第2章 第10話 「補隊軽装甲兵員輸送獣車」
20210405公開
【‐皇国歴312年「根月」26日早暁‐】
さすがに今の時期、この地域の夜明け前は零下にまで気温が落ちるから寒い。
しかも、気が付けば少しだけど雪も降って来た。
懐に入れている個人用カイロが無ければ、もっと凍えている筈なんだけどね。僕が出征前に造っていた原型を基に我が社が製品化に成功したんだけど、何気に優秀な魔道具なんだ。
品切れが続いている『魔道具エアコン』は裕福な層には大人気だけど、下位士家や庶民には高嶺の花なんだよね。
その『魔道具エアコン』を購入したお客様から使用感や改良要望の聞き取り調査をした時に、夏の暑さは結構耐えられても、冬の寒さは堪えていたのでありがたいという声が多かったので、低価格で手軽に暖を取れるという狙いの商品を開発しようと考えたんだ。
『アイデア』というか、素案は『夢』で見ていたから簡単に出来ると思っていたんだ。
最初は『日本』でありふれていた使い捨てカイロを考えていたけど、意外と配合が上手く行かなくて諦めてしまったんだ。今から考えると、手に入る素材に不純物が多かったせいだったと思う。
次に触媒とベンジンを使ったカイロを研究しようとしたけど、ベンジン自体が出回っていなかったんだ。
なら、いっその事、魔道具にしてしまえ、ということで、開発に取り掛かったけど、意外と簡単に原型が出来てしまったんだ。
魔法『シズク』の開発で散々圏内魔術の『クーラルボーラ』をいじり倒したおかげだ。その時の知見が活きたんだ。
魔道具として優秀な理由として、まずは戦闘中に使っても支障がないくらいに魔素の消費が少ない。魔素を注ぐ意識が途切れる睡眠中でもあまり温度が下がらないくらいだ。
第2に、懐に入れても邪魔にならない大きさだ。掌内にすっぽり入る大きさにまとめる事が出来た。
第3に、機能を限定する事で製造コストも抑える事が出来た。まあ、元々市販する予定だったから、開発段階から販売価格をかなり重視したおかげだ。
第4に、簡素化された構造と新技術を導入した事で生産性が上がった。
新技術とは、3番目の夢で見た『プレス加工』なんだ。
地球で使われている技術に比べれば100年も200年も遅れた初歩の初歩なんだけど、それでもここでは最先端技術だ。手と足でハンドルを回して魔鉱をプレスするんで人力プレスと言えるけど、小さくて強度を求めない製品という事で、合金にしない柔らかい魔鉱を使ったから人力程度でプレス加工が出来る。
将来的には水車を使って、より強力なプレス加工を実現する計画が進んでいる。更に次世代では蒸気機関を視野に入れているけど、そこまで辿り着くのは時間が掛かりそうだね。
あ、そうそう。初歩の旋盤を自力で造っていた工房と提携する話し合いが成功したって報告が来ていたんだ。職人の腕に依存していたネジや銃身の施条の精度が一気に上がる筈だ。
よし、目が覚めた。
窪地に停めた『補隊軽装甲兵員輸送獣車』から地面に飛び降りる。
『補隊軽装甲兵員輸送獣車』は、すぐに手に入る事を重視したから市販の木製荷物運搬用の獣車を改良しただけのものなんだ。
手を加えたのは5点。
すごく薄い鉄板を車体側面と天井に張り付けて、火矢対策にしたこと。
内向き向かい合わせに簡易な木製の椅子(足元には個人装具を放り込める空間を作ってある)を取り付けたこと。
銃眼として、車体側面に横長の長方形に窓を開けたこと。
車体の天井を強化して上に登れるようにして梯子を付けたこと。
偽装用迷彩模様の網を収納する空間を天井の下に作ったこと。
重量が増えたことで搭載量が減ったことと、重心が上がったことで少し不安定になったけど、許容範囲と言えるだろう。
監視所に向かう間に出会った隊員たちに敬礼を返しながら、頭の中でもう一度今日の作戦をなぞる。
全体としてはバルテルス1等将家が治めていた領都「バルテルストレーム」の奪還作戦だ。
「バルテルストレーム」は大河セルベル川の河口で栄えていた港町だ。北ミズガーズ大陸の北西に浮かぶラスガーズ島との貿易をバルテルス1等将家が独占していた為だ。
ラスガーズ島の島民はコモン族だったが、血縁関係を結び、バルテルス1等将家領の飛び地の様に育てて来た成果と言える。
この時期は本当ならラスガーズ島から「大海獣油」の原油輸入が盛んだっただろう。「大海獣油」は料理から工業まで幅広い用途が有る戦略的物資なんだ。
そして運ばれた「大海獣油」の原油は「バルテルストレーム」南側に立ち並んでいる施設で精製されて、皇国中に運ばれるんだ。
地球で言うところの『戦略的備蓄』なんて無かったから、チャイン帝国に占領された影響は深刻だ。
他の侵攻地域は守りに徹して、「バルテルストレーム」奪還作戦は2度実施された。結果は2度とも失敗した。
表からは詳しい情報は来ないけど、エミリア・ペーデル曹長経由では情報が入って来ていた。
だけど、政治的な匂いが濃くて、嫌になってしまう。
だって、奪還作戦を主導したのがラーレ家の当主ホルガ―・ラーレ様、御歳52歳だからだ。
チャイン帝国の侵攻を知るや否や、真っ先に皇都に逃げて来たバルテルス1等将家に恩を売って、「バルテルストレーム」の貿易権益に食い込もうとしているのが丸わかりなんだよね。
ほんと、大人って汚い。
『第101補隊所属試制第1増強小隊』の初陣だけど、作戦上の役割は脇役どころか損しかない役割だ。
チャイン帝国の増援を囮になって誘引して足止めすべし、って、普通にすれば全滅必至な命令が下されていたからね。
お読み頂き、誠に有難うございます。




