百握りますかけ線
男の人を可愛いと思えてあたしにも余裕が戻ってきた。
トリスタン様と過ごせるこのひと時を、楽しんでしまおうって。
「若様の手相を当ててみましょうか?」
「え? 一度も見せてないのに? さっき手を繋いだからわかるのか?」
若様の目に警戒の色。
「わからないですよ。当てずっぽうです」
あたしは自分の左手を上げて、手のひらに右手で横線を書く。
「太い線が真横に一本走ってませんか?」
若様は手相を隠すようにしゅっと両手を握り締めた。
「超頑固者の印です」
あたしが笑って見せると、若様は俯きながらそっと左手を差し出した。
「あら、当たっちゃいました? 百握りますかけ線」
感情線と頭脳線が完全に一本に同一化して、くっきりはっきりと手のひらを横切っている。
「昔、学園でパーム・リーディングが流行ったことがあって、『恥ずかしい手相』だと言われた」
「とんでもない。それは本当の意味を知らないからです」
きっと、下品なジョークのつもりだったんだろう。
『あげまん線』も恥ずかしいけれど、思春期の男の子にとっては、『握りますかけ』なんて字面からアウト。
でも、あたしと同じ系統の手相占いを知ってる人が、昔にもいたのね。
あたしは両手で若様の左手を捕まえた。大好きになってしまった人の手を。
自分の指からドキドキが伝わらなければいいがと懸念しながら。
「これは、『天下取りの相』と呼ばれます。一握りで百もの夢を掴む、頑固で粘り強く目標を達成する、珍しい吉相です」
「いいこと、なんだな?」
「はい、とても」
「よかった。でもこっちはヘンだ」
若様は「手相なんて」って言ってたけれど、あたしの見立ては思ったより素直に受け入れてくれた。
次に差し出された右手を吟味する。
え、これはどれがどの線?
左手と同じような太さで、真横に走るますかけ線。
この太さなら感情線と頭脳線が合わさってるはず。
でもその上に、もう一本、はっきりと、普通の感情線がある。
あ、これは、あたしのみたいな変形ますかけ線じゃない。
完璧なますかけ線プラス、感情豊かな印の『二重感情線』!
そしてますかけ線を強い運命線が縦断し、あたしのより深い『神秘十字』になっていた。
「あなたは……」
「左が生まれ持った運勢、右手は現在とかこれからなんだろ? 生まれた時の運勢はいいのに、俺自身が台無しにしてる……」
「違いますっ!!」
あたしは馬車の外にまで響く大声で否定した。
「生まれたままでいったら、あなたは傲慢で頑固で人の気持ちなんか推し量らずに、我が道を行く、他人を圧し潰してでも夢を叶えてしまう人です。でもそこから発展したあなたは、感情豊かで、優しくて、自分が受けている天のご加護を周囲の人に分け与えようとしている姿です! 鋭い直感力のままを進めば、周りも含めて夢を叶えることができます!」
「いや、俺の直感、外れてばかりなんだよ。憶えてるだろ、恵茉を魔女だと思ったのがその直感だ」
「ならきっと、あたしは魔女なんでしょう」
あたしはフッと笑って、若様の隣に座って自分の右手を見せた。
「あたしのは、変形ますかけ線って言います。かろうじて横に一本繋がっているけれど、若様のほどくっきりじゃない。そしてその一本から枝分かれみたいに、感情線が上に伸び、頭脳線と生命線が下に伸び、しています。若様は、ここが繋がってないでしょ? あたしに輪をかけて感情豊か。そしてこの十字。若様の十字のほうがはっきりしてますよね。あたしなんかよりよっぽど、物事の本質を見抜く直感力があります」
「比べてみると、何か似てるな、俺たちの手」
「ええ、そうですね」
もと居た座席に戻ろうとしたら、若様の左腕がグッと回ってあたしを抱き止めた。
「許せ、これ以上、堪えられない。俺は、恵茉が好きだ」
若様の声は震えていた。
「昨夜どんな思いで君を探したか、どれほど自分を責めたか。やっと見つけて目の前で泣かれてどんなに不甲斐なかったか」
苦し気に息を吐いて言葉を繋ぐ。
「この馬車に二人きりで、どうしたらいいのか。君を安心させたい俺と君に近づきたい俺のせめぎ合いに引き裂かれて」
若様の腕にグッと力がこもる。
「君がこんなに近づくから、あんな瞳で俺を見つめるから!!」
あたしは腰骨が折れそうな痛みの中に喜びが駆けあがってくるのを感じた。
若様は片腕だけであたしを捕まえていて、顔自体は背けて俯いてしまっている。
『捕まえたい』けど『触れてはならない』っていうボディランゲージそのままに。
あたしの目には、若様の後ろの、天井近くの馬車の壁が映っていた。
すうっと深く息を吸い、すぐ横の若様の耳元に言葉を落とした。
