第十三章 白の一族
王都での連戦を終えた夜。
宿の食堂で、リリアナが珍しく帳面ではなく、一枚の古い羊皮紙を広げていた。
「皆様、少しよろしいですか。商会のネットワークから、興味深い情報が入りましたわ」
駿介が振り返る。ローズは焔リンゴを齧りながら、めんどくさそうに片目だけ向けた。シルフィーは無言で手を止めた。
「まず前提として——」
リリアナが羊皮紙を広げた。大陸の地図に、三つの紋章が描かれている。
「この世界には、三種の高貴な血統が存在すると言われています。古くから大陸の歴史書に記された、神獣に連なる血脈です」
「三種?」
「はい。まず金の一族。帝国の象徴として君臨し、圧倒的な個の力を持つ血統。現在の帝国最強、ゴールドクレセントがその末裔です」
ローズの手が、一瞬止まった。
「次に銀の一族。風を操る逃げの血統。かつては大陸を自由に駆け回っていたと言われていますが……現在は、その多くが各国の支配下に置かれています」
シルフィーが、静かに自分の手首を見た。
「そして——」
リリアナが、羊皮紙の三つ目の紋章を指で押さえた。純白の馬が描かれている。
「白の一族。三血統の中でも、最も数が少なく、最も謎に包まれた存在です」
「白……」
駿介が身を乗り出した。
「白毛の馬、ですわ。純白の馬体は、他のどんな馬とも並べた時に際立つ神々しさを持つと言われています。古い文献には『走る聖域』とまで書かれているほどで——現在の大陸では、その存在を直接見た者がほとんどいない。それほど希少な血統です」
「なぜ希少なんだ」
リリアナの表情が、わずかに曇った。
「……帝国と王国、両方から追われているからです。帝国はその力を支配下に置こうとし、王国はその存在が脅威になることを恐れている。白の一族はどこにも属せず、大陸のどこかに身を潜めて生きているとされています」
食堂が、静まり返った。
シルフィーが口を開いた。
「……銀の一族も、同じだった」
「はい」リリアナが頷いた。「美しいものは、支配したがる者を引き寄せる。……悲しいことですが」
ローズが焔リンゴを皿に置いた。
「で、その白毛が何なの」
「実は——」
リリアナが帳面を開いた。そこには、商会のネットワークから集めた目撃情報が細かく書き込まれている。
「三日前、王都から東へ二日ほどの山間部で、白い馬の目撃情報が入りました。一度ではありません。同じ場所で、複数の商人が目撃しています」
「……確度は?」
「私の商会が直接確認した情報です。信頼できますわ」
駿介は少し考えてから、シルフィーを見た。
シルフィーは静かに前を向いていた。
「……行くべきだと思う」
シルフィーが言った。珍しく、自分から意見を言った。
「なぜ」
「追われている。どこにも属せない。……そういう存在が、一人でいるべきじゃない」
食堂に、静寂が落ちた。
誰も何も言わなかった。
シルフィーの言葉の重みを、全員が分かっていたから。
駿介が立ち上がった。
「リリアナ、明日の朝、案内頼めるか」
「もちろんですわ!」リリアナが帳面を閉じた。「ただし——」
目が、金色に輝いた。
「白の一族をステーブルに迎えられたなら、その希少価値……興行的に考えると金貨が——」
「リリアナ」
「……分かりましたわ。まず会いに行くだけですわね」
ローズが立ち上がり、欠伸をした。
「どうせ逃げるわよ、最初は」
「なんで分かるの」
「だって——」
ローズが窓の外を見た。
「追われ続けた馬が、すぐに人を信じると思う?」
誰も答えなかった。
ただ、シルフィーだけが、小さく頷いた。




