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第23話 洗いたてのパンツは頭に被る


「炭木は! ブリーフ派か、トランクス派か!」

「は?」


 いつもの放課後、思いたったかのように立ち上がった藤崎は、礼儀もなく炭木へと人差し指の腹をみせつけた。

 20点にも満たない反応を示した炭木だったが、突然こんな質問を投げかけられたところで、返せる反応は「ん?」か「え?」が限度であろう。


「おっと、勘違いされちゃあ困っちゃうぜ。私は別にお前のパンチーにゃあ興味ねぇんだ」

「なんだその吹き替えかぶれ」

「ブリーフだったらどうでもいいのよ。でも、トランクスなら私の目的のためにも付き合ってほしい、ってわけ」

「……? ……???」


 炭木は少し言葉を詰まらせた後、頭を3回ほど掻いて返答した。


「あの……質問の意図が読めないんですが」

「え」

「先に意図を伝えてもらわないと、こっちも対応しかねますよ。一応はセンシティブな話題ですし」


 ドがはみでるほどの正論である。


「なんじゃあ、なんじゃあ、そんなもんもわからんのか。察し悪いヤツに教授すんのも骨が折れてしゃあないわ」

「はぁ」


 炭木は内心舌打ちをした。

 内心だったが、ここまで聞こえてくるほどの大きな舌打ちだった。


「つってもな、こっちも履いてる下着の話だからちょっと恥ずかしいんだけどな」

「そういうのいいんで」


「ほら、まぁ……あれだよ。洗いたてのパンツってさ、頭にかぶったりするじゃん?」

「……は? いや、しませんよ。なにいってんすか」


「え!!?」

「え?」


 え……?


「………………」

「…………」


 ふたりの目線が交錯する。

 そのアイコンタクトは、互いが互いを不可解な存在であると認識した証拠。

 この瞬間、藤崎はネタでもなんでもなく、本当に多数派の考えだと思っての発言だったと知らしめたことになる。


「……いや、そ、そういう人種もいるかもなぁ……、みたいな? わた、私のぉ、話じゃあない……んだけどぉ」

「いまからマジョ側に擦り寄るのは無理あるでしょ」

「うぐっ」


 迎合失敗。


「ああ! そうだよっ!! 私は洗いたてのパンツを頭にかぶる癖があんだよ!! 悪いかっ!!」

「いや別に。で、それがなぜ俺の着用物へ?」

「私の持っているパンツはすべて女性用。これは形状としてはブリーフなどと同種で、被り心地はニット帽とかの感覚なんだ」

「はぁ……」


「つまり! ブリーフがニット帽であるならトランクスは猫耳パーカー!! 私は猫耳パーカーに興味があんだ。お前がトランクス派なんだったら私に被らせてくれ!!!」

「すげぇや、つまりられてもなんもわからん」



 ━━第23話 洗いたてのパンツは頭に被る ━━



「先にいっときますと、俺はまぁ、トランクス派なんですけど……」

「おお、じゃあくれ! お前のパンツ、くれっ!!」


 くるくる回ってワンと吠える藤崎だったが、炭木は冷静に待ったをかけた。

 手のひらが藤崎の顔へとむく。

 しつけの時間かな。


「意地悪してるわけじゃないですけど、今日は無理ですよ」

「あ?」

「いま下着のかえなんてないですもん。家に新品もないですし、帰りにでも買って帰ったほうが早いですよ」

「へ……ん?」

「え?」


 なにか、ガムでも歯に詰まっているかのような、互いの歯切れがあまりにぐずぐず。

 会話がまるで噛み合っていないのがよくわかる。


「えーと、なんなら一緒に買いにいきますか。ひとりで男ものの下着、買うの億劫でしょ」

「いや……、……あぁなるほどな、そういうことか」

「……? なんです?」


 勝手にひとりで納得したように頷く藤崎。

 はたからみても、正論ハードパンチャー炭木による公開処刑にしか思えない現状だが、彼女に返す一手があるのだろうか。


「お前の考えはわかる。洗いたてであろうが他人のパンツは他人のパンツ、汚れたことには変わりない。もし被るであっても、一度、股間を覆った布は不浄である、とでもいいたいのだろう」

