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開かずのGK 2

 “部室”を訪れるのは二度目になる。

 やはり、部屋というよりは物置に感じて仕方がない。

 左右に積み重ねられた段ボールが主な原因だろう。

 部屋の主はというとテーブルの奥側の席に腰を下ろし、何やら資料を読んでいた。

 どうやら、俺が入って来たのにも気づいていないらしい。

 大した集中力だと褒めるべきか、危機管理がなっていないと非難すべきか。

 声を掛けるのもあれなので、閉めた扉を内側からノックする。


「……ああ、来ていたのか。すまない。少し考え事をしていて」

「気にしないでくれ。それより、何を読んでいたんだ?」


 久家の向かいの席に座り、話を資料へと移す。


「これは……見てもらった方が早いか」


 そう言って資料の一枚をこちらへと寄こす。

 受け取り、書かれている内容を読む。


「顔を隠す彫像……304号室……頭部にお皿のような物を乗せた謎の生物……」


 前二つはともかく最後のは河童だった。河童以外の何物だというのか。

 胡散臭い。その思いが顔に出ていたのか、久家は苦笑する。


「細かい部分は読まないでも構わないよ。大雑把な順序だから」

「……みたいだな」


 ざっと目を通しただけだが、いつどこで何をしたらなどの一連の流れが記されている。

 これはつもり、そういう事なのだろう。


「そう、これは今巷で流れている“噂”の一部だ。都市伝説の種と考えてもらって良い」

「今って割には河童がいるんだけど」

「河童自体は確かに古くから名を聞く存在だが、君だって地元の川にいるなどと考えた事はないだろ?」

「そりゃな」


 家の近くに大きな川があるが、そこに河童が住んでいるなど子供の時ですら思った事はない。

 精々はアザラシが来てくれないかなと願った事があるぐらいだ。

 あれはあれで今となっては手放しでは喜べなくなったが。


「キッカケはわからないが、河童の目撃情報が増えているんだ」

「マジかよ……。誰かのコスプレとかでなくて?」

「もちろん、その可能性が高いだろう。しかし、噂が広まっていくと……」

「おい待てよ。まさか、河童が現れるとか言うんじゃないだろうな」


 夕暮れ広場の幽霊は、あくまで人の話であり、近しい傷を持つ人が取り込まれた結果だ。

 だが、河童となると話は別だ。あれは人どころか現存する生き物ではない。


「まさか、河童とか……あれだ人面犬とかも現れた事あるのかよ」


 疎い俺でも名前ぐらいは知っている。

 人の顔をした犬の都市伝説。

 遭遇したら下手な幽霊より腰を抜かしそうなのだが。

 しかし、久家は煮え切らない態度をとる。


「正直な話、私にもわからないんだ」

「え、そうなのか?」


 自称趣味とはいえ専門家のようなものだろうに。


「未確認生物にまつわる都市伝説は、それこそ三十年以上前に流行った……と聞く」

「そういえば、母さんや親父もそんな事言っていたような」


 所謂バブル期の話だ。細かい時系列は知らないが。


「基本的には多くの人々が存在を認知する、納得する事で現れる以上、もしいるとすれば当時は今と比べ物にならない程いたと思われる」

「じゃあ、その年代の人に聞けば良いんじゃ」

「当然聞いたよ。ただ、一様に曖昧な物言いになるんだ」

「なんじゃそりゃ」


 あるならある、ないならないだけの話ではないのか。

 久家にもわからない以上、ここで話していても答えは出ない。


「動物霊も存在するから人面犬などは……うーん、あるだろうか」

「……動物の方が少ないのか?」


 難しい顔で唸っていた久家は俺の質問に顔色を戻す。


「そうだね。やはり、感情というものは人間の方が強いのだろう」


 特に負の感情はねと呟く。時としてそれは物にも宿ると言う。

 俺のような小僧でも、人が何かに対して抱く感情として負が強いのを体感している。

 それを上手い事、推進力に変えられる人もいるが……中々どうして難しい。

 俺もどちらかと言えば、負の感情を持て余す方だ。


 ……久家はどうなのだろう。

 久家はその容姿一つだけとっても嫉妬の対象になり得ると感じる。

