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お前が犯人だ、その推理で世界が変わる -変遷探偵・久瀬黎司の記録-  作者: 未確定ログ
第1部 『犯人変遷篇』第1編『雨の取調室』
19/51

第19話『固定されない犯人』

資料室の空気は、これまでと少し違っていた。


“静か”ではなく、“曖昧”になっている。


輪郭が薄い空気。


白鐘雨音はファイルを持ったまま、しばらく動けなかった。


「久瀬さん……これ」


有馬が覗き込む。


「まだ犯人決まってねぇの?」


白鐘は首を振る。


「決まってます」


「でも……決まっていません」


有馬が顔をしかめる。


「どっちだよ」


白鐘は資料を机に置く。


そこには一つの事件概要が書かれている。


だが、その“犯人欄”だけが空白だった。


久瀬が静かに言う。


「空白か」


白鐘は頷く。


「はい。ですが……」


「最初は埋まっていた記録です」


沈黙。


有馬が即座に反応する。


「いやいや、空白ってことは未確定ってだけだろ」


白鐘は首を振る。


「違います」


「“確定していたものが消えています”」


その言葉で空気が変わる。


久瀬の視線が鋭くなる。


「消えたのか」


白鐘は小さく頷く。


「はい」


「でも履歴には“削除された痕跡がない”んです」


有馬が嫌そうに言う。


「それもう勝手に消えてるやつじゃん」


久瀬は資料を手に取る。


そこには確かに“犯人名があった跡”だけが残っている。


しかし文字そのものは存在しない。


白鐘が言う。


「これ、普通なら“書き換え”か“改ざん”です」


「でもどちらでもありません」


久瀬が静かに問う。


「なぜだ」


白鐘は答える。


「“誰も書き換えていない”からです」


沈黙。


有馬が呟く。


「じゃあどうやって消えたんだよ」


白鐘は言えない。


久瀬が窓を見る。


雨は同じように降っている。


だが、その雨の“密度”が見るたびに変わる。


久瀬は静かに言う。


「犯人が固定されていない理由は一つだ」


白鐘が顔を上げる。


「一つ……?」


久瀬は続ける。


「犯人が“結果”として存在していない」


有馬が眉をひそめる。


「意味わかんねぇよそれ」


久瀬は答えない。


代わりにファイルを閉じる。


「この事件は、最初から完成していない」


白鐘が息を呑む。


「完成していない……?」


久瀬は静かに言う。


「観測されることで初めて形を持つ」


その言葉に、白鐘の手が震える。


「じゃあ……今の犯人欄は……」


久瀬は短く言う。


「まだ決まっていない未来だ」


沈黙。


有馬が小さく笑う。


「未来の犯人って何だよそれ」


だが誰も笑わない。


白鐘が呟く。


「じゃあ私たちが見ている限り……犯人はずっと変わり続ける?」


久瀬は否定しない。


ただ静かに言う。


「そうなる可能性がある」


その瞬間、資料室の蛍光灯が一度だけ瞬いた。


一瞬だけ、白板に“名前のような影”が浮かぶ。


すぐ消える。


有馬が叫ぶ。


「今見えたって!」


白鐘は震えながら頷く。


「見えました……でも読めません」


久瀬は目を細める。


そして確信する。


この事件はまだ壊れていない。


だがすでに――


「犯人という概念が“確定できない状態”へ変質している」

読んでいただきありがとうございます。

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