二つの顔
早朝、あんなことがあったから玲音さんとは顔が合わせづらい。私をこんなに悩ましている張本人はしれっと何もなかったようにしている。それにしても、スキンシップが激しい。今朝のことを忘れるなと言わんばかりの目で見られる。そんなことしなくても忘れないと思う。それほど衝撃的だった。
「あの、姫華さんどうかしましたか?」
「え、いえ。どうしてですか?」
私は佐々木さんに声をかけられて、はっと我に返る。
「手が止まっていたので食欲がないのかと」
「もしかしてお口に合いませんでしたか!?」
雪川さんが落ち込んだような顔をしていた。周りの視線が私に集中していることにやっとのこと気づいた。皆の顔を見ていくと、心配そうな顔をしている。約一名を除いては。その一名はもちろん玲音さんだ。彼はものすごく楽しそうな顔をしている。文句の一つでも言ってやりたかったがグッとこらえる。でも不思議なことに嫌というわけではなく……自分でもこのよくわからない気持ちに驚いていた。すると、雪川さんが落胆した。
「やはりお口に……」
「いえ! そんなことありません。むしろ美味しいです。ただ、昨夜はよく眠れなかったので……」
そう言ったとたんに雪川さんは笑顔になる。それはもうそのまま天にでも昇るんじゃないかって思うほどに……それからは皆で楽しく食事をとった。雪川さんの作る料理が美味しくていつの間にか今朝のことを忘れていた。
「姫ちゃん」
「玲音さん……」
名前を呼ばれドキッとする。何を言われるのだろうか。いや、されるのか。色々な考えが頭のなかを巡る。それはもう悪い方へばかり。
「そんなに怯えないで。今朝は姫ちゃんに名前で呼んでもらうためにやったの。別にとって食いはしないから安心して」
彼は少し困ったような悲しいような表情を浮かべていた。だから嘘をついていないとすぐに分かった。朝食の時のことはどうなのだろう。でも反省しているのは間違いなかった。すると、
「ごめんね」
「玲音さん……!?」
私は玲音さんの腕のなかにすっぽり収まっていた。優しく抱きしめられ驚いたが抗うことはできなかった。落ち着くというか安心する。昨日もこんな気持ちになったな。包容力があるのかな。そんなことを考えていた。一、二分して玲音さんは私を放した。その瞬間、寂しさに教われた。
「どうしたの? 足りなかった?」
「そんなことは!」
ついムキになってしまい思い切り笑われる。そして私の頭をポンポンと撫でて行ってしまった。一人残された私は自分の部屋に戻った。
「朝から色々ありすぎて疲れちゃった」
相川玲音という人物がよくわからない。今朝の顔と、さっきの顔。どちらが本当なのか、どちらとも本当なのか分からなかった。ベッドに寝転がっていたらいつの間にか目を閉じて眠っていた。




