第3章 第9話 「運命の渦」
20210705公開
【‐皇国歴313年「祝月」27日午前‐】
『有り得ん・・・ これを十にもならん童が成したのか・・・。第2太后陛下の懐刀は尋常ならざる武を持つと御犬番から聞かされて来たが、ここまでとは・・・』
目の前で行われている演習を目の当たりにして、タリエ・ヘルバリ外重派遣衛士隊隊長は全身から冷や汗が流れ出る様な衝撃を受けていた。
室内と室外の警護に対応する為に、衛士が佩く得物は伝統的に長剣と短剣の2種と定められていた。
当然ながら、弓や「エクスアロ」による遠距離からの襲撃、及び「アロ」「ハイアロ」による中距離からの襲撃に対しては対応のしようが無いのだが、万が一の場合は迅速に襲撃現場からやんごとなき方を連れて退避する事になっている。
その際、徒歩で随伴する衛士が盾と足止めの役割となる。文字通り身体と命を盾替わりに投げ出して、だ。
だが、目の前で展開されている光景は、そんな対応がいかに無意味かを思い知らせるものだった。
矢が見えた瞬間に反射的に身体が動く様に訓練はしているが、見えなければ意味が無い。
もし反応出来たとしても、標的を粉々にする様な爆発に連続で晒されて警護対象を守れるとは思えない。
よく見れば、着弾の散布も纏まっており、刻までも統制されている。
しかも、「エクスアロ」擬きの陰に隠れて目立たないが、岩を連続で削り続ける攻撃も脅威だ。
着弾の頻度が高い。あの攻撃に長時間耐える事も出来ないだろう。
結論として、襲撃されたら護衛は不可能だ。
「エル、すごいけど、こわい」
ニールス第3皇子殿下が、エルリング・ヴィストランド統合鎮護中隊隊長に話し掛けた。
位置の関係で表情は見えないが、声には恐怖が滲んでいた。きっとヒルデ第3皇女殿下に縋りつく様にされていることだろう。
「実は、臣、エルリング・ヴィストランドも同じ思いです。強い力はそれに見合った統制が必要だと愚考します。強い力に振り回されない心の強さが必要だと愚考します」
「うん、エルならいい。うーん、やっぱりエルしかダメ」
「ニールス殿下の仰る通り、ヴィストランド卿なら安心ですね」
「うん」
ニールス第3皇子殿下とヒルデ第3皇女殿下の御二人は、ヴィストランド統合鎮護中隊隊長に絶大な信頼感を抱いていると報告を受けていたが、それを証明するかの様なやり取りだった。
エルリング・ヴィストランド1等士は、タリエ・ヘルバリ外重派遣衛士隊隊長から見ても、長い皇国史上でも他に類を見ない人物だった。
初等学校初年生には武で頭角を現し、魔術と違って存続性の有る魔法を生み出し、「アロ」と「ハイアロ」から途絶えていた新たな攻撃圏外魔術を生み出し、それを用いて戦功を打ち建てる・・・
これを十にもならん童が成したのだ。前人未踏と言って良い。
しかも、今、目の当たりにしている部隊も出来て当然かの様にあっさりと生み出した。
異常だ・・・
只の人ならば、その様な偉業をたった数年で成し遂げられる筈が無い。
全能神プランティナインス様の加護を受けているとしか思えない。
そんな人物を取り込んだ第2太后陛下の先見の妙さえも、プランティナインス様が与えた運命かもしれんな、と彼の脳裏を過った。
翌日、タリエ・ヘルバリ外重派遣衛士隊隊長も運命に巻き込まれた。
皇主様の名代として、時期不明なれどニールス第3皇子殿下親征す。
外重派遣衛士隊は、下記に挙げる訓練を統合鎮護中隊にて至急受けるべし。
という命令が下されたのだ。
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