「あぁ……はい」


「まず、詰めればそこから相違というわけだ。絵面だとか衛生だとかを論じようとも、私にとっては不潔ではない、という結論になる」

「……、…………あの、藤崎さん。まさかですけど、自尊を捨てろ、とかいわないですよね。ひととしての尊厳を排してまでとか、そんなんじゃない、ですよね……?」


 藤崎は両手を机に置いた。

 身を乗り出し、自身の主張を強くするための動作だった。

 炭木へと、ニヒルな笑みを突きつける。


「あるだろ、一枚。お前の、下半身によぉ……」

「なにをそこまで掻きたてられてんだ、このひとは」



 ………………

 …………



「いやですよストラップなんて」

「だいじょぶ、だいじょぶ、こちとらお前の身体なんか興味ないから」

「下着でも同義なのよ」


 情けなくも映るが炭木の反応は至極真っ当。

 少なくとも、この要求に妥当性などはないも等しい。

 しかし相対する変態趣味女、やれやれといったぐあいに両手を広げ、嘲笑気味なニタリ顔をみせた。

 シンプル腹立つ。


「おーけー、おーけー、お前の言い分は理解した。たしかに、いきなり辱めを受けろだなんて酷な話だ」

「なんでずっと多数派側の口調なんだ」

「ならばひとつ、私からも提案をしようではないか」


 腹立たしくも演技派っぷりはとめどない。

 ただ、興奮というよりは、引くタイミングを失った、のほうが正解なのだろう。

 そんな口だけ女優の藤崎は、扉の前まで移動、炭木から全身がみえる角度で直立した。

 そして、一切の躊躇もなく、スカートの中に手をいれた。


 そう、スカートの中に手をいれたのだ。


 あまりにも流暢に、呼吸の一環かのように内部を弄るものなので、それが健全な行動であるかのよう錯覚させられる。

 オシャレ番長でもあればスカート内部も小物でうじゃうじゃ、しているのかもしれないが、当然、藤崎の装備は布ごし一枚のみ。

 そんな最後の砦を、まるで流れる川のように、羽ばたく鳥のように、この行為は生きるうえで当たり前だといわんばかりのスピードで、手にかけたのだ。



 ────シュルッ。



「ほらよ炭木ぃ、これで等価交換だ。差し出せよ、お前のパンツをぉ……!」

「普通にイヤですけど」


「なんでだよっ!!? じぇーけーの脱ぎたてパンツだぞ!! でるとこでたら児◯ルだぞっ!!!??」

「俺のがでても児ポ◯だよ」



 ………………

 …………



 掲げられたクリーム色の花畑が、隙間風に乗ってパタパタ靡く。

 哀愁と呼ぶか、虚無と呼ぶか。


「藤崎さんはスカートだから簡単に脱げますけど、こっちズボンなんで。一回フルチン経由しないと渡せませんよ?」


「知らねぇよぉ〜ーっ!! 一工程間のフルチンくらい別にいいじゃねえぇかよぉぉ〜ーぉっ!!!」

「なんで今日そんなテンション高いんだ」


 ※前話の反動。


「そこまでいうなら脱ぎますけど、いったん部室からはでてってくださいね。で、今日の帰りにでも絶対トランクス買ってきてください。あとこの話はもう2度とすんなよ」

「めちゃ嫌々じゃねーか」


 だが藤崎、投げやりになった炭木は、割となんでもやってくれることを知っている。

 ぷーたれながらも、してやったりという表情は取り繕えておらず、炭木もいいように使われた事実を察するのだった。





 双方、滑らかな布を片手に向かい合い、睨みを効かすその姿はさながら荒野の決闘。

 ビタっと静止したこの世界は、先に動いたほうが負けるとでもいわんばかり。

 それとも、互いにパンツを握りしめ、面と向かうこの絵面が思ったより酷く、その羞恥心からくる自己防衛、とでも煽ったほうが正しいか。

 そんな膠着状態の中、先に動いたのは藤崎だった。


「じゃあ、交換するぞ。ランジェリースワッピングだ」

「嫌な表現だけすぐ思いつきますね」


