第59話『残るのは誰か』
資料室の空気が、薄くなっていた。
久瀬黎司はその変化を“圧縮”と呼んでいる。
情報が減っているのではない。
世界そのものが、必要最小限へと削られている。
白鐘雨音が資料を開く。
「……これ、人数が」
言いかけて止まる。
有馬が覗き込む。
「何だよ」
白鐘は答えられない。
“人数”という概念が曖昧になっている。
久瀬が静かに言う。
「残る構造に入った」
白鐘が顔を上げる。
「残る……構造?」
久瀬は窓を見る。
外は無音だ。
風も、雨も、通行人の気配もない。
あるのは“空間だけ”だ。
久瀬は続ける。
「消失はもう選別段階だ」
有馬が眉をひそめる。
「選別って何のだよ」
久瀬は即答する。
「残すものと、消すもの」
沈黙。
白鐘の指がわずかに震える。
「じゃあ……私たちは」
久瀬は少し間を置く。
そして言う。
「まだ残されている側だ」
有馬が苛立つ。
「その言い方やめろよ」
久瀬は否定しない。
ただ淡々と続ける。
「共犯者はもう完全に消えた」
「次は“観測者”の整理だ」
沈黙。
白鐘が息を呑む。
「観測者……」
久瀬は頷く。
「違和感を持つ側が、残る必要があるかどうか」
有馬が顔をしかめる。
「ふざけんなよ、それ俺らのことじゃねぇか」
久瀬は否定しない。
その沈黙が答えになる。
白鐘が小さく言う。
「久瀬さん……あなたはどうなんですか」
久瀬は一拍置く。
そして答える。
「俺は最初から例外だ」
沈黙。
その瞬間、資料室の照明が一瞬だけ揺れる。
白鐘が反射的に資料を見る。
「今……減りました」
有馬が即座に言う。
「何がだよ」
白鐘は答えられない。
だが確かに、“会話の中の誰かの前提”が抜け落ちている。
久瀬は静かに言う。
「圧縮が進んでいる」
白鐘が震える声で問う。
「最終的には……どうなるんですか」
久瀬は視線を上げる。
「必要なものだけが残る」
有馬が呟く。
「必要って誰にとってだよ」
久瀬は即答する。
「世界だ」
沈黙。
白鐘の顔がわずかに青ざめる。
「じゃあ……私たちは」
久瀬は少し間を置く。
そして言う。
「まだ判断中だ」
その言葉が落ちた瞬間、資料室の奥で“何かが一度だけ整列する音”がした。
誰も見ていないのに、空間が揃っていく。
有馬が低く言う。
「……気持ち悪ぃな」
久瀬は確信する。
次に選別されるのは“存在”ではない。
“必要性”だ。
白鐘が小さく言う。
「久瀬さん……もし、必要じゃなくなったら」
久瀬は即答しない。
だが静かに答える。
「そのときは消える」
沈黙。
その言葉だけが、やけに明確に残った。
そして久瀬は理解する。
もうすぐだ。
「共犯者の消失は終わり、次は“観測者の選別”が始まる」
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