第37話『共犯者A』
資料室の空気が、ひとつだけ“違う重さ”を持っていた。
白鐘雨音は、ホワイトボードの前に立つ。
そこに一行だけ、薄く残っている文字があった。
――共犯者A
白鐘は息を呑む。
「……これ」
有馬が眉をひそめる。
「何だよそれ」
白鐘は指を伸ばす。
「昨日の捜査資料にあった名前です」
有馬は即答する。
「ねぇだろそんなの」
白鐘は一瞬止まる。
だが今度は迷わない。
「ありました」
久瀬黎司が静かにボードを見る。
そして言う。
「残っているな」
その言葉で空気が変わる。
有馬が嫌そうに笑う。
「残ってるっていうか、落書きじゃねぇの?」
白鐘は首を振る。
「違います」
「これは“消えきれなかった存在”です」
沈黙。
久瀬はホワイトボードの前に立つ。
その文字を見つめる。
――共犯者A
久瀬は静かに言う。
「最初の消失対象だ」
有馬が苛立つ。
「だからそれ誰だよ」
白鐘は言おうとして、言えない。
喉の奥に名前が引っかかっている。
出てこない。
思い出せないのではない。
“出力できない”。
白鐘が震える声で言う。
「私は……この人と話していました」
有馬は呆れる。
「いつの話だよ」
白鐘は答えられない。
ただ確信だけがある。
“いた”という感覚だけが残っている。
久瀬は静かに言う。
「始まっているのは消失じゃない」
白鐘が顔を上げる。
「じゃあ何ですか」
久瀬は短く答える。
「選別だ」
その瞬間、ボードの文字が一瞬だけ揺れる。
――共犯者A
その“共”の部分だけが薄くなる。
有馬が声を荒げる。
「今の見たぞ!」
白鐘も頷く。
「削れました……」
久瀬は目を細める。
「役割が分解されている」
白鐘が呟く。
「分解……?」
久瀬は続ける。
「共犯者という“まとまり”が消えている」
「残るのは“役割の残骸”だ」
沈黙。
有馬が苛立つ。
「もう意味わかんねぇよそれ」
久瀬は否定しない。
ただボードを見続ける。
そして確信する。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「共犯者という単位そのものが分解され始めている」
読んでいただきありがとうございます。
感想・評価励みになります。




