬間だった。
資料室の照明が一瞬だけ落ちる。
戻ったとき、机の上の資料が“二人分の視点”に分かれていた。
白鐘が息を呑む。
「今……分かれました」
有馬が見る。
「何がだよ」
白鐘は答えられない。
“見えている構造”が違う。
一方では白鐘が“中心にいる”。
もう一方では、誰かが空白になっている。
久瀬は静かに言う。
「分岐が確定した」
白鐘が震える。
「分岐……?」
久瀬は続ける。
「残るか、消えるかの最終選別だ」
沈黙。
有馬が低く呟く。
「じゃあもう終わりじゃねぇか」
久瀬は首を振る。
「まだだ」
「“最後の共犯者”が確定していない」
白鐘が小さく息を呑む。
その瞬間、空気が揺れる。
何もいないはずの机の端に、一瞬だけ“誰かの存在の気配”が立つ。
白鐘だけがそれを見てしまう。
そして気づく。
それは“自分の位置”だった。
白鐘は静かに言う。
「……私ですね」
久瀬は否定しない。
沈黙。
有馬が呟く。
「マジかよ……」
久瀬は静かに確信する。
共犯者は終わった。
次は、構造の最後の調整だ。
そしてそれはもう、避けられない。
「最後に残るのは、“消えることを理解している者”だ」
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