第25話『収束条件』
資料室は、もう“部屋”としての一体感を失っていた。
机はある。
壁もある。
だが、それぞれが別々の場所に存在しているように見える。
白鐘雨音は、息を整えながら言う。
「久瀬さん……ここ、場所がズレてます」
有馬が即座に否定する。
「ズレてねぇよ」
白鐘は首を振る。
「私の位置から見ると、机はもっと左です」
有馬は眉をひそめる。
「いや俺からは普通に正面だし」
沈黙。
久瀬黎司がゆっくりと白板を見る。
そこには、もはや事件図ではなく“複数の図”が重なっていた。
久瀬は静かに言う。
「収束していない」
白鐘が小さく呟く。
「収束……できるんですか」
有馬が苛立つように言う。
「そもそも何に収束すんだよこれ」
久瀬は振り向かないまま答える。
「一つの現実だ」
白鐘が顔を上げる。
「どうやって一つにするんですか」
久瀬は少し間を置く。
そして言う。
「条件を揃える」
有馬が即座に突っ込む。
「だからその条件がバラバラなんだって!」
久瀬は否定しない。
むしろ淡々と続ける。
「だからこそ必要だ」
白鐘が息を呑む。
「必要……?」
久瀬は白板に手を伸ばす。
「観測者ではない、基準点を置く」
その言葉で空気が変わる。
有馬が嫌そうに言う。
「また基準点かよ」
久瀬は静かに続ける。
「今の状態は、観測者ごとに現実が分裂している」
「なら、観測の外側に“固定点”を作る必要がある」
白鐘が震える声で言う。
「そんなもの……あるんですか」
久瀬は少し間を置く。
そして答える。
「ある」
有馬が顔を上げる。
「どこにだよ」
久瀬は一言だけ言う。
「この事件の“起点”だ」
沈黙。
白鐘が呟く。
「起点……最初の事件?」
久瀬は頷く。
「そうだ」
「全ての観測が分岐する前の“原点”」
その瞬間、白板の中心に一瞬だけ“黒い点”が現れる。
すぐに消える。
有馬が叫ぶ。
「今の見たか!」
白鐘は震えながら頷く。
「見えました……でも、位置が固定されてません」
久瀬は静かに言う。
「まだ確定していない」
白鐘が小さく言う。
「じゃあ……そこに行けばいいんですか」
久瀬は少し間を置く。
そして言う。
「近づけば、現実は一つに寄る可能性がある」
有馬が呆れる。
「可能性ってなんだよ」
久瀬は窓を見る。
雨は変わらない。
だがその雨の“始まり”が、どこにあるのか分からない感覚がある。
久瀬は確信する。
この事件はまだ壊れていない。
だがすでに――
「現実を一つにするための“起点”が見え始めている」
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