「トリスタン様、大好きです」
途端に腕は緩まり、ぷしゅうと音を立てそうなくらい若様は脱力した。
「ほ、本当か?」
「はい。ジオラマでお会いした時に気付きました」
「俺は、たぶん、きっと君の占い師姿を見てしまった時から……。普段は溌剌として明るいのに、占いの時は急に神秘的で、そのギャップにやられたんだと……」
きちんと隣に座ると、若様も居住まいを正し、今度はどちらからともなく、しっかりと手を繋いだ。
恥ずかしくて、横目でそっと若様の顔色を窺ったら、とうとう、口づけが降ってくる。
あたしの、初めてのファーストキス。
ファーストキスは初めてに決まってるけど、心から、「初めてのファーストキス」って言いたいって思った。
「君への気持ちをマライアに気付かれてしまってすまない。隠せていたらこんな目に遭わせずに済んだ……」
「あたしこそ、収穫祭のバルコニーに乱入してごめんなさい。あ、あの時にはもう、嫉妬してたかも……」
「妬いてくれてたのか、なら嬉しい」
「もう」
「俺と一緒なら、この国に骨を埋めてくれるか?」
「はい、もちろんです……」
「さっきは恋なんてしてないフリしたくせに」
「だって……」
返答はまたキスに塞がれた。
「あ、あの……、抱っこ……」
若様の首根っこに両手を伸ばそうとしたら、
「俺に甘えてくれるのか?」
と、ことのほか嬉しそうだった。
「若様にしか甘えませんから」
膝の上に乗せてもらって再度自分たちの手相を見比べた。
確かに、よく似た手相だ。
手のひらの上部真ん中の目立つところに神秘十字、横に走る一文字と月丘から上がってくる縦線が重なってできている。
そして、親指の付け根から中指に向けて、同じ角度で恋愛線が走っていた。
「きっと、若様が、この手相であたしをこの世界に呼んだのでしょう? あたしたち、十代のうちに結ばれるって出てます。あたしの人生、まるっと責任取ってくださいね」
「それは……、任せとけ」
答えが嬉しくてあたしはトリスタン様の首元に顔を隠した。
急に甘々になった道中の果てに、到着したシュデックス家では皆が出迎えてくれた。
「アンテックス家から正式な謝罪状が届いてるわ。マライアとの交際をプッシュしてしまってごめんなさい」
カトリン奥様が息子に頭を下げた。
「いいよ、そんなこと。俺たち恋人同士になったから」
若様が照れ隠しに不機嫌になって両親に告げる。
「時間の問題だと思ってたよ」とティエリ侯爵。
「トリスタンが魔女だと呼ぶのは、自分の理性狂わされそうな『好きな女の子』って意味だからさ」
「ヌーナちゃんから卒業できてよかったなぁ」
あたしの捜索を手伝ってくれたらしいアッシュ公爵がからかう。
若様がぎろりと睨みつけると、公爵は、
「男は好きな子に相手にされないだけで凹むんだよ。ルーナスに対して何気に劣等感持ってたのも、そのせいなんじゃないか? 無意識のうちにさ」
と、さらりと合点が行くことを言っていた。
若様は、反論できず、グッと下唇を噛んで黙り込む。
アッシュ公爵は若様に優しい視線を投げてから、あたしに顔を振り向けた。
「恵茉君、真白魔法と付き合うコツは、何でも先に白状しちまうことだからね」
「あ、はい。シェリル様から伺いました。公爵でも潰れかけたって」
「はは、そうだよ、自白できずに白花責めに遭ったんだ。もう懐かしい思い出だ」
「アッシュ、恵茉君は最初っから、トリスタンの真っ白光線を浴びても背伸びもせず焦りもせず、いつも自分らしく等身大だよ」
ティエリ侯爵があたしを褒めてくれた、のかな?
「ああ、ティエリの言う通りだ」
「こっちの挙式のほうが、ルーナスたちより先になるよ。アッシュが恵茉君の親代わり、でいいね?」
侯爵はもう式の段取りーーーー?
「あ、そうか。シェリルも喜ぶね。ブライズメイドはジェシカでいい?」
あたしは結婚式なんてまだまだ想像できなくて、答えが遅れてしまった。
「もちろん、いいですよ。どうせみんな出席してくれるんでしょ?」
若様が思ったより嬉しそうに答えてくれて、全員が笑顔になる。
わいわいと騒ぎながら邸内に戻り、シュデックス家のいつものアフタヌーンティになった。
焼きたてのスコーンの香りに包まれて、あたしはティールームを見回した。
あたしはここで、こうやって、大切な人たちに支えられて、生きていく。
手相の素敵な解釈を信じ、気に入らないことはスルーしながら。てへ、ぺろ。
ーおわりー
読んでいただきありがとうございました。
シリーズ内にアッシュの若い頃の話、ルーナスの話などありますので、よろしかったら、どうぞ。




