心奪われるモノ
私が目を覚ましたのは、まだ日が昇っていない時間だった。体が疲れていたわけではないからぐっすり眠ることができず、疲れというものは残っていた。そして精神的疲労が大きかったため、疲れは取れるどころか溜まっていくばかりだった。
「色々あったからな」
昨日はあり得ないことがあった。ゲームの世界に来るなんて事が。これ以上は眠れる気がしなかった。だから私は部屋を出た。と言っても、誰も起きているはずない。私は部屋から見えるお庭に行くことにした。この家の地理には明るくないが、昨日教えてもらった記憶をたどる。私の記憶は正しかった。よく手入れされたお庭に出た。その瞬間、私は心奪われた。よく手入れされているのもあるが、一番魅了されたのは花だった。私の世界では見たこともないような花。暗いためよくは見えないが、それでも分かるくらいの美しさだった。私の心はここにはなく"心ここにあらず"という言葉がぴったりだ。
「姫ちゃん?」
不意に名前を呼ばれ振り替えると、見知らぬ男の人が立っていた。
「あの、すみませんが誰ですか?」
「そっか、昨日会ったばかりだからね。この格好で会うのは初めてね。玲音よ。相川玲音」
「え……! 相川さん!?」
私は目を白黒させていた。女装している男の人はイケメンって相場は決まっている。あくまでもゲームの世界の話だが。でもここまでとは驚いた。かなりのイケメンで目を奪われた。
「相川さんはこんな時間にここで何を」
言って思った。野暮な質問だと。
「お庭のお・て・い・れ」
「ですよね。すみません、当たり前なことを聞いて」
いいわよぉ、と言いながら私の頭を撫でた。こうされるのは嫌いじゃないため、しばらくされるがままになっていた。
「そうだ、姫ちゃんはシンのことは名前で呼ぶのに私のことは苗字なのね」
「えっと、シンさんのことも苗字だったんですけど、名前で呼ばないと……って言われてしぶしぶ」
「ふーん、じゃあ」
と相川さんは一瞬、ニヤリとする。私はその口元を見てドキッとする。なにかたくらんでる、そう直感で思った。こういうときの勘は外れない。悪い予感がした。そしてその予感が的中した。相川さんは私の顎を持ち上げて不適な笑みを浮かべたのだった。