第22話 コスプレイベント
ビル群の谷間から見下ろすと、藤崎の身長ではどこにいるかも判別できないほど、ひとの山々が往来している。
彼女がいるのは道の端、隆起したアスファルト部分を縮こまって歩いていた。
トレンチコートのポケットに手をいれ、誰にみせるでもない真顔で群衆をかきわける。
普段であれば、もっと形容しがたい愛想をふりまいているものだが、本日の彼女はお一人様、肩を張る相手はいない。
こんなのでも一応は受験生であるため、たまの息抜きくらいは謳歌したいのだろう。
そんな藤崎が向かう先は、少し寂れたゲームセンター。
ビルの陰で暗いうえ、夜間はヤンキーがのさばり評判も悪く、昼間でさえもひとの出入りが少ないアングラ的な場所だ。
コミュ障にとってはうってつけの穴場スポット、というわけである。
ちまちまと進んでいく藤崎だったが、突如、その小さな足を止めた。
前方、黒山のひとだかりが、とおせんぼといわんばかりに道を塞いでいる。
──ガヤガヤ、ワイワイ。
イベントでもあるのだろうか、まぁ藤崎の身長では、背伸びしようがプルプル震えようが、黒山の先を除くことはできないが。
内心、舌打ちをしたのであろう、ひきつった眉がなにかしらを訴えかけている。
怒りの矛先が未知というのが、1番腹立つのだ。
とはいっても、迂回路を探す以外の選択肢がなくなった藤崎。
きびつを返すべく、後ろを振り返った。
「藤崎さん? 奇遇ですね」
「うわ、でたっ!? 青……、炭……、あお……妹さん!!?」
背後にいたのはクール系猪突猛進型妹キャラ、炭木青菜。
なにやら煌びやかな衣装での登場。
「先日はありがとうございました。映画、楽しませていただきました」
「いえいえいえいえ……そんな、ね? で、あの、なんですか、その格好……」
「楓斬甲兵オロンベレグスの凶絡安美琴です」
「は……?」
「国内有数の財産家、凶絡安家の令嬢で、敬語の関西弁を喋る五月雨学園の生徒会長です。正義感が強く、問題行動を立て続けにおこした来栖凰牙の後をつけたところ、オロンベレグスと同化している現場をたまたまみてしまい自身のデレトニアソウルが共鳴、ダラウモニアの仕社と化してしまいます。戦闘経験のない素人であるにも関わらずオロンベレグスとの共鳴力が強く自在に操ることができる天才で、凰牙からは対抗心を抱かれることも多々あります」
「ストーリー物のウィキペディア……」
青菜はずいっと詰めよった。
「本日、友人の参加予定だったコスプレイベントが開催されるのですが、2日前に足首を捻挫し急遽出場を断念したのです」
「はぁ」
「そこで! 代役として私が馳せ参じた次第でございます!! いまの私は凶絡安美琴と一心同体、必ずやイベントの成功を収めてみせましょう!!」
「さては今回、ネタ詰まった時にする回だな?」
━━第22話 コスプレイベント━━
「ちなみに知らない作品でしたので二徹して全部みました」
「徹夜を軽んじる若者だ」
よいこはちゃんと寝よう。
マジで。
「といいましても、私ひとりで参加するわけではなく、10人くらいのコスプレ仲間とグループ参加をするそうです。併せというものですね」
「へぇ」
「集合10分前ですし、そろそろきていると思うのですが……」
そういってあたりを見渡した青菜だったが、視界にそれらしき人物は映っていない様子。
だが、その視界には藤崎も映っていない。
青菜の真下から、にゅっと突然手が生えた。
「ふん、わしはとっくにここにおるぞ」
「……っ!!?」
「わし?」
意中の相手がいたのは真下、眼下に潜りこんでいたせいで視界から消えていたのだ。
高身長あるある、足元のもの見失いがち。
「果穂乃さん……、いらっしゃったんですね」
「久しいのぉ。お主も色々と成長したんじゃないか? 衣装が窮屈そうじゃわい」
「お主……、じゃわい……」
言動からして青菜とは同年代なのだろう。
自分と同程度の低身長女子をみるのは久しい藤崎だったが、親近感のある素振りはまったくみせていない。
「こ、このかたは?」
「神楽坂果穂乃さん。私の一個上で中学3年生。3歳の頃からコスプレをしており、芸歴だけみればベテランさんです。今回のイベントもメインは彼女になるでしょう」
「へえ。ちなみに彼女のコスプレしてるキャラって、あんな喋り方するんですか……?」