 羨ましがられる事など微塵もなかった身故に、他者から強い感情をぶつけられる気持ちは想像するしかない。


「きつそうだな……」

「ん? 何がだい?」

「いや、別に」


 そういえばと思い出す。

 羨ましがられるといえば、つい最近されたばかりだった。


『誰だあの可愛い子は!? 彼女? 彼女なのーーー!!?』

『きー! あたしというものがありながら!』

『俺、よっしー、潰す』


 久家との(奴ら曰く)仲睦まじい様に嫉妬に駆られた男達の図。

 とんだ誤解だが、半ば弄りなので聞く耳を持ってはくれなかった。

 あの程度すら酷く煩わしかったのだ。

 本当の嫉妬の嵐など御免被る。



「結局、出てくるかどうかわからないって事か」

「そもそも、都市伝説は幽霊がらみの物ばかりではないからね」

「そうなの?」


 心霊現象のイメージが強い。


「私達も便宜上“都市伝説”との名で呼んでいるが、そもそもの意味からすると怪談都市伝説とそれに近しい物を差している」


 怪談都市伝説とは、その名の通り都市伝説の中でも怪談に分類できる物なのだろう。

 なるほど、怪談に属さない都市伝説もあるのか。


「そのため、都市伝説といっても全てが具現化される可能性があるのか。違うとしても、何はありえて、何はありえないのか……」

「検証なんてできるわけないわな」


 お手上げだと両手を軽く広げる久家の代わりに言葉にする。


「だから、基本的には幽霊がらみだけを解決していくのだが」


 たまにこういったのがあってねと河童の部分を指す。


「君はどう思う?」

「流石に未確認生物はなあ。だってこれがありなら、他の未確認生物はどうなるよって話だろ」


 ネス湖のネッシーなどもテレビ番組で見た事がある。

 本当に現われでもすれば、とっくに誰かが見つけているだろう。

 そういった意味では人面犬もいなさそうだ。捕まえ易そうだし。


「今のご時世、皆カメラを持っているしなあ。いるなら写真や動画の一つでもありそうなものだけど」

「一応あるよ」

「マジか!?」


 ほらと見せてきたのは一枚の写真。

 夜中の写真なのか、真っ暗闇の川のほとり、薄っすらと人のシルエットが写っている。

 しかし、頭にはお皿のような薄っぺらい物が乗っており、背中には大きな甲羅のような物が……。


「いや、これだったらいくらでも偽装できるだろ」

「そうだとも。そもそも、精密な写真だとしても今や加工できる時代だ。証拠などあってもないに近い」


 それこそ、警察や専門家みたいに詳細に調べる事が出来ればわかるかもしれないが、唯の高校生には荷が重かった。


「知り合いにいないのかよ。そういった事に詳しい人って」

「齧っている程度ならともかく、本格的に勉強している人は離れるために学んだ人達だ。そもそも、力を貸してもらうのは難しい」

「地道に足で稼ぐしかないって事か」


 わかっているではないかと久家は良い顔で頷く。


「えらく大変な趣味だな」

「趣味だって一生懸命やると大変なものだ。サッカーとかもそうではないのか?」

「……確かに」


 これは一本取られたと苦笑いするしかなかった。

 アマチュア……趣味でしかなくとも、日夜真剣に練習し、研鑽する人々は珍しくない。

 本気でやるから楽しいし、本気でやるから大変だとの在り方もある。

 個人的には気軽に楽しめる方が性に合っているが。


「まあまあ、河童にばかり気を取られていても仕方がない。運よく遭遇できたら、その時、どうするか考えよう」

「運良いかな、それ……」


 できれば会いたくないのだが。

 あと、危ない奴だったら考える暇あるだろうか。


「これらは――河童以外の二つの事だ――本当なら君の能力を確かめるために用意したのだが……」


 そこで言葉を区切り、久家は顎に手を当て、ジッと俺の顔を見る。

 そんな懐疑的な目で見られたら落ち着かないのだが。

 俺、何かしただろうか。


「ときに聞くが、君は私が語った事を信じられるか?」

「い、いきなりどんな問いだよ。……まあ、信じるよ」


 そうでなければこうやって部室に来ない。

 まさか、俺からの信頼を疑問視しているのか?

