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第2章 第2話  「同士」

20210219公開




 3人の皇族は、革張りのソファに横並びに座っていた。

 第2太后たいこう陛下が2人の孫の間に座っていて、カップを受け皿に置こうとしている所だ。

 ニールス殿下とヒルデ殿下はこちらに顔を向けて、ニールス殿下がいつもの様に、二パッという感じで笑みを浮かべた。

 


「ニールス第3皇子殿下、ヒルデ第3皇女殿下、第2太后たいこう陛下、御機嫌麗しく存じ上げます。しん、エルリング・ヴィストランドが仰せにより只今罷り越して御座います」


 僕は宮中作法に則って、左膝を前に立てながら跪き、『御目通りの御挨拶』を述べた。やはりどうもこういう堅苦しい挨拶は苦手だ。

 大体、9歳の子供が宮中の作法を完璧に熟せなくても大目に見て欲しい気がする。

 今、名前を挙げた順番や地位を間違えた場合はすぐに宮中に広まってしまう。あの士家当主は礼法も弁えないという悪評と共にね。うっかりと間違い易い例としてては、第2太后たいこう陛下に関しては、名前は省略するし、広く市井で使われている『母大樹』様も使わない。



「うん、きてくれてありがとう」


 きっとニコニコとしていると分かる声でニールス殿下が答えてくれた。

 皇族らしからぬ、でも5歳の男の子らしい素直な言葉だ。

 そして、この場合、皇位継承権を持っているか、複数の継承権所有者が居る場合なら継承権が上位の皇族が答えない限り、臣下の者はひたすら頭を下げて待つ必要が有るんだ。

 そういう意味でもニールス殿下が真っ先に答えてくれたのは助かる。

 返答をする前に女の子の声が聞こえた。


しんエルリング・ヴィストランドの無事のご帰還、本当にうれしい限りです」


 ヒルデ殿下だ。

 本当にほっとした心情が声に籠っていた。

 まあ、この姉弟以外の皇族の言葉には常に選民意識が染み込んでいる事が分かるだけに、ヒルデ殿下の性格も、はっきりと言って宮中では異色だろう。

 むしろ宮中で暮らすには優し過ぎて苦労しているんじゃないだろうか?

 

「両殿下の勿体無きお言葉、かたじけない限りで御座います」


 そう答えながら体を起こそうとすれば、やや年配の女性の声が聞こえたので、そのままの姿勢を保つ。

 危ない危ない。


まこと、殿下がたの申す通り。大事だいじ無く還って来た事、陛下も喜んでおりました」


 第2太后たいこう陛下の言葉は、宮中政治の表裏を知り尽くしているとは思えない程に直截的だった。声音こわねにも温かな感情が籠っている様に聞こえたんだけど、さすがに僕は有頂天になれない。

 だって、僕が宮中政治に巻き込まれた理由の半分は、第2太后陛下のせいだからね。


しん、エルリング・ヴィストランド、士家としての責任を果たしただけにて、身に過ぎたる御言葉に、ただただかたじけない限りで御座います」

「その忠義や良し。おもてを上げよ」

「はは!」


 ふう、直接の許可も出たし、やっと顔を上げられる。

 

「そこでは、殿下がたも話し難かろう。殿下の御前に座する事を許す。茶をもてなせ」


 最後の言葉は、自身に付いている女官に向けての言葉だろう。気配も無く控えていた2人の女官がノーモーションで動いた。

 それと同時に、この屋敷の女官が部屋から出て行く気配がした。


「それで、北領の様子はどう? 押し返せそう?」

「いささか難しいかと。良くて押し留めるくらいかと」

「そう。エル君ならどうする?」


 この屋敷の女官が居なくなった途端、第2太后陛下が纏う雰囲気が変わった。

 この気安い雰囲気が素の雰囲気だと知っているのは、きっとここに居る3人と専属の女官だけだろう。

 全員に共通するのは、僕が見たような『夢』を経験した点だけ。見た期間も場所もバラバラで、僕が一番長く見ていた。

 他人に言うのははばかれる秘密を共有する同士という感じだ。

 極偶ごくたまにしか姿を現さない第2太后陛下がこの屋敷に居る理由が分かった。ここ以外で会う事は政治的なリスクが高いからね。

 会う理由も、北領の状況を僕から直接聞きたいのだろう。ついでに対処方法も聞きたいと考えたといったところかな?

 


 それはそうと、チャイン帝国の侵攻を止める手立てだけど、無い訳では無い。

 第2太后陛下なら、それを踏まえて皇国を動かす事が可能だ。僕としても、しっかりと説明出来る貴重な機会を逃す訳にはいかない。

 

「チャイン帝国の強みから説明します。なんと言っても大量の騎獣を使った移動速度の速さです。機動力と言います。歩くよりも何倍も速く移動出来るので、自分たちが不利と思ったら、すぐに逃げられてしまいます。逆にこちらの弱点を知れば一気に襲って来ます。例えるなら『鬼ごっこ』で、こちらは常に歩いているのに、あちらは常に走っている様なものです」

「反則ね」

「ええ、反則です。また騎獣に乗ったまま突っ込んで来るんですが、死ぬほど怖いですね。将家が負けても当然です。例えば、怖い顔をした大きな大人おとなが全速で走ってぶつかって来るのを止めれますか、ニールス殿下?」

「むり。エルにとめてもらっていい?」

しん、エルリング・ヴィストランドでも無理ですよ。まあ、武器を使えば出来ますが」

「なら、まかせる」


 返事はニッコリと笑う事で返した。

 僕の笑顔を見て、ニールス第3皇子もニッコリと笑い返された。本当に可愛い盛りだね。


「その他にも強みは有りますが、大きな点はこの2つです。それでは弱点ですが、障害物に弱い事です。例えば森の中では走れませんし、高い壁を乗り越えられません。人間だけの時と違って食べ物が沢山必要です。訓練に時間が掛かります。そもそも走れなければ大きな的になります」

「思ったより弱点は多いのね」

「ええ。でも、速い・強いの2つは、それでも魅力です」

「私の手の者が調べた限り、エル君が居なかったらタダ村の戦いも負けていたみたいね」

「そうですね、否定はしません。よほどこたえたのか、その後の反撃も無かったくらいですから」

「それを踏まえて、どうすればいいのかしら?」

「対抗手段を2つの言葉で徹底する事がまず1つめです。『止める』と『撃つ』です。例えば柵や槍で止めて、そこを圏外魔術アウタムマギアで叩く、という具合です。状況によっては森の中に引きずり込んで叩いても良いでしょう。2つめは『遠距離投射火力』を育てる事です」

「エル君が20人居れば勝てるわね。でも、実際は居ないわよ?」

「一応、考えている方法は有るのですが、僕の力だけでは無理ですね」

「あら、さすが神童と言うべきかしら。私がなんとかすれば良いのね?」

「誠にかたじけなく」



 返事は楽しそうな母大樹様の笑い声だった。




 

 しばらくして、皇主様の名の下、僕の3等士家への陞爵しょうしゃくと、士家隊から補隊への移籍が発表された。僕は太ももまで泥沼に嵌った様だ・・・







お読み頂き、誠に有難うございます。

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