第1章 第13話 「エクスカービン」
20201018公開
チャイン帝国軍が動き出したのは5千脈(約1時間20分)後だった。
お互いに保存食を食べて腹を落ち着かせた後だ。
こちらの作戦は単純だ。
『エクスアロ』を1町(約150㍍)先に打ち込む。
その後、手投げ式の圏外魔術『エクストン』を3千爪(約45㍍)先に投げ込む。
後は『アロ』か『ハイアロ』を放って、接触直前に『槍衾』に切り替える。
乱戦になって射線が取れなくなるか魔素が尽きれば、士家当主も槍か剣に切り替えて戦う。
うん、戦術と言うのもおこがましい作戦だ。これも行き当たりばったり感が大盛りだ。
だが、今出来る戦い方はこれしかない。
僕は僕自身の判断で自由に戦う事を許されている。
使う圏外魔術の桁が1人だけ違うので仕方がない。
チャイン帝国の先鋒500騎は横列を保ったままこちらの陣にゆっくり加速しながら向かっている。
うちの隊に向ける視線が熱い。
丘の上に布陣しているから目障りなんだろう。
ちょっと気になって後ろ側に整列している味方を振り返ってみた。
みんな、緊張のあまり、表情が強張っている。
まあ、中には僕の表情を見て、驚いた表情を浮かべる者も居た。
きっと、僕が緊張した顔をしていないからだろう。
取り敢えず、頷いておいた。意味は無い。意味は勝手に作ってくれるだろう。
最後にアイナと目が合った。鎖帷子のフードから覗くアイナの目は完全に涙目だった。9歳の子供が命が掛かっている戦いの場に引きずり出されたんだ。そりゃあ、涙目にもなるか。
ふと、3つ目の夢のせいで身に付いた父性が湧いたのか、安心させてやりたくなったので、笑みを浮かべてみた。
口元が「え?」と言ったように変化した。
なんだろう、その顔が急におかしく思えて来た。
今度は自然な笑みが出てしまう。
前方に目を戻す頃には、クスクスと笑い声さえ漏れていた。
後ろから、『信じられねえ、笑ってやがる・・・』やら、『楽しんでやがる・・・』やら、『狂ってやがる・・・』やらの声が聞こえたが、これまでに受けた上級士家たちの厭味ったらしい悪口に比べたら可愛いものだろう。
うん、真横から受ける呆れたような視線も気付かなかったことにしよう。
3町(約450㍍)まで接近された段階で、どの騎兵を狙撃するかを見極め始める。
駆ける速度は脈速1千爪(秒速約15㍍)に達している。
2町(約300㍍)で『エクスカービン』の射撃を開始した。
狙うは小隊長級の指揮官だ。ご丁寧にも兜に飾りとして鳥の羽らしきものを立てているから狙いを決めやすい。初めて人間を殺しているのだけど、思ったよりも心が揺り動かない。2番目の夢の影響も有るのだろうけど、歪な精神に育った影響が大きいのだろう。
小隊長を狙撃されて、指揮官が居なくなった部隊の騎兵が事態を把握できずに顔を左右に振っている。何が起こったのかを掴むのにどれくらいの時間が掛かるかも練度を測る上で重要なので狙撃を続けながら確認しておく。
射撃を開始してから7脈後にラッセ・ヨンセン/JN隊長が大声で『エクスアロ』を放つように命令した。
ちょっとビックリして、照準がずれてしまって小隊長の隣を走っていた騎兵に当たったのは内緒だ。
更に2人の小隊長を狙撃した後に45発の『エクスアロ』が着弾して爆発を起こした。
やはり、着弾は分散してしまった。弓の場合、左右方向だけでなく仰角や弓を引く力も照準に影響が出るから、こういうぶっつけ本番では上手く行かないのは当然だろう。
だけど、その分散具合がちょうどいい感じになったのか、広範囲にわたって被害をもたらした。
横隊にポッカリと2千爪(約30㍍)の穴が開いた感じだ。
初めて突撃に動揺が感じられた。
いつもなら小隊長が動揺を鎮めるのだろうが、あいにくあちこちで欠員が発生中だ。
『エクスカービン』から『エクスランチャー』に切り替えて狙撃を続ける。
お読み頂き、誠に有り難うございます。