 藤崎がクリーム色の花柄レースを突きだした。

 呼応するよう、炭木も紺色トランクスを突きだした。

 プルプルと腕の先を震わせながら、両者、双方の間合いまで、ゆっくり、ゆっくりとにじり寄る。

 そしてその刹那、互いが互いのパンツをつかむと同時、瞬時に手を引っこめた。


 スワッピング成功。

 息も絶え絶えな藤崎は、口元に親指をたてて拭う。

 少し頬の赤らむ炭木は、汚物をみる眼差しを下着へと向ける。

 ふたりの手の中に、先刻まで互いの股間を覆っていたホカホカの布が渡ったのだ。


 しかし、これはたかが第一関門。

 肝心の本題はここからである。


「よし……被るぞ」

「あ、はい」


 正直、炭木は別に被らなくていいのだが、嫌々すぎて脳に思考が行き届いておらず、その事実に気がつく様子はない。

 履き口の両端をピンと広げた藤崎は、頭部のサイズに合うようZ字型に折りこんだ。

 その繊細で精密な手捌きは、パンツ被る界隈、熟練者のものであろう。


 だが藤崎、下着交換会の余韻も残る中、動きはずっとぎこちなくいた。

 そう、普段の藤崎はソロ活動。

 重さも肌触りも情報がまるで違う、いま握っている下着はまごうことなき他人の私物。

 その事実をいまさら認知、炭木への視線はアホする友人から、恥じらう乙女のものへと変貌していた。

 喉が大きな音をたてる。

 何回やんねんこのくだり。


 とはいっても藤崎は界隈のベテラン、この程度でへこたれる根性は持ち合わせていない。

 これはあくまでただの布だ。

 嗅ぐわけでも、頬擦りするわけでもない、被るという行為に性的暗喩は含まれていないだろう。

 藤崎はすました顔をした。

 まるで、舞踏会に出席した貴族がする、シャープでクールな気取り顔。

 午後の優雅なティータイムかのように、静寂の風だけに押されて、頭部へとトランクスが近づいていく。

 そして、いま、顔面の前を通過した────。



「ぐえぇ、くっさ」



「…………ッッッ」


 炭木の顔面にも、パンツが通過していた。

 炭木は呪いの言葉を唱えた。

 藤崎は石化した。


「あっ、すみません……。でもなんですかね、このアンモニアとも違う異臭。……うぇ……くさっ」

「…………ッ」


「フルーティな臭さとも違うし、老廃物の臭さでもない。まるで生魚をヨーグルトに漬けこんで、そのまま布に一晩染みこませたかのような。鼻がツンとして、そのツンがこびりついて離れない感じ」

「………………ッ」


「そういえば、脇の臭いってようは体臭ですから、デリケートゾーンの臭いと同じって聞いたことあります。すみません、俺、藤崎さんの体臭無理なんですよ。キツイ臭いが苦手で……ほんと、すみません」

「……………………ッ」


 思考リソースが足りていないということは、言葉の一考が不足されているのも同義。

 デリカシーゼロ発言になんだか藤崎も可哀想にみえてくるが、でもこの状況つくりだしたの藤崎だしなぁ、なんて思えば同情の余地はない。


「パンツの、臭いなんてよ……」

「……?」


「パンツの臭いなんてみんな臭くて当たり前だろぉおっ!!!!! じゃあ私も嗅いでやるよ!! どうせお前のパンツも臭ぇだろうからよぉっ! おお!?!」


 ──スンっ。


「なんで薔薇の匂いなんじゃいっっ!!!?!」

「柔軟剤ですけど」





 その後、リタイアした炭木をよそに、トランクスを被った藤崎の反応は、「あっ、思ったより猫耳パーカーっぽい。猫耳パーカー着たことないけど」「カニカマでカニの味を知る……」、といった具合に何事もなく幕を閉じたという。


 この話のために自分の洗いたてトランクス被ってみたけど、思ったより猫耳パーカーだった。猫耳パーカー着たことないけど。

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