第3章 第13話 「偵察」
20210810公開
【‐皇国歴313年「衣月」19日午後‐】
統合鎮護中隊第1機動小隊隊長のアトレ・ライル3曹は騎獣の上でゆっくりと視線を動かしていた。
気性の荒い騎獣のガッグも、動いてはいけないと理解しているのか、身じろぎもしない。
小隊本部班付きの2騎も少し離れたところで待機している。
そろそろ先行した斥候役の分隊が戻って来る時間だった。
今の彼の姿を一言で表すなら、枯草の山になるだろう。
補隊迷彩戦闘上衣長袖型の各所にある帯で、周囲にある枯草を挿んでいるのだ。
騎獣のガッグにも偽装用の網が掛けられている。
『本当に中隊長の知識は凄いとしか言えないな。たったこれだけの事で、敵に発見されにくくなるんだから』
補隊迷彩戦闘上衣長袖型を初めて見た時の衝撃は今も覚えている。
茶色と緑色が入り乱れた模様で戦闘上衣を染色するという発想がどこから湧くのかは未だに不明だ。普通の人間では考えつかないと断言出来る。
しかも、最初は利用法が分からなかった幾つも有る小さな帯が、草や枝を差し込む為のものだと聞いた時には呆れたものだった。
だが、実際に草原や森林で試すと、効果は絶大だった。
ライル家で使っていた装備と今の装備でどれだけ認識に差が出るかを実際に試したが、話しにならなかった。青と白で染色されたライル家の上衣を着た部下は、遠くからでもすぐに分かった。
それに対して、その隣に並ばせた今の装備を身に纏った部下は、何かが有るけど特に留意すべきものではない、という認識になってしまった。
中隊長の説明では、人が造った物の特徴を消して、自然に在る物の特徴を前面に出せば、人間は騙されるという事だった。
人間が造った物の特徴と言うのは、原色、直線、規則性になるらしい。
確かに、ライル家の上衣は当てはまる。
遠くから自軍の状況を確認する為に、自然に溶け込まない様に作られたのだろうという中隊長の言葉には納得しか無かった。
斥候に出した分隊の9騎が姿を現したのは、しばらくしてからだった。
彼らもライル3曹と同じ様な偽装をしている。
枯草の塊が9つ動いている様に見える。
「只今戻りました。接敵も無く全員無事です」
「ご苦労。拠点に戻るまでに簡単に報告を聞こう」
「は!」
拠点に真っ直ぐに戻らずに、最初は右方向に角度をずらして進む。ある程度の距離を進んでから、次は左方向に角度をずらして進んだ。
「物資の搬出はほぼ終わった様です。動きも少なく、物資も今は1/3ほどしか残されていません。弓兵と重装歩兵は全員姿を消していました」
「いよいよか。警備体制はどうだ?」
「緩い、としか言いようが有りません。決められた通りの警戒行動しか取っていないと思われます」
「増援は入っているのか?」
「多少は入った様ですね。軽装の歩兵が増えていました」
「なるほど。雰囲気としては一仕事が終わった感じか?」
「その通りですね」
「では、報告はその線に沿った感じで良いな。ご苦労だった。拠点に戻ったら休んでくれ」
「了解です」
アトレ・ライル3曹率いる統合鎮護中隊第1機動小隊の現在の任務は、前線からかなり離れた位置に築かれたチャイン帝国の侵攻拠点の監視だった。
監視の結果、再度の侵攻はほぼ確定で、時期としては茂月に入って早々と言ったところだろうと考えていた。
情報は逐次、訓練も兼ねて、練度が落ちる第2機動小隊が皇都近郊に在る中隊本部に伝達している。
新たな命令が有れば、3日も有れば届くくらいには連絡網の密度は確保していた。
3千脈(約50分)掛けて戻った拠点は、ちょっとした丘陵地帯に築かれていた。
街道からも離れているので、よほどのことが無い限り見付からない場所だ。
高さ1千爪(約15㍍)の丘の斜面をくり抜いて強化した箇所を居住区にして、そこから高さ2百爪(約3㍍)の柱を何十本と打ち込んで天幕を伸ばしていた。
騎獣のガッグの厩は、別に築いた同じ規模の天幕を使っている。
ガッグを厩天幕に預けた後、指揮所天幕に入ったが、中は外よりは少しだけ温かかった。
留守にしている間に、どうやら補給小隊が補給物資を届けてくれた様だった。
魔杖短弓M4用の鏃が3箱と食料が4箱だった。
アトレ・ライル3曹は、決戦の時が近付いて来た事を実感した。
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