28話
体育祭…
六月の終わり。
蒸し暑い教室で、担任が黒板を叩いた。
「体育祭の種目決めるぞー」
一斉にざわつく教室。
俺は椅子に浅く座りながら、隣の東を横目で見る。
「東は何出るんだ」
「……まだ」
短い返事。そして秋山が手を挙げた。
「僕は何でもいいですよ」
「それが一番困るんだ」
クラス委員が苦笑する。
結局、流れで俺はリレーの補欠に回され、秋山は障害物競走になった。
「東海林君、足速いのにね」
席に戻ってきた秋山が言う。
「補欠で十分だ」
「本気出さない主義かい?」
「目立ちたくないだけだ」
東が小さく呟く。
「……目立ってますけど」
「どこが」
「……色々」
それ以上は言わなかったが、昼休みに響が来ることを考えれば否定できない。
その日の放課後。
三人で帰宅。玄関に入った瞬間、響が俺の袖を引く。
「……体育祭の種目…決まった」
「何やるんだ」
「…借り物競走」
「似合うな」
「…どういう…意味」
「なんか走り回ってそうだから」
響は少し考えてから、俺にくっついた。
「……紙に書いてある人…探すやつだよね」
「そうだな」
秋山が横から口を挟む。
「『好きな人』とか書いてあったらどうするんだい?」
一瞬、空気が止まる。
響は即答した。
「…東海林さん」
「即決か」
「…迷わない」
秋山は笑っている。
「じゃあ家族だったら?」
「……東さん?」
意外な答え。
俺と秋山が同時に響を見る。
「従姉妹だから」
小さく付け足す。秋山が肩をすくめる。
「じゃあ『今一番会いたい人』だったら?」
響は少し黙ったあと、俺の服を握る。
「……東海林さん」
「結局それか」
「…だって…家にいるし」
理由が軽いのか重いのか分からない。
家に着いてソファに座ると、響はいつものように膝に乗ってくる。
「…体育祭…見に来る?」
「自分のクラスあるだろ」
「…でも借り物競走は……校庭全体…使うから」
秋山がにやりと笑う。
「呼ばれる準備しといた方がいいんじゃないかい?」
「嫌な予感しかしない」
響は俺の胸に額を押し付ける。
「……本当に呼ぶかも」
「その時はちゃんと走りな」
「…うん」
少し間。
「……東海林さんが遠くにいたら…ちゃんと見つけられるかな」
「見つけるだろ」
「…うん…見つける」
その声はやけに静かだった。
夜。
風呂上がり、三人で床に座ってパンフレットを見る。
「借り物競走ってさ、わりと恥ずかしいよね」
秋山が言う。
「『友達』とかならまだいいけど」
「『尊敬する人』とかもあるらしい」
「それなら?」
「……東海林さん」
またか。
「なんでそんなに俺限定なんだ」
「…だって…他にいない」
秋山が静かに言う。
「僕も呼ばれたいな」
響は少しだけ秋山を見る。
「……秋山も一緒に走る?」
「僕は別のクラスだよ」
「じゃあ……ゴールで待ってて」
奇妙な分配。真ん中は俺。
両側から伸びる手。
俺はパンフレットを閉じる。
「体育祭くらい普通にやろうな」
「…普通って?」
響が首を傾げる。答えに詰まる。
俺たちの普通はもう少しズレている。
布団に入ると、響が当然のように抱きついてくる。
「…本当に…呼ぶかも」
「分かった分かった」
「…逃げない?」
「競技中に逃げる事はないよ」
「……約束」
「約束」
背中側から、秋山の腕が伸びる。
「僕も約束してほしいな」
「何を」
「ちゃんと僕も見るって」
「見るよ」
暗闇で、秋山が小さく笑う。
「体育祭、楽しみだね」
響が言う。
「…うん」
その声は少しだけ不安を含んでいた。
借り物競走。紙に何が書いてあるかで、
関係は簡単に揺れる。
もしそこに「一番大切な人」なんて書いてあったら。響は迷わず俺を引っ張るだろう。
その時、秋山はどんな顔をするのか。
東は、何を思うのか。
体育祭はただの行事のはずなのに。
なぜか俺は、少しだけ覚悟を決める必要がある気がしていた。
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