「え? いつもこの口調ですけど」
「あ、はい」
藤崎は無駄を悟った。
リアルのじゃロリ、共感生羞恥ヤバい。
「即興らしいが少しは見栄えのいいコスをしておるな。隣にいても恥にはならんか」
「はい、ありがとうございます」
「じゃが所詮はコスプレ素人。せいぜいわしらの足を引っ張らんことよ」
「わかりやすいツンデレ枠だ……」
冷徹にも背をむけ、ふたりを置いて先にいってしまった。
単にコスプレと呼んでも熟練者は当然いるもので、比べれば青菜はズブの素人。
ひとつひとつの所作ふくめ、完璧にそのキャラクターを演じることが原作への尊びなのである。
一朝一夕でなれるものではないのだ。
「い、妹さん……」
「果穂乃さんのいう通りです、私は未熟者。ですが呼ばれた以上、最善の働きをするだけです。端役には端役の流儀ってものがあるでしょう」
「うん、なんかよくわからんけど頑張れ。よくわからんけど」
*
一方変わって、のじゃロリ(ロリ)視点。
少し気分もよさそうに、独り言をぶつくさしながら群衆を掻き分けていく。
側からみればかなりヤバいやつである。
「あやつ、タッパは申し分ないと思っとたが、背筋はいいし体型もレイヤーむきじゃのお。唾つけといてよかったわい。それに隣にいた女児も────」
「おいっ! 押すなって!」
「あっちいこうぜ、あっち!!」
突然、目の前を横切ったのは駆け足の少年たち。
その若気は人混みという悪条件をものともしていない。
「こら小童ども。前見て歩かんと危険じゃぞ」
「え? なに────……うわっ!?」
「危ないっ!!」
ガッシャーンっ────!!!
────………………
──…………
(ここでアイキャッチ)
………………
…………
「果穂乃さん! 大丈夫ですか!?」
休憩スペースの扉を勢いよく叩いた青菜と藤崎。
まぁ藤崎は帰るタイミングを見失い、そのままずるずる、ついてきただけだが。
「そう騒ぐでない、ただの捻挫じゃ」
「でも、イベントは……」
「わしももう歳じゃて、イベントの1回2回、休んだとて未練もないわ」
「14では……?」
「ま、今回は客として参加しようかの。お主の初陣も楽しませてもらおうぞ」
「……」
「果穂乃さん……」
気丈に振る舞っては、その眉に憂いをおびさせる。
こんな口調をしているが、果穂乃はまだ幼子。
理不尽への結論を仕方がないで済まさせるのは、酷といえよう。
青菜は唇を噛み締めた。
彼女の痛みが自身の痛みかのように。
なにか、自分にできることを模索しているのだ。
なんでもいい、彼女の気丈を昇華させる、なにかを……。
「──果穂乃さん。私がその衣装を着てはいけませんか?」
「……!」
「は?」
「せっかく準備してきたんです、その日のコンディションにむけメンテナンスもしてきたのに、着てあげなきゃ衣装がかわいそうですよ!!」
「おお主人公」
「だっはっは! ぬかせぬかせ。お主のようなペーペーになにがわかるんじゃ。第一、身長差は考えておらんのか? 衣装も着れんじゃろうて」
「あ……」
「それに、このキャラは低身長にコンプレックスをもっておるヤツじゃ。その情報をひとつすくっただけでも嫉妬や葛藤、ドラマがある。お主の体格で表現できるか? コスプレとだけカテゴライズしても、それは需要とはいわんぞ」
服を着るだけの行為ではないこと、彼女の10年が物語るのはそれこそ流儀。
素人と熟練者の壁は、これほどまでに高いのだ。
「仮装ではない、わしらが手がけるのはコスプレじゃ。そこを履き違えるでないぞ」
「そう、ですね……出過ぎた真似をしました」
「よいよい、衣装を思ってのことじゃろ。しかし、わしの馬賀淵千々流はメインヒロイン。せっかくの併せで主役級の不在はちと寂しいか……」
「…………」
「……」
その果穂乃の懸念に連動してか、ふたりの視線がある一点で交差した。
その点は、同情こそすれ明らかな場違いで、眉根を寄せた顔を貼りつけはするが「この時間、いつ終わるんだろう」という内心が滲みでている。
低身長という難題をなんなく突破する、その点は──。
「…………」
「……」
「………………え?」
………………
…………
「いやいやっ! 無理っすよ、私。だって……ねぇ? やったことないし」
「じゃがお主、その身長は目を見張るものがあるぞ。コスプレにおける低身長は一種の武器じゃ。手をだせない分野もあるが、表現に身長という深みをだせるのは、お主の生まれもった特権じゃよ」
「え、ほんとぉ?」
チョロ。
「ですが着替えはどうしますか? 更衣室の使用時間はとっくにすぎてますよ」
「そんなんあるんだ。トイレとかじゃダメなの」
「公共施設じゃからな、運営からルール上禁止されておる。更衣室は延長料金さえ払えば定刻をすぎてもつかえるからの、わしのメイクスキルにかかれば6000円ほどで事足りるはずじゃ」
「へえ、結構な値段」
100円/1分なので、大体ふたりで30分ほどかかる計算である。
とはいえ藤崎、とんとん拍子で進む話に、相槌を打つ他できずにいた。
不自然のない会話ができていることに満足気ではあるが、そこに藤崎自身の意志が介入していない事実に気づく様子はない。
「細かなルールは……そうじゃな、青菜、一昨日送ったPDF、共有してやってくれ」
「わかりました」
「うん」
「わしがセコンドにはいるからの、ある程度のミスは防止できるはずじゃ。特に注視するとこだけ覚えればええ」
「うん」
「もう時間ですし私はいきますね。主催にはこちらから伝えておきます」
「うむ、頼むぞ。それと、こっちはこっちでなんとかするからの、お主は自分のことに集中するんじゃぞ。心配無用じゃ」
「はい! もとからそのつもりです!」
「おお、したたかじゃな。その意気じゃ、その意気じゃ」
「これ後で頼ることになる流れだ」
なんだか盛り上がっていく空間に、ひとり取り残されている藤崎。
まるで、難関大学の受験をひかえた息子を自慢げに語る母親をみているような、自分の話をされているのに、自分の話はされていないような、そんな感覚。
しかし、藤崎はそれでもよかったのだ。
マネキンでしかなかろうと、空中遊泳を極めようと、藤崎にとってはいつも通りで些細なこと。
最近なにかと失敗続きということもあり、忘却されていった感情が、ドーパミンになって弾けていった。
「そういえば、まだ名前も聞いてなかったの」
「あ、え、あっ……藤崎千鞠と申しますぅ、はい」
「ほお千鞠か。今日付けの関係じゃが、よろしく頼むぞ千鞠」
「ふへっ、ちま……ふへ、ふへへ」
キモ。
モブであったとしても、こっちにいたほうが藤崎的には美味しいのかもしれない。
「じゃあ! まぁ、私に任せてくださいよぉ!! この純情可憐ロリボディである私がいれば、百人力ってとこっすよぉ!!」
「なんじゃ急に声張って。休憩室なんじゃから声量抑えい」
「あ……すいません」
*
「すみません、飛び入りの参加は受けつけていなくて……」
「「え?」」
恐る恐るといった具合の黒ロゴラメT女性に反比例するよう、小さなふたりのバカでかクエスチョンが反響した。
「わしの代役……なんじゃが」
「路上イベントですので、参加人数の把握などの関係で、事前に申請された方以外の参加はお断りしておりまして」
「え、じゃあ、いも……青菜さんは……?」
「炭木青菜さんは事前に連絡をいただいておりますので……はい、あの、申し訳ありませんが、今回はご遠慮いただく形で……はい、お願いします……」
「…………」
「……」
ふたりは顔を見合わせなかった。
いま、目が合ってしまうと、このどこにも発散する術がない感情が、沸かした蒸しタオルとなって発現してしまうと、わかっていたからだ。
再度、確認となるが、この世界にはありえない金持ちキャラはいないし、超常現象が当たり前に流されもしないし、努力は必ず報われる! 的な雰囲気もない。
この畑違いな展開に、世界が順応することはない。
「……あの、これ、衣装……返します」
「お、おおう……なんか、すまんかったわい……ほんと」
「いえ、あの……うん、はい……」
外の熱気に対して、この場の空気はまさにお通夜。
祭りの後の寂しさまで感慨深くしゃぶれるのは、その祭りを成功に収めたものの特権なのだ。
その日、このやりとりを最後に、ふたりが会話を交わすことはなかった。
ちなみに、青菜がめっちゃ頑張って最優秀賞をもらったらしいが、受賞の前に藤崎は普通に先に帰ったので、ただの余談になるのだった。
この2週間、「た」で始まって「い」に続き、「だ」で終わる物事に執心しておりました。
猛省します。




