第1章 第15話 「パレード」
20201020公開
【‐皇国歴312年「食月」15日夕刻‐】
「さすが神童と呼ばれるだけあるな! ヴィストランド4等士のおかげで被害は軽微で済んだぞ!」
バンバン!
「全くだ! こんなに小さいくせにシャレにならん圏外魔術をバンバン撃つんだからな!」
バンバン!
「いや、ほんと! 正直、いけ好かんヤツだと思っていたが、味方にするとこんなに頼もしいヤツはおらんな!」
バンバンバン!
僕は現在、味方のはずの複数の士家隊隊長から攻撃を受けていた。
味方と言っても、宮中政治の上では僕は敵対視されて来たんだけどね。
まあ、それはいい。
手のひらで肩を叩かれるという攻撃手段なんだけど、自慢の金属軽装鎧のおかげで『ダメージ』はない。もし防具が無ければ肩は青あざだらけになっていただろうけど。うん、衝撃吸収性能も問題無し。
「それくらいで良いでしょう。それよりもこれからの事を話し合いましょう」
助け舟を出してくれたのは第7隊隊長のラッセ・ヨンセン/JN1等士(13歳)だった。
現在、僕たち「タダ村奪還部隊」は現場待機を命じられていた。
何故ならタダ村の奪還を本隊が担うことになったからだ。
要するにタダ村奪還という「最大の手柄」を、ラーレ家の当主ホルガ―・ラーレ様、御歳52歳が掻っ攫うので動くな、という訳だ。
一応、理由は有る。僕たち「タダ村奪還部隊」の被害が甚大な為に、進軍して被害がこれ以上拡大しないようにとの配慮、らしい。
被害が甚大と言っているけど、実際の所は補隊が主に損害を被ったが、戦死者重傷者を合わせて30人ほどだ。これまでに将家部隊が被って来た損害に比べると桁が違う。
なんと言うか、人間の愚かさを見せ付けられた気分だ。
これが、昔は「忠臣5家」と呼ばれた御側家の現在の実態だ。
現場待機を命じられていても、暇ということは無い。
すべきことは膨大な量になる。
まずは陣地を命令通りの位置に変更だ。丘から降りて畑の中に陣地を再構築する。
見通しが良いし可能性が低いとはいえ、反撃の為に戻って来たチャイン帝国の奇襲を受けないようにする為の哨戒線の構築。および哨戒する当番の割り振り。
負傷して捕虜になった敵兵の武装解除。今は監視がしやすいように1カ所にまとめている。
捕虜の数は100人を越えたくらいだ。
敵とは言え、同じ人間なので負傷の手当ても必要だ。
ただし、助からないと判断した場合は無意味に苦しみを長引かせないように彼ら自身で介錯してもらう。変な気を起こさせないように渡した刃物は刃渡り10爪(約15㌢)の短刀だ。
これに関しては実はひと悶着が有った。
僕が身振り手振りでそのことをチャイン帝国の中隊長らしい指揮官に伝えた際に、子供の僕を人質に取ろうとしたんだけど、逆に抑え込み返したんだ。体重差はどうしようもないけど、筋力は『ボディチャージ』を掛けた僕の方が上だ。身のこなしも速さも違う。
なんと言っても3つ目の夢で見た『MCMAP』という格闘術の動画の記憶を頼りに練習した格闘術は初見では対処できないと思う。
だから、相手の力と体重を逆に利用してあっさりと抑え込めた。
まあ、最初にガツンとやっておけば、後が楽だからわざと隙を見せて動きを誘導したんだけどね。
あらかじめ周囲には伝えておいたから、いざとなれば人数で抑え込めるようにはしていたんだけど、上手く行って良かった。
おかげで僕を甘く見ることは無くなったんだけど、負傷の手当ての段階で困ったことが分かった。傷口洗浄用の『クリエウォーティアー』はほとんどの貴族階級出身の隊員は扱えたけど、負傷治療用の圏内魔術の代表格『トリイツメンツ』を施せる人数が19名、それよりも高度で強力な『キューレ』が4名、最高難度の『ハイキューレ』に至っては僕しか使えなかった。
『トリイツメンツ』・『キューレ』・『ハイキューレ』の3つの魔術をそれぞれ何回掛けたか覚えていない。おかげで治療が終わった時には僕はクタクタだった。
野営の準備も現在進行中だ。
ただ、手持ちの食糧だけでも捕虜の分を入れて2日くらいは過ごせるけど、薪がそんなに無いんだよね。
今夜の分はなんとかなりそうだけど、朝から汁物無しで保存食を食べるのは避けたいよね。戦死した兵の亡骸と重傷を負った負傷兵の後送、および諸々の補給の為に後方に派遣した補隊が上手く調達してくれれば良いんだけど。
飲み水は僕たちが持ち込んだ『シズク』用の骨組み2つが全力で稼働中だ。
みんな、手持ちの水だけで足りると思っていたようだけど、甘いね。
で、今はようやく一段落が付いて、今後の方針の確認をする為に各隊の隊長が集まっている最中という訳。
で、何故かそこに僕も混じっていると。
まあ、戦の後の後始末の指針を出したのが僕なので、仕方が無いと言えば仕方が無い。
たかだか班を指揮する伍長でしかないけど、ラッセ・ヨンセン/JN隊長たっての頼みだからね。
ただ、時間が無いので、戦死した敵兵の埋葬は明日に回すしかない。
1日がかりの仕事になる。
鋤とか鍬とかを奪還したタダ村から調達しようと企てていたけど、現場待機の命令が来た為に計画はご破算だ。補給物資の要望の中に入れておいたけど、手に入れてくれるかが心配だ。
「若さまー! 味方本隊を視認! 道を3列縦隊で接近中でーす!」
僕が味方から攻撃を受けている間に代わりに周囲の警戒をしてもらっていた従兵のヴェイセル・B・WSR(30歳)が丘の上に残して来た獣車の荷台から報告をして来た。
「斥候はー? 前衛は無しかー?」
「見当たりませんー!」
思わずため息が出るね。
この辺りにはチャイン帝国の戦力は残っていないけど、それでも少しは警戒すべきだろう。
「我々を信用して警戒をしていない、って指摘したら言うんだろうな」
最初に僕の肩を叩い隊長がぼやいた。
「最近、分かって来たぜ。ああ言えばこう言う、って法則をな」
本隊は見せ付けるように悠々と路上を行進して来た。
そう、行軍でなく行進だ。あれでは『パレード』だ。誰に見せるのか? 僕たちにだ。
僕がチャイン帝国の指揮官なら彼らに接敵したら徹底的に叩き潰す。
少なくとも手痛い損害を与えた僕たちよりも遥かに組みし易い敵だとすぐに分かる。
敬礼をしながら、そんな不穏な事を僕は考えていた。
実戦の荒波を潜り抜けたこちらを、見下すようにニヤケた笑いを受けべている軍隊など、本物の戦場で生き残れるはずが無い。
お読み頂き、有難うございます。