 流石にそれは要らぬ疑いだ。


「言い方を変えよう。私がこういった都市伝説だと説明したら……信じてくれるか?」

「全く」


 考えるより先に口が動いていた。

 前言撤回だ。

 久家の言う事は“基本的に”信じる。

 だが、都市伝説の中身に関しては別だ。

 あれは一種のトラウマになっている。


「やはりな……。想定外の事態だったとはいえ、君を都合よく使ってしまったからね。当然だろう」

「そ、そりゃ、久家に悪意がなかったのはわかっているぞ? だけどさ……うーん」


 どうしても、納得するより前に本当だろうかと疑ってしまう。


「解決策が簡単であればある程、疑ってしまう。違うかな?」

「違わないです……」


 思考がネガティブ寄りな物で、安易な解決策や楽観的な設定だと素直に信じないだろう。


「元が噂だからか。中にはあっけない物も割とあるものだ。けれど、それを私が伝えてしまうと厄介な事になってしまいかねない」

「おっしゃる通りです」

「だから、いっそ私も知らない方が良いなとふと気づいたんだ」

「そ、それは危なくないか?」


 事前に情報収集するのは安全のために必要だろう。

 俺のせいで、久家にリスクのある選択を取らせるのは忍びない。


「もちろん、最大限気を付けるさ。そもそも、事前に情報が出そろう事の方が稀でね。これも、知り合いに頼んで特別に教えてもらったんだ。それでも、抜けはあるがね」

「申し訳ない……」


 きっと俺の身の安全を考えての行動だったのだろう。

 体を小さくし、うなだれる。


「気にしないでくれ。元を正せば私のやり方が悪かっただけだ。逆の立場なら私もそうなるだろう」


 久家のこちらを気遣う言葉にホロリと涙が出る。

 癖のある子だが、良く出来たお子さんだ。


「そうだな、少し待っていてくれ」


 そう言って久家は携帯を操作し始めた。

 あまり慣れていないのか、打ち込むのスピードは少々遅めだ。

 手持ち無沙汰なため、もう一度資料に目を落とす。


 顔を隠す彫像。

 深夜学校の美術室を覗くとあるはずの物がなかった。

 見回りをしていた警備員は慌てて校内を探す。

 しばらくして無くなった彫像の一つを見つけるが……何故か、その彫像は顔を隠していた。

 重要事項……彫像から目を離してはならない。

 除霊方法……彫像が隠した“真実の眼”を見つける。

 備考……生者が取り込まれる恐れあり。


 一番上に記されている都市伝説(の卵)は、どうにも複雑そうだった。

 正直、何故これを候補に入れたのかわからない程には厄介そうだ。

 俺を絡ませる事で下手に具現化したらどうするつもりなのか。

 それとも、久家からすれば容易い都市伝説なのだろうか。

 加えて気になる事が二つある。


「なあ」

「どうしたんだい」


 タイミングを見計らって久家に声をかける。


「顔を隠す彫像についてなんだけど、これも幽霊が関わるやつなのか? 彫像が動くって怪談としては理解できるけど、幽霊関連の物とは思えないんだけど」


 俺の質問に久家はなるほど確かにと頷き、


「幽霊というと確かに違う。ただ、人が作った物は……ああ、これまたややこしいけど、噂として広まる時、特定の人――つまり製作者がイメージされていても幽霊は巻き込まれるんだよ」


 久家はゆっくりと説明する。恐らく、整理しながら話しているのだろう。


「工場生産だと意識されていれば別だが、人の作った物は命を宿しても不思議ではない。所謂付喪神だ」


 付喪神は俺も知っている。長い年月を経た道具などに魂が宿るとの考え方だ。


「特に人の形をしている物は動くイメージが想像しやすい。そのせいか、動かすエネルギーとして霊が取り込まれるんだ」


 無機物だからあれだが、悪霊が人に取り憑くのと同じ現象だと久家は言う。


「学校の怪談系であれば人体模型や二宮金次郎などもそのケースだね。……結局は彼らの感情は抑えつけられ、都市伝説の一部にされるのは変わらない」

「なるほどな」


 やはり、未確認生物などの件と比べれば納得のいく範疇だった。

 エネルギーとはとの疑問はあるが。


「じゃあ、この備考……生者が取り込まれる恐れってのは」

「それは……それこそが、君と一緒に取り組もうかと考えた理由だ」

 

 久家は真剣な表情で俺を真っすぐ見る。


「先程、例にあげた悪霊が取り憑くといったケースや先日のように巻き込まれるケース……加えて、生者が霊達の様に都市伝説の一部にされてしまうケースが存在する」

「っ!」

「他とは違い、始まりの鐘がなった時点で被害者が出ている可能性がある。厄介極まりない種類の都市伝説だ」

「取り込まれた人は……?」

「都市伝説次第だ。だが、霊と同じで特定の条件を満たす者が引き寄せられる故、大抵は碌な結果にならない」


 ゴクリと唾を飲む。

 A4の紙に書かれた簡素な文章。それが含む危険性とのギャップに困惑する。


「本来なら卵の段階では放置するのだが、こちらから具現化させ、早々に除霊を終わらせたい」

「じゃ、じゃあ、やった方が良いんじゃ」


 久家は首を横に振る。


「義務感は力の妨げになる。君が納得すればこその具現化だ。……そもそも、まずは本当に力があるのかの検証が先だろ?」

「それは……」

「持ってきた私が言うのもなんだか気にしないでくれ。危険性こそあれ、だからこそ凄腕の人が警戒している」

「でも、直接何とかする能力はないんだろ?」


 前回、久家はそう言っていた。

 凄腕とやらも変わりないのではないだろうか。


「正面切って戦う術は確かにない。だが、不思議な事に都市伝説は私達――霊が見える者を避ける傾向にある」


 理由はわからないから問わないでくれと続ける。


「故に、除霊方法が何かの発見などの場合、圧倒的アドバンテージを有する」


 除霊方法などでリアクションは変わらないらしい。

 確かに、それなら“真実の眼”とやらの発見が必要なこれは得意分野だろう。


「そして、凄腕というのは状況から都市伝説を分析、解決するのに優れている事を指す。ほら、心配ないだろ?」


 久家は安心させるように、両手を広げ、柔らかな笑みを浮かべる。

 早くなっていた心臓の動きがゆっくりと落ち着いていく。


「良かった……」

「ふふっ」


 思わず本音が漏れ出ると久家は小さく笑う。


「君はやはり良い男